死戦に踊る
地獄だ。
目の前の光景を見てただそう思った。
腕を失った人が、腹から臓物をこぼすモンスターが叫声を上げながら殺し合う。周囲には数多の亡骸。夥しい量の血を噴き出す兵士。首だけになった身体でまだ人に喰らいつく怪異。隣には先程まで自分を率いていた男の半身。息をすれば血と糞尿の臭いが鼻を燻った。
これは何だ?僕は何でここに立っている?
「……イド!おいロイド!!」
投げかけられた声に急激に意識が現実へと引き戻される。
「ぼやぼやすんな!俺の後ろに立て!!もううちの隊は俺たち二人だ!二人で死角をカバーしあうしかねぇ!」
「…あ、あぁ!」
同じ隊にいた戦友の声に自分がなぜここに立っているのかをを思い出す。
義勇軍第2大隊ハンマーヘッド小隊隊員ロイド。
僕は戦いに来たのだ、この怪物達と。勇者率いる義勇軍の兵士として。
戦友、エギルの背中に立ち回る。
場は混沌と化している。日の出る前から始まった戦いは苛烈を極め、日が真ん中に輝くころには最初にあった陣形などとうに失われ、敵味方いれ乱れての殺し合いが始まった。
「来るぞ!オーク1体にゴブリン2体!」
戦友の前方、僕の背後からモンスターが迫ってくる。
「ギャッギャギャッギャ!」
オークが何事か呟くとゴブリン2体が僕の前へと回り込んできた。
口の端から涎を垂らしながら迫ってくる様に思わず足が竦むのを気力でねじ伏せる。
もう何度目かも分からないモンスターとの闘争。
恐怖を原動力に先手必勝とばかりに横凪に剣を振るう。しかしそれは軽めにかわされる。
嘲笑うかの様に笑うゴブリンども。
それを見ながらゴブリン2体を視界から外さぬように注意する。
ゴブリンは最下級のモンスター。危険度は低くこいつら2体よりオーク1体の方がよっぽど強い。だから早くこいつらを片付けて仲間の助けに回りたい、が2対1。
数的優位はあちらにある。逸って突っ込めば挟み撃ちに合うし、1体に集中しすぎてもう1体への意識がおろそかになれば致命傷を負う。
「っらぁぁ!」
振り下ろし、突き、横凪。死角を取られない様に慎重にでも大胆に剣を振る。だけどその剣がゴブリンに当たることはない。ゴブリン共はこちらが詰めた分だけ距離を取ってくる。
(見透かされてる)
「ギャハッギャッギャ」
狡賢く、狡猾。こいつらは分かっている。自分達が気を引いてさえ入ればオークが僕達を殺せると。
ちらりと戦友の姿を確認する。戦闘は防戦一方であった。当たり前だ。人間とオークでは能力の差がありすぎる。まともにぶつかれば武器ごと轢き潰される。
「クッソガァぁぁ!まだかロイド!」
戦友の救援の声。このままではエギルが保たない。瞬時の判断。
「エギル!!」
ゴブリン2匹を無視しオークへと肉薄する。ゴブリン2匹を視界から外し、背中を向ける下策。1合でオークを切り伏せ返しの刃でゴブリンに対応する!
危険を承知で賭けに出る。
(これ以上仲間を失ってたまるか!!)
エギルの背後から飛び出す形。オークの死角から首へと刃を突き立てる。
「グァァァァァァァ!!」
絶叫。オークは振り払おうと苦悶の表情で拳を振るう。
「させっかよ!!」
剣の腹を盾にエギルが拳を受け止める。
その衝撃にエギルはその場で止まりきれず吹き飛ばされる。
「っ!うおぉぉぉぉぉ!!!」
吹き飛ばされるエギルを横目に突き立てた刃を振り抜いた。
「グギャァァァァァァ!!」
首から溢れ出すオークの血をもろに浴びながらオークが断末魔をあげながら倒れるのを確認する。
流石のモンスターでも首を斬られれば生きてはいられない。
(次はゴブリン!)
すぐさま振り返る、おそらくもうすぐそばまでゴブリンは迫っている。
「っゴブリン共がぁ!!」
視界にゴブリンが写る、がゴブリンはこちらではなく吹き飛ばされたエギルへと標的を変え攻め立てていた。体制の崩れた状態での2匹による猛攻。ゴブリンの槍がエギルの腹へと突き刺さる。
「ぐっあぁぁぁぁぁぁ!!!」
エギルの苦悶の声が響き、その声にゴブリンが嘲笑する。
更に一槍。もう一体のゴブリンがエギルの胸へと槍を突き入れる。
「くっそ!!」
縦一閃。剣を振り下ろし突き刺さる槍を更に押し込もうとするゴブリンを殺し、返しの刃で2匹目のゴブリンをエギルから振り払う。
「ギャッギャギャ!」
仲間を失いゴブリンの顔から笑みが消える。
「ギャッ!」
見せたのは逃げの意思。
「っ逃がすか!」
背中を見せたその瞬間を見逃さず背中めがけて剣を放り投げる。
「ギギャァァァ」
背中から突き立つ剣にゴブリンは倒れる。
「エギル!!」
「っロイドぉ」
溢れ出る血がエギルの周りを赤に彩っていく。一眼見てわかった。これは致命傷だ。
エギルの顔は青ざめ流れる血液はエギルの生気を吸い取っていくかのように流れていく。
「俺は死ぬのかぁ」
「っごめん!僕が判断を間違えたからエギルが」
あふれ出る血液を少しでも止めようと止血帯を取り出し出血個所を抑える。
「死にたくねぇ、嫌だ、俺まだ母さんに何も…ゴホッ返せてねぇ」
身体からじゃ飽き足らず口からもエギルの血が溢れ出す。
(くそっ近くに僧侶は!どこかの隊が近くにいれば少しは血が止まるはずだ!!)
「体がつめてぇ、暖めてくれよロイドぉ。……こんな寒いところが俺の最期なんてあんまりじゃねぇ…か」
「あぁ僕はここにいる!暖めてやるから、ほら支給されたマントお前にやる!だから!」
エギルの手を握りしめる。その手は生きているものとは思えぬほど冷たかった。
「やべぇ何も見えねぇ、あぁでも少しあったけぇ気がする。そこにいるんだろロイド。…ありがとなぁ」
「っっおい!死ぬな!死なないでくれ、こんなところに僕を、僕を」
(おいていかないでくれ......)
自身の手からエギルの手が滑り落ち、ロイドはこの状況に絶望する。体は動かないのに頭だけがぐるぐると働く。
一人ではどうあがいても生き残るのは無理だろうという考えの帰結。自身の過ちで最後の戦友まで失ってしまった。周りは乱戦状態でありすぐにでもモンスターが襲い掛かってくる。どこかの隊と合流したくてもその前にモンスターと対峙することになるだろう。
「ガァァァァァ!!」
「っ!!!」
最悪の展開。背後から新手のオーク。なんとか振り返り迫りくる刃を防ぐもその威力に吹き飛ばされる。
地面を転がった先、顔を上げればそこにはゴブリンどもが囲むように立っていた。
「「「ギャギャッギャギャッギャ!!」」」
吹き飛ばされた衝撃波で剣はゴブリンどもの足元へと転がってしまっていた。
「ガァァァァ」
とどめとばかりにゴブリンの後ろから先ほどのオークがやってくる。
咄嗟に立ち上がろうとするも足に力が入らない。腰が抜けていた。
(情けなすぎるな僕は)
足を見やれば小鹿のようにプルプルと震えていた。こんな自分が義勇軍の一員だというのだから笑えてくる。
オークが斧を振りかぶるのが目に入る。武器もなく、そもそも立ち上がることすらできない。抵抗の余地はない。
(僕じゃなくて生きていたのがエギルならまだ戦えていたかもしれないな)
そう自嘲しながら迫りくる斧を見やる勇気すらなく目を閉じた。
(……?)
しかし衝撃は待てどもこない。
「ギギャッ!」
それどころかモンスターたちの気配が変わる
目を開くとそこにはオークの亡骸と逃げ惑うゴブリンの姿。
立っているのは一人の男であった。
最後のゴブリンを口刺しにし、男は血のりを払うため剣を振りぬいた。
男が振り返り視線が交わる。中背のおそらく自分より幾から年上の男。外見的な特徴はなく、目を見張るような存在感もない。けれどその血赤の瞳と目が合った時、この男がモンスターどもを殺したのだと、なぜか痛感した。
数多のモンスターの返り血を浴びたその血濡れの姿に、思はず言葉が漏れた。
「……死神」
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少年の周りを囲むオークを切り飛ばし、いまだ現状に気づいていないゴブリンどもを殺戮する。
ちらりと少年をみて致命傷となる怪我がないことを確認する。
少し戦線が上がり魔王軍の軍勢は数歩後ろへと下がっていく。しかし義勇軍はそれを追わない。
周りにモンスターの気配がないことを確認し少年の元へ足を運ぶ。
「死にたくなければ早く立て、そして剣を構えろ」
「は、はい!」
呆然としていた少年は声をかけると慌ててゴブリンの足元にある剣を手に取り立ち上がった。だがその足は死の恐怖からか小鹿のようにプルプルと震えていた。
「日暮れまであと少し。もう少しの辛抱だ。」
日が暮れたら敵も味方も後退する。暗い中での戦いは双方に多大な被害を出すだけだからである。
それがわかってるからこそ敵も味方も今日で戦場を瓦解しようと最後の力を振り絞る。
おそらく魔王軍は今日最後の突撃を仕掛けてくる。だからわざわざ戦線が数歩後ろへと下がったのだろう。おそらく最前線の後ろの部隊から狼に乗ったゴブリン共が押し寄せてくる。ゴブリンライダーと呼ばれる狼を従える種類のゴブリンである。それを感じとっていた彼はちらりとさっき助けた少年を見やる。
足を震わせ、顔を真っ青にしている少年では突撃をくらえばひとたまりもなく殺されるだろう。
しかし彼は義勇軍の仲間である彼の戦意を高め、死への恐怖を打ち破る言葉を持っていた。
「今日を乗り切れば勇者が来るぞ。彼が来ればどんな困難でも乗り越えられるだろう。だが、この戦場では流石の勇者様でも苦戦は免れない……1人でも多くの義勇軍が生き残り勇者を支える必要がある。お前には2つの選択肢がある。今日の最後になるだろうこの戦いを乗り切り、明日勇者と共に戦場を駆け魔王討伐の英雄譚の一員となるか、ここで死に、勇者の姿を見ることもなく、勇者の駆けるこの地にその屍しかばねを晒すかだ。どうする?」
「ガァァァァァァァァ!!!」
後方からゴブリンライダー達が駆けてくる。助走をつけて一気に前線を瓦解させるつもりだろう。
その魔物共の突撃を尻目にロイドは拳に力を込めた。そして自身が義勇軍となり戦う意志を叫んだ。
「僕は、僕は故郷を守ってくれた勇者様の力になる為にここに来ました!!本来はあの時失っていたはずの命!たとえこの手足がちぎれようとも今日を戦いきり、明日もこの戦場で戦います!」
少年は自身が戦う理由を回帰し、目から恐怖は消え、足の震えも止まり、顔は闘士に満ち溢れた。一人の少年から再び彼は戦士となる。
ゴブリン達はもう目前まで迫ってきている。
「ひとつ聞いていいか少年。君の名前は?」
「ロイドです!」
「ロイドか、良い名だ!ではロイド、あのライダー共の突撃を止めるぞ!ゴブリン共に人間の恐ろしさをを教えてやれ!」
「はい!!」
「行くぞ!」
戦場は苛烈さを増し彼らは死戦に踊る。彼らは死への恐怖でさえも力への原動力へと変えて闘うのだ。
夕暮れの光が彼らの奮戦を讃えるかのように戦場を紅くれない色に照らしていた。