能力
「特殊能力ですぞ!」
獣による襲撃を乗り切り、命からがらといった様子で集まってきていた異世界移住者の中で、声を張り上げたのは、小田拓也という青年だった。
「アァン?」
「ひぃっ!?」
それを聞いた柳が視線を向けると、テンションが高まっていた拓也は、引き攣った声を上げて身を縮こませる。
「そんなにビビるな。で……どういうことだ? オタク」
「オタ……まあ、オタクであることは認めますが、僕には小田拓也という名前があります」
思わず威圧するような反応をしてしまったことにわずかなバツの悪さを覚えたのか、努めて声音を落ち着かせた柳の言葉に、拓也は抗議するように言う。
「めんどいからオタクでいいだろ。今日会ったばっかのメンツなんだ。分かりやすい呼び方があるならそれに越したことはねぇだろ」
しかし、そんな拓也の言葉など意に介さずにそう言い放った柳は、これ以上この話題を引き延ばすつもりはないと言わんばかりに、鋭利な視線を向ける。
「で? これが特殊能力って言ってたな」
「あ、あくまで、推論ですが」
柳に言われた拓也――オタクは、怯えながらも答える。
「構わねぇ。言ってみろ」
「勝手に仕切らないでくれますか?」
「アァ!?」
オタクの話を促した柳は、横から挿し込まれた眼鏡の男――塚原の言葉に、眉根を潜める。
癖なのか、威嚇するような柳の反応に一瞬たじろいだ塚原だったが、眼鏡を軽く直すと、落ち着いた口調で口を開く。
「今は非常事態です。とりあえず状況が判明し、安全が確保できるまでは一致団結した方がいい。ならば当然リーダーとなる人物が必要です。そして、リーダーは然るべく選ばれるべきでしょう?」
「まるで自分がそうだって言ってるみてぇだな」
「少なくともあなたよりはね」
柳とそれに対抗するような塚原の視線が一瞬火花を散らすのを見て、春奈が呆れたように声を発する。
「やめて。こんな時に、そんなことで言い争ってる場合じゃないでしょ!?」
「……勝手にしろ」
春奈の言葉に言い捨てた柳は、参加者たちを見回して言う。
「とりあえず、ロッジに戻るか」
「仕切らないでもらえますか?」
「ウルセェな」
「ひいっ!?」
柳の言葉で一旦ロッジに戻ろうとしたところで引きつった声が響く。
「なんだ!?」
「なに!?」
あまりに切羽詰まった声に緊張が奔り、その声の主――「冴山悠」へと視線が集まる。
「どうしたの?」
「あ、あれ……」
腰を抜かし、青褪めた顔をした悠は、心配して駆け寄った春奈の言葉に、力なくある一点を指差す。
「いや! こっちにも! あ、アアッ」
錯乱したようにあちらこちらを指差す悠につられて全員が視線を向けるが、緑が生い茂っているだけで、先ほど襲ってきた獣や怪物が身を潜めている様子もない。
「なにか見えたの?」
「え? 何言って……あそこに――」
目を凝らす春奈の言葉に、悠は何を言っているのかわからないといった表情を浮かべ、困惑しながらも視線を伏せる。
「いえ、な、なんでもありません。なにかいたような気がしたんですが、見間違えだったみたいです」
「?」
「ま、あんなことがあった後だ。敏感になってたんだろ」
悠のその言葉で緊張が緩み、「なんだよ」とか「ビビった」といった呟きが零れる中、柳が慰めるように言う。
だが、間近で悠の様子を見ていた春奈だけは、腑に落ちないような訝しさを覚えていた。
「あの」
参加者達が次々とロッジに戻っていく中、美守は意を決して柳に声を掛ける。
「傷を見せてください。私、治せると思うので」
そう言って見つめてくる美守から視線を外した柳は、その力によって治療された優愛を見る。
まだ意識は戻っていないが、獣に腕を食いちぎられたはずの腕は完全に再生しており、その言葉を裏付けている。
「大丈夫なのか?」
「はい」
今日まで普通に過ごしていた年端もいかない少女が命を預かる精神的な負担を案じた柳の問いかけに、美守ははっきりとした口調で頷く。
「そうか、悪いな」
その瞳に宿る確かな意志を感じた柳は、そう言って自らの傷口を美守に見せるのだった。
※※※
「状況を整理しましょう。私達は確かに異世界へ来た。けれど、人のいない森の中に置き去りにされてしまった。しかもこの森には私達の命を脅かす存在が生息している。
これから私達がするべきことは――」
ロッジに戻ったところで、眼鏡の男――塚原は、話を切り出す。
異世界の洗礼を受け、悲嘆にくれる者達は疲れた表情で座り込みながらも、その言葉に耳を傾けていた。
「当面の生活、この世界の人間、あるいはそれに類する知的生命体との接触というところでしょうね」
「その通りです」
塚原に肯定の意見を受けた春奈は、おもむろに一人の青年に声を掛ける。
「それで、オタク君」
「あ、その呼び方決定なんですね」
意見したにもかかわらず、それを受け入れてもらえなかったことを理解したオタクからは、やや哀愁と諦観の入り混った空気が漂っていた。
「さっき言ってた特殊能力について、話してもらいたいんだけど」
「は、はい。あの薬を飲む前、ノワールと名乗っていた彼が言っていた言葉を覚えておられますか?」
春奈の言葉に頷いたオタクは、その場で話を始める。
《皆さんが異世界で生きていくためのに必要不可欠なものです。その薬は、皆さんの身体を異世界の環境に適応させ、さらに異世界で生きていくための力を一つだけ授けてくれます》
ノワールの言葉を思い起こさせたオタクは、その語気に力を込めて語りだす。
「『異世界で生きていくための力を一つ授けてくれる』。この言葉が意味しているのが先程皆さんが使った力なのではないかと思います。
そもそも、異世界へ行くのなら、チート能力は必須! お約束なのですぞ!」
「そうなのか?」
興奮を隠せない様子で力説するオタクの言葉に柳は怪訝に眉を顰める。
「あ、そういうの流行ってる? 流行ってたよね。ウチも見たことある」
「あ~お客さんに勧められたことあるかも」
「っていうか、めっちゃイキイキしてるじゃん。あのオタク」
「今なら割とメジャーな話のはずなのですが……」
(ご愁傷様です)
そんな中聞こえてきた女性陣の冷ややかな声に意気消沈したオタクに、カナタは内心で同情する。
「とにかく! そういう訳で、おそらく、あの薬を飲んだ全員に何らかの形で能力が宿っているのではないかと思われます」
気を取り直して話を始めたオタクは、持論を展開させる。
その話を程度の差はあれ全員が素直に耳を傾け、理解しようと努めていた。
「おそらくですが、えっと――」
「ヤナギでいい」
自身に向けられたオタクの視線がなにかを窺うような色を帯びているのを見て、その意図を察する。
思えばここにいるメンバーは、異世界へ移住するという同じ目的で集められ、今日会ったばかり。
面識くらいはあるが、ろくに自己紹介もしていないうえ、二十人ほどいるのだから、まだ覚えきれないのも当然だった。
「ヤナギさんは、おそらく身体能力の強化。その身体の紋様は能力が発動している証なのではないでしょうか。先ほどヤナギさんがみせた尋常ならざる戦闘能力もそれで説明がつきます」
ヤナギに言われたとおりに呼んだオタクは、その能力を説明する。
「なるほど。この印が能力の証ってわけか」
その言葉で自身の身体に浮かんだタトゥーのような模様を一瞥したヤナギは、小さく鼻を鳴らす。
確かに、運動神経は悪い方ではなかったが、あくまで常人レベルだった。
だが、この世界に来てからの自分の身体能力は、あきらかに人間のそれを逸脱しており、それが身体に浮かんだ紋様――特殊能力によるものだというのならば合点がいく。
だが、そのことがわかったというのに、ヤナギが浮かべている表情は、ほんのかすかな陰りを帯びているようにみえた。
「じゃあ、他の奴らもなんかの力が使えるってこと?」
「おそらく。実際、ヤナギさん以外にも能力らしきものを使った方もいたはずです」
その話を聞いていた春奈が確認するように尋ねると、オタクはあくまでも可能性――推論の域を出ないという反応を見せながらも、それを肯定する。
(特殊能力。僕にも、そんな力があるのか……)
それを聞いてメンバーが、各々自分の身体を見たり、周囲に視線を配り出す中、カナタは自分に宿っているかもしれない特殊能力への期待に、胸を膨らませるのだった。
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。
「石田優菜」
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。
「江口美月」
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。
「黒島颯」
迷彩服を着た男。
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
「冴山悠」
冴えない印象の男性。
「桜庭竜馬」
顔立ちの整った美男子。
「式原美守」
ゆるふわ系少女。
「鈴木日緒」
ギャルのような女性。
「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。
「橘隼人」
好青年。
「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。
「塚原敬」
知的な印象を持つ眼鏡の男。
「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。
「七海薫」
平凡な女性。
「野々村陽介」
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。
「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。
「美作春奈」
清楚な印象の女性。
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」 :能力「身体強化」
強面の男性。
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。