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異世界と異常



 ごく普通の家庭に生まれ、豊かではないがさして貧しくもない。

 贅沢さえしなければ、日常生活に支障はなく、時折喧嘩もするが仲のいい両親、不自由過ぎない生活――それが、「結城叶多」という少年の人生だった。


 満たされているのかと言われればそうではないが、不満があるのかと言われれば、漠然とそんなものがあるかもしれないという、おそらくは贅沢だと言われる悩みを抱えて結城叶多という少年は、これまでの人生を過ごして来た。


 叶多には夢があった。


 否、夢というよりは、人生における妄想、願望といった方が正確かもしれない。


「特別な人間になりたい」


 スポーツで活躍するスーパースターのような、誰をも魅了する歌を歌う歌手のような、国を動かす政治家のような、なんなら、物語の中に出てくる勇者のような、そんな特別な存在。


 何も努力しなかったということはない。


 だが、叶多はそうなれなかった。


 才能がなかったというのは、逃げた言い訳だろうか。

 いずれにせよ、望んだ結果を得られず、叶多は夢を諦め、自分より先を行く――自分が望んだ場所を生きる誰かの背中を見送るだけの人生を送ってきた。


 そんな叶多が最後に選んだのは、せめて嫌われないようにする生き方だった。


 人の意見に合わせ、我儘も言わず、波風を立てないように過ごす。

 決して変わっているということはなく、クラスに数人はいるような目立たない生活は、家庭でも学校でも円満な環境を作ってはくれたが、その一方で特別な人間でありたいと願う本心と現実はかけ離れていった。


 だからこそ、異世界へと誘うメールが届いた時、叶多はそれに応える道を選んだ。

 もしかしたら、この世界ではなく、異世界でなら自分は特別な何かになれるのではないかという希望を抱いて――。



※※※



「ここは……」


 視界が戻って来た時、カナタの目に映ったのは柔らかな絨毯が敷き詰められた床だった。

 なぜ自分がそんなところに横たわっているのか理解できないまま、まだ重いような感覚が残る頭を振りながら身体を起こしたカナタは、靄がかったような意識で記憶を辿る。


「なんで……? そうだ。確か、薬を飲んだらすごく眠くなって、それで――」


「見て! 外!」


「え? ――ッ!」

 目覚めたばかりの冴えない頭で眠りに落ちる前のことを思い出していたカナタは、不意に響いた女性の声に顔を上げ、ロッジの窓から外を見て言葉を失う。


 窓の外に広がっていたのは、森の景色だった。青々と茂った緑が目に鮮やかに映える木々は、心なしか意識を失う前に見た地球の山中よりも鬱蒼としているように思われた。

 何より決定的だったのは、目を凝らせば森の中に見ることができる小さな鳥だった。

 それはスズメやカラスといった見知ったものではなく、明らかに地球――少なくとも日本に生息しているとは思えないものだったのだ。

 何しろ、四枚の翼を持つ小鳥など、カナタの知る限り地球上には存在していない。


「これが、異世界……!」


 だからこそ、カナタは今、自分達がいる場所が地球ではないと感じていた。


(ここで、僕の新しい生活が始まるんだ……)


「ふざけるなよ、ただのジャングルじゃないか! っていうかあの野郎はどこ行きやがった!?」


 異世界の光景を目の当たりにし、期待に胸を膨らませていたカナタは、不意に聞こえた声で我に返る。


 その声に言われてみれば、確かに窓の外には異世界の景色が広がっているが、人間、あるいはそれに相当する存在が暮らしていそうな形跡は感じられない。

 舗装された道はもちろん、人工的な建造物の気配が一切ない、原始の森の景色。

 まるで、ロッジごとこの場所へ運ばれてきたような光景に、ロッジにいる全員を言いしれぬ不安が呑み込んでいく。


「そういえば……ノワールって人がいないわ」

「あのメイドたちもだ」

「これって……」


 次々に聞こえる声に、カナタは異世界へ来ることができた喜びが徐々に暗い想像に塗りつぶされていくのを感じていた。


「もしかしたら、異世界での暮らしは、私達が思っていたものとは違うのかもしれない」


 息を呑んだカナタの耳に、春奈の呆然とした声が届く。


 「異世界で暮らせる」と言われ、ここにいるメンバーは、ある程度文化的な生活を想定していたはずだ。

 だが、実際に連れてこられたのは文明の気配すらない大自然の中。

 しかも、ここまで案内したノワールとメイドたちの姿は完全に消え去っている。

 それはすなわち、カナタ達はこの異世界のどこかで孤立無援になってしまったことを意味していた。


「まさか、俺達はこの異世界でサバイバルをして暮らすってこと……!?」


 呆然と零れた春奈の言葉に、その意味するところをカナタと同年代と思しき少年――橘隼人の声が遮る。


「そんな……」


 ハヤトの口から零れたその言葉は静寂に包まれたロッジの部屋の中で異常なほど響き、誰かから絶望に彩られた声が零れる。


「なんだこりゃ?」


 誰もが沈鬱な重苦しい不安に目の前が真っ暗になっていたその時、耳を叩いた声にカナタを含めた全員が視線を向けると、先の声の主である柳が自分の身体を見て眉を顰めていた。


 その理由は一目見ればカナタにも分かった。

 何しろ柳の身体には、タトゥーのような紋様が浮かんでいたのだ。


 異世界に来る前にはそんなものがなかったのだから、目覚めてから表れたものであることは明らかだった。


「大丈夫なの?」

「あの薬の影響か?」


 身体に紋様が浮かんだ柳を見て春奈が案じる一方、塚原は眼鏡を軽く指先で持ち上げて嫌悪感が滲む冷ややかな視線を向ける。


「完全に危ない人ですね」

「――チッ、とりあえず外に出てみるか」


 嘲笑も含まれているその声に一瞬眉を顰めた柳だったが、自身の姿を見ればそんな意見が出てくるのもやむを得ないと考えたのか、あるいは口論するなど無駄だと思ったのか、それ以上何も言わず、舌打ち交じりに言う。


「そうね。このままここにいても何も変わらないし、少し周りを見てみましょう」


 柳の言葉に同意を示した春奈が席を立つと、様子を窺っていたメンバー達も恐る恐る立ち上がって外へと出ていこうとする。


「――っていうか、この人なんでこんなところで寝てるの?」


 そんな中、たった玄関へと続く廊下で未だ一人眠っている権藤という色黒の男に、「鈴木日緒」というギャル風の出で立ちをした少女が顔をしかめる。


「……っ!」


 かなり体格のいい権藤が通路を塞いでいるのを煩わしく思いながら、扉を開けてロッジの外へ出ると、明らかになにかが違う風が――空気が入り込んでくるのが分かった。


「これが異世界の空気……」


 ロッジの外へと出て異世界の大地を踏みしめたカナタは、一度深呼吸してこの世界の空気を肺の中へと取り込む。

 自然がこれほどに満ちているからか、あるいは異世界だからなのか、爽やかな空気がとてもおいしく感じられた。


「とりあえず、近くに人がいないか、いそうな場所はないか手分けして探しましょう」

「そうだな。このままじゃ、食う物もなくて飢え死にしかねない」


 周囲を見回しながら春奈が言うと、柳が端的に言う。

 そのやり取りを聞いていた塚原が不快気に眉を顰め、声を発しようとした瞬間、ロッジの中から権藤が飛び出すようにして身を乗り出した。


「クソが! あいつらはどこ行った!?」


 顔を憤怒の感情で赤くした権藤は、眉を吊り上げ、声を荒げて吠えるように言う。

 だが、先の言葉への答えは求めていなかったのか、周囲にノワールとメイド達の姿がないことを見た権藤は、苛立ちを隠さない様子で舌打ちをすると、続けて声を荒げる。


「テメェら、さっさと戻れ! ここから帰るんだよ!」


「何? 騒がしいわね」

「急にどうしたの?」

 突然怒鳴りだした権藤にメンバー達――特に女性陣は危険なものを感じ取ったのか、その様子を遠巻きに見て、声を潜める。

 怒り狂っている今日会ったばかりの男の命令になど従う気にはなれず、当然のごとく権藤の言葉に応じる者はいなかった。


「チッ! バカどもが! 俺達は奴らに利用されただけなんだよ! 俺達は――ッ!?」


 一向に動く気配を見せないカナタ達他の参加者の態度に痺れを切らせたように怒声を発した権藤は、突然その言葉を詰まらせて苦しそうに悶え始める。


「え?」

「なに……?」

 そのただならぬ様子にざわめきが広がり、権藤は苦しみながらその場で膝から崩れ落ちる。


「う、うぅ……」

「っ!」

 目を血走らせ、口から泡を吹き、呻くように声を発しながら、よろめく権藤は、たまたま近くにいたカナタの元へと歩み寄ると、その肩を掴む。


「え?」


「た、助け……ウ゛ゥッ!」


 突然のことに硬直したカナタの目の前で、次の瞬間権藤の身体が緑色に破裂する。

 だがそれはあくまでそのように錯覚しただけで、実際は権藤の身体を突き破って、植物のような〝何か〟が出現したのだった。



「――――」




「……き――」



「きゃあああああああああああっ!」


 突然のことに女性陣が悲鳴を上げ、誰もが息を呑んで目を瞠る。

 それを目の前で見ていたカナタが言葉を失う中、そのまま力なく崩れ落ちた権藤の手から赤い液体の入ったアンプルが転がり出る。


「どいて!」


 そんな中、真っ先に声を上げた女性――「高杉詩帆」は、手慣れた様子で権藤の状態を確認して眉を顰める。


「……もう亡くなってるわ」


「ほ、本当に?」

「これでも前職は看護師よ」


 それを見ていた誰かから零れた言葉に、詩帆は強い口調で言う。

 元看護士の――否、そうでなくとも権藤の血の気の失せた青白いは、見ている全ての者にその死を理解させるだけの力を持っていた。


「い、いやあああああっ」




浅野由紀子あさのゆきこ


 女子高生か女子大生らしき女性。


生駒優愛いこまゆあ


 大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。


石田優菜いしだゆうな


 顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。



江口美月えぐちみつき


 胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。



小田拓也おだたくや


 オタクのような容姿の青年。



黒島颯くろしまはやて


 迷彩服を着た男。



権藤大河ごんどうたいが」 死亡


 色黒の男。



斎藤朝陽さいとうあさひ


 少し派手な印象の男性。



冴山悠さえやまゆう


 冴えない印象の男性。



桜庭竜馬さくらばりょうま


 顔立ちの整った美男子。



式原美守しきはらみもり


 少女。




鈴木日緒すずきひお


 ギャルのような女性。



高杉詩帆たかすぎしほ


 明るく人当たりのよさそうな女性。



橘隼人たちばなはやと


 好青年。



田村健吾たむらけんご


 ふくよかな体型の男性。



塚原敬つかはらけい


 知的な印象を持つ眼鏡の男。



永瀬日葵ながせひまり


 イヤホンを着けた少女。



七海薫ななみかおる


 平凡な女性。



野々村(ののむら)陽介ようすけ


 髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。



氷崎綾乃ひさきあやの


 日本刀を携えた黒髪の美少女。




美作春奈みまさかはるな


 清楚な印象の女性。




宮原誠義みやはらせいぎ


 中年男。




柳克人やなぎかつと


 強面の男性。




「結城叶多」


 平凡な少年。


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