小さな祈り
「ヴェ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛~ッ!」
赤と紫色が入り混じった毒々しい肌の色をした巨大なカエルのような生物が、身体に空いた無数の噴気孔のような穴と、巨大な口から紫色の霧を吐き出す。
「気を付けて! 毒ガスよ」
「く、そが……っ」
全身から毒ガスをまき散らすカエルに舌打ちしたヤナギは、ハルナの警告に従って後方へと飛ぶ。
身体を覆う体液も毒。さらに毒ガスすらまき散らすカエルは、肉弾戦を主体とするヤナギにとって、相性のいい相手でないことは明らかだ。
「まだ、毒ガスが防げるかは試してないんですがね――オタク君!」
「お任せあれ!」
それを見たメガネの指示しに従い、オタクが爆発の力を放つと同時に障壁が展開され、能力によって生じた爆風が吹き荒れる。
生憎メンバーの中に風やそれに類する能力を使える者はいない。爆発の能力によって生じる爆風を代替とし、眼前の毒ガスが全て爆風で散らす。
「今です」
「カナタ君!」
メガネが障壁を解除すると同時、アヤノの鋭い声に応じたカナタは、手を合わせて手にしていた棒を魔剣へと変化させる。
「二人とも」
「はああっ!」
ユウナが放った炎が魔剣の刀身に絡みつき、燃えさかる剣となって巨大毒ガエルへと突き立てられる。
魔剣から伝わる炎に内蔵を焼かれ、体中から紅蓮の炎を噴き出した毒ガエルは、その場に力なく崩れ落ちていくのだった。
※※※
「痛てて」
「大丈夫?」
その日の夜、毒ガエルとの戦いで負った傷を治療してくれるミモリの言葉に、カナタは努めて明るい声音で応じる。
「あ、うん。ありがとう」
爆発で散らしたとはいえ、毒ガスをわずかに吸い込んでしまったカナタとアヤノは、こうしてミモリの能力によって治療を受けていた。
ミモリの能力は毒にも効果を発揮し、先に治療していたアヤノも、身体を軽く動かして体調を確認している。
「無理しないで。カナタ君に何かあったら……いえ、誰が傷ついても、私は嫌。死ぬのは特に」
「そうだね」
かつて目の前で家族を失った過去があるミモリの切実な訴えに、カナタは一瞬ときめいてしまった感情を抑えて頷く。
「ロッジを出て十日。誰一人欠けずにここまで来れたんだから、このままゲームを攻略したいところだけど……」
深い森と山々が連なる島は、ほとんど山歩きの経験がないメンバーと、恐ろしい生物たちとの生存競争のために、かなりの時間を消費してしまっている。
だがそれでも出発から犠牲が一人も出ていないのは、全員が力を合わせて一つの目標に向かってきたからだという自信と確信が、カナタの中にはあった。
「ハルナさん達が言っていたわね。もしかしたら、橋にはなにかしら、私達の脱出を阻む障害が用意されているかもしれないって」
だが、そんなカナタが言い澱んだ言葉に含まれる不安を、横で話を聞いていたアヤノの声が代弁する。
「そうですね。そんなのがなければいいけど……」
「やるしかないんだよね。みんなで、この島を出て仲良く暮らしていけたらいいな。辛いこともいっぱいあったけど……みんな、もう家族みたいなものだから」
不安に表情を曇らせるカナタに、ミモリはこの世界に来てからの事を思い返し、今日までに育んだ仲間達への信頼を込めて言う。
理想は誰一人欠けずにゲームを終えること。
ミモリは、その後――皆がこの世界で自由に生きていけるように鳴った後も、できることなら今のメンバーで過ごしたいと思っていた。
それが全員でゲームをクリアし、生きて生きたいというミモリの願いであり、祈りであることがカナタとアヤノにははっきりと分かっていた。
「家族、か……」
「今後のことは分からないけれど、考えておくわ」
ミモリから屈託のない笑みを向けられたカナタとアヤノは、視線を交わして苦笑めいた表情を浮かべる。
この島から脱出し、ゲームをクリアして、本当の意味でこの世界で生きていく。
それだけが、今カナタやミモリ、アヤノをはじめとした全員の行動を支える意志であり、唯一の希望。
たとえそれが、ノワール達の思惑通りだとしても、その先にしか生存も自由もない。
そこからしか始められない。そこからしか選ぶこともできない。
だから、せめて祈るしかない。
「島からの脱出がゲームのクリア条件である」ということを。
※※※
「このままいけば、明日にでも橋に着けるな」
「――ねぇ、ヤナギ。あなたは、もしここから無事に出られたらどうするの?」
今いる場所からでも見える橋の欄干を見て呟いたヤナギに、ハルナは日が落ちてきた空を一瞥して尋ねる。
「なんだよ、その質問? そんな話するのはまだ気が早えだろ」
「いいじゃない。ちょっとした世間話。こうしてても気分が重くなるから、ちょっと明るい話したいの」
その質問に一瞥を向けたヤナギは、ややぶっきらぼうな口調でハルナに応える。
「……そんなの考えてねぇよ。この橋の先にどんな世界が広がってるのか分かんねぇしな」
「そう。なら、私と一緒に行かない?」
一瞬思案気に首を傾げたヤナギからの返答を聞いたハルナは、様子を窺うように尋ねる。
「わ、私の能力役に立つと思うの。この世界の色んな情報が手に入るし、上手く使えばお金持ちになれたりするかも」
突然の申し出に怪訝な表情を浮かべたヤナギに、ハルナは慌てて取り繕うように言う。
まるで言い訳をするように自身の発言を補完するその様子は、あらぬ誤解を招かないように望んでいるとも、その内に秘めた本心を隠そうとしているようでもあった。
「そうだな。それもいいかもしれねぇな。俺は今のところ腕っぷしくらいしか取り柄がないからな。この世界でこれ一本で食っていけるかも分からねぇもんな」
「そうそう!」
軽く肩を竦めたヤナギが軽口をたたくと、ハルナは嬉々として何度も首を縦に振る。
「結構深刻な問題だろ。下手したら、ここを出てから生活に困るぞ」
「はは。でも、そういう話がしている方が夢があるじゃない」
その反応を見たヤナギが半目で言うが、ハルナはそれを軽く笑い飛ばして、憂いの影を浮かべる。
「将来を迷えるっていうのが、こんなに幸せなことだったなんて、知らなかったな」
明日生きていられるのか、この島を生きて出られるのかも分からない未来より、まだ何があるか分からない将来の可能性を考える方が楽しい。
明日をも知れぬ身で、ただ死なないことだけを考えている今だからこそ、そんな当たり前のことがどれほど尊く、恵まれていたのかが分かる。
「――ごめん。楽しいこと話そうって言ったのに、ちょっとしんみりしちゃったね」
「いや。そんなことねぇよ」
ふと我に返ったハルナが謝罪の言葉を述べると、ヤナギは素っ気ないが、確かな気遣いが感じられる声音で応じる。
その言葉にヤナギへ視線を向けたハルナは、目を細めて微笑む。
「…………」
そんなほほえましいやり取りをしているハルナとヤナギを少し離れた場所から一瞥していたメガネは、静かに息を吐くと、夜の色に染まり始めた空を見上げるのだった。
※※※
その翌日、カナタ達一行は、ロッジからの長い道のりを経て島の端――外界へと通じる可能性が最も高い橋へと辿りついた。
「着いた……!」
「見て。何もないわ」
そこは一帯が開けた平地になっており、霧に覆われた海の向こうへと続く橋だけが、自然の中に不自然に存在していた。
「あの橋が新築同然に見えるのは、この世界の技術によるものなのか、あるいはゲームとやらを主催している彼らが最近作ったからなのか……」
「妙ね。不自然なほどに整地されてる。まるで――」
それを見て思案気に推察するメガネの言葉に、ハルナは周囲を見回して最も大きな懸念を呟く。
その言葉に、メガネが無言で首肯し、ヤナギが警戒を強める。
「ねぇ、早く行きましょ! 今なら、一気に橋を渡れるわ」
立ち止まっているハルナ達を急かすように、優愛が声を上げる。
だがそれは優愛だけのものではなく、メンバー全員が切実に思っていることでもあった。
「早く、こんな場所から抜け出したい」と。
「……悩んでいても仕方ねぇか」
その言葉に覚悟を決めたヤナギが端へ向かって進むと、全員が揃って走り出す。
橋の入り口、島からの出口。命を懸けた過酷なサバイバルからの脱出。
その希望へと続く橋へと向かって走るメンバー達の表情は、期待と一抹の不安と安堵が入り混じったものだった。
「――ッ!」
「止まって!」
だがその瞬間、危機察知の能力を発動していたヒマリとカナタは、同時に背筋が凍るような悪寒を覚えて声を発する。
そのただならぬ声に足を止めたヤナギ達が見たのは、カナタとヒマリが浮かべている青褪めた表情だった。
「まさか――」
最悪の予感に息を呑むヤナギ達と同時に、同じ能力を行使しているカナタとヒマリは、周囲に視線を巡らせてその原因を探す。
「ヤバい。ヤバい……こんな感覚、今まで感じたことない。みんな、逃げ――」
ヒマリが声を震わせながら声を発した次の瞬間、橋の横――そびえたつ崖から、鋭い鉤爪を持った手が出現する。
「っ!」
瞬間、崖をのぼるようにして姿を現したのは、巨大な蜥蜴――否、ドラゴンと呼んだ方が適切に思える生物だった。
燃えるような赤い炎色の身体は、金属でできているかのような光沢を放ち、大きく裂けた口からは巨大な牙が覗いている。
四足で歩くその姿は蜥蜴を思わせるが、蜥蜴よりも長い首をもたげたそのシルエットは、獣のそれにも見え、二足歩行の生物が四足で這いつくばっているような印象を受ける。
地面から頭の先まで、およそ四メートルはあろうかという巨体を露わにし、爛々と輝く金色の双眸と天を衝く巨大な黒角を持つそのドラゴンは、カナタ達を睥睨していた。
「なんだ、こいつは……」
「今まで見た来た生物とは、圧が違いますね」
「『レラティブドラゴン』――世界最強の竜種の、近縁属『似竜』……!?」
これまで出会って来た異世界の生物、その全てを凌駕するような存在を前に委縮するヤナギとメガネの呟きに、事典を呼んだハルナの呻きが重なる。
「グルオオオオオッ!」
瞬間、ニアドラゴンが地響きのような咆哮を上げる。
まるで畏怖と共に紡がれた己の名に応えるように吠えたニアドラゴンは、目の前に並ぶ二十の餌に舌なめずりをするのだった。
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。
ユウナ 「石田優菜」
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
イツキ 「九条樹/冴山悠」
冴えない印象の男性。
恋人の冴山悠本人を誤って殺してしまい、逃げるためにその名前を騙って紛れ込んだ。 能力「霊視」。
リョウマ 「桜庭竜馬」
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。
ハヤト 「橘隼人」
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
「塚原敬」
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
「七海薫」
平凡な女性。
ヨースケ 「野々村陽介」
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。能力「不眠不休」
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。能力「シンクロ」




