脱出への旅路
「いくぜ、カナタ」
「はい」
不敵に笑いながら、拳を差し出してきたヤナギに応じたカナタは、その能力を受けて身体強化の紋様を浮かべる。
「ギィイイイッ!」
そんな二人が見据えるのは、漆黒の翼を広げた巨大な鳥だった。
全長三メートルはありそうなその巨鳥は、猛禽というよりも恐竜に近い顔を持ち、嘴の中に牙を有している。
明らかに肉食で、カナタ達を獲物――食料と見定めているであろうことが分かる巨鳥は、その体躯に見合わない俊敏な速度で天を翔け、上空からカナタ達を狙ってくる。
「させない!」
これまで培った戦術に倣い、ミツキが展開した闇が巨鳥の視界を遮り、オタクの爆撃とユウナの炎がその身体に炸裂する。
「気を付けて! そいつの羽毛はそういう力を散らしてしまうわ!」
そこへ響くハルナの声を裏付けるように、二重の爆炎と闇が翼から巻き起こされる風によって薙ぎ払われ、ほとんど傷を負っていない巨鳥が襲い掛かる。
「ふっ!」
瞬間、展開されたメガネの障壁がその爪による一撃を防ぐが、圧倒的な質量と膂力、さらに加速によって加わったその破壊力によって亀裂が奔る。
鉤爪の先端が障壁に食い込むほどの破壊力にメガネが顔をしかめ、追撃を加えようとした巨鳥に弾丸のように飛来した石が命中する。
「ギイッ!」
「ハッ! やっぱ、物理攻撃には耐性が低いらしいな。オラァ!」
ハルナの「事典」による情報通り、エネルギー系の攻撃よりも物理的な攻撃への耐性が低いことを確認したヤナギは、砕けた握り拳大の石を力任せに投げる。
能力によって強化されたヤナギが放つ石の速度は弾丸にすら匹敵し、巨長の飛翔速度と動体視力を以てしても、反応が困難な速度と威力を以てその身体に叩きつけられ、苦悶の声を上げさせる。
「カナタくん!」
それを横目に、手ごろな大きさの棒を手にしたアヤノがそれを魔剣へと変え、カナタに投げ渡す。
「はい!」
それを受け取ったカナタは、ヤナギの投擲によって動きが鈍った巨鳥に向けて魔剣を投げ放つ。
「はあっ!」
能力が解除されるまでの短い時間で投擲された魔剣は、矢のように天を奔って巨鳥の翼に突き刺さる。
同じ身体強化でも、素の身体能力が違うためか、カナタの方がヤナギよりもわずかに弱い。
瞬間的な攻撃力が高いヤナギが巨鳥を引きつけ、最も攻撃力の高い魔剣で翼を傷つけることで、飛行能力と敏捷性を低下させる。
「ギイイイッ!」
「よし、とどめだ!」
作戦通りに、翼から鮮血をまき散らした巨鳥が苦悶の叫びを上げると、ヤナギはそう言って地を蹴る。
強化された身体能力によって一息に距離を詰めたヤナギは、巨鳥の足を掴んで力任せに地面に叩きつけた。
「ギッ……!」
「アヤノ!」
「はい!」
一瞬の隙を衝かれ、ヤナギの膂力によって地面に叩きつけられた巨鳥に肉薄したアヤノが、手にした真剣を魔剣へと変えてその首を斬り落とす。
一瞬の閃きと共に宙を舞った巨鳥の首が地面に落ち、鮮血が噴き出すのを横目で見届けたアヤノは、静かに能力を解除した真剣の刀身を鞘の中へと収めるのだった。
※※※
「今日は、この辺りで野宿にしましょう」
日が落ち、空が夜の帳に覆われ始めると、ハルナは開けた場所を見つけて言う。
外界に繋がっていると思われる橋に辿り着くまで、どうしても野宿は避けて通れないことだった。
「どうだ?」
「はい。この先へ真っすぐです」
飛行能力によって空へと昇り、橋までの方向と距離を確認していたカナタとリョウマは、下で待っていたヤナギの問いかけに答える。
島の地図などがない以上、自分達がちゃんと正しい方向へと進めているのか逐一確認しながら進むことは極めて重要なことだ。
「それと、霧がかかっていてはっきりとは見えなかったんですけど、橋の先は別の島か大陸みたいなものに繋がっているみたいです。やっぱり、あの橋から島を出るのがゲームクリアの条件なんじゃないかと思います」
空の高い場所から見た情報を付けたしたリョウマの言葉に、ハルナは「そう」と小さく呟く。
「お前らだけ、空から飛んで助けを呼びに行くっていうのは?」
「無理だと思います。遠くからだけど、あっち方面の空にものすごい数の鳥? の影が見えたので。仮に飛んで島を出ようとしても、昼間のあいつみたいなのに襲われて帰って来れません」
ヤナギの提案に、リョウマは自分の考えを伝え、カナタも無言の首肯で同意を示す。
「とにかく、二人ともご苦労様。しっかり休んで明日に備えましょう。特にカナタ君は」
「ありがとうございます」
現状を確認したハルナは、カナタに感謝とねぎらいの言葉をかける。
カナタは能力を複製できる能力ということもあって、戦闘では最前線に立ち、今のように誰かの補助的な役割もしてもらっている。
その負担は、肉体的にも精神的にもかなり大きなものであろうことは想像に難くない。
「――どう見る?」
カナタが立ち去り、声が届かない距離へと離れたのを見て取ったヤナギが呟くと、ハルナはその顔に深い憂慮を浮かべる。
「もしこれがゲームで、私が運営側の人間なら簡単には脱出させない。島の出口になる橋か、そこに至るまでに、何かを仕掛けておく」
「……だろうな」
ハルナの口から告げられた可能性に、ヤナギも同意を示す。
「楽観的に考えれば、あくまで誰が何人生き残るかを賭けるゲームなのですから、第三者の手が入るのを良しとしないという考え方もありますが」
だが、それを聞いていたオタクは、あくまでも「楽観的に考えれば」という前置きをしたうえで、慰め程度の可能性を告げる。
ハルナやヤナギが危惧しているように、ゲームとしての盛り上がりどころや、山場を作るために、何らかのイベントを起こすことは十分想定できる。
だが、その一方でそういうものを用意することを良しとしない――あくまで純粋な脱出のみを楽しみ、その命運は、島にいる生物との生存競争や仲間割れなどに依存するという見方もできる。
「……そうだといいのだけれど」
現状、どちらの可能性も考えられるとはいえ、自分達の向かう先に決して無視できないリスクがあることを予感して目を伏せたハルナは、憂いを帯びた表情で小さく呟く。
「とりあえず、今夜にはその話をしておかないといけませんね。黙っていて、人間関係でこじれるのだけは避けなければいけませんから」
「……ですね」
どのみち、どちらにしても橋まではいかなければならないが、可能性を示唆しておいて損はないというメガネの意見に、ハルナも重々しい口調で同意する。
※※※
「……んっ」
その日の夜、目が覚めたカナタが身体を起こすと、そこには焚火を前に座っている青年の姿があった。
火の番をしている青年――「ヨースケ」の隣にはハヤトが座って一緒に周囲を警戒しており、その近くでは、ヤナギとメガネが横になっている。
さらにその横には、危険を察知する能力を持つヒマリが控えているが、こちらは瞼を閉じてすっかり寝入ってしまっているようだった。
「もしかして、なにか反応が?」
「いえ。ただ目が覚めただけです」
そんなヨースケの隣に腰を下ろしたカナタは、懸念の言葉に首を横に振る。
今、カナタがシンクロして複製しているのは、ヒマリの「危険察知」。夜眠っている間に襲われないようにするための自衛の手段だ。
本当はメガネの防壁を複製して展開できていればよかったのだが、防壁は発動の意志に依存する能力であり、眠っていては効果を発揮できない。
その点、ヒマリの危険察知は常時発動しており、眠っていてもその効果が期待できる。
とはいえ、その効果のほどが十分検証できているわけではない。
眠っている間に夜襲を受けて全滅しましたなどということがあっては、たまらないため、カナタとヒマリが能力を発動しつつ、男性陣と戦闘向きではない能力者達が主体となって夜の番をしているのだ。
「そっか。休まなくてもいいの? 君は最近一番頑張ってるだろ?」
「そんなことはないですよ。ヨースケさんこそ休んでないんですか? たしか、最初から火の番をしてましたよね?」
ただ目覚めてしまっただけという言葉に安堵したヨースケに気遣いわれたカナタは、謙遜しながら火の番をしている青年を案じる。
ヨースケは年上だが、気さくで話しやすい。ヤナギやメガネは頼れる人物という印象だが、ヨースケは親戚や近所に住んでいるお兄さん、あるいは本当の兄のようにすら感じられる親しみを抱いていた。
「俺は大丈夫だよ。っていうか、こっちに来てから一度も寝てないし」
「え!?」
ヨースケの告白に、カナタは思わず目を丸くする。
異世界にやってきた初日にもヨースケと一緒にロッジで見張りをしたが、その時にも「眠れない」というような話をした記憶がある。
それからずっと眠っていないというのならば、あまりにも心配なことだった。
「大丈夫、大丈夫。全然なんともないから。多分、これが俺の能力なんじゃないかと思うんだ」
だが、そんなカナタの心中を見透かしたように、ヨースケは小さく笑って言う。
確かにヨースケの様子を見ていると、何日も眠っていないようには見えない。
むしろ、溌剌として元気が有り余っているようにすら感じられた。
ヨースケが見守っている火を中心に、男性陣と女性陣に分かれて眠っているメンバー達。
皆、野宿など慣れていないだろうに、全く起きる様子がないほど泥酔しているのは、心身の疲労がそれを上回っているからだろう。
そして、ヨースケの様子は、そんな彼らと比べても明らかに余裕があった。
「『疲れない』。『眠らなくてもいい』。『ずっと動き続けることができる』能力。――ろくに休みも取れないブラック企業から逃げてきた俺にはピッタリの能力だと思わない?」
「あー……」
自身の能力について語ったヨースケに、カナタは合点がいったように声を漏らす。
カナタ達が授かった能力は、自分達の負の側面に関係している可能性がある。
人に合わせることに抵抗があったカナタは、「他人と同じ能力になる能力」。暴力で失敗した過去があるヤナギは身体を強化する戦闘能力。
そして、ろくに休みがなく労働を酷使されるブラック企業から逃げ出したヨースケは、皮肉にも疲れることも眠ることもなく働き続けることができる能力を手に入れたというわけだ。
「もうヤナギさんたちには話してあるんだ。オタク君には、『不眠不休』なんて名前を付けてもらったよ」
小声で陽気に語るヨースケの横顔は、炎に照らされているためか、わずかにも曇っているようには見えなかった。
「ま。ブラック企業で散々な目に合って、こっちの世界にきてとんでもない目に合ったけど……こうしてみんなの役にちょっとでも立てていると思うと、悪い気はしないもんだね」
自嘲気味にそう言って笑うヨースケの表情には、確かに嬉しさと誇らしさが浮かんでいる。
「すごいですね、ヨースケさん」
「そんなことないよ」
丹に開き直っているというのかもしれないが、自分の負の面や過去と向き合い、そこに生きがいを見出しているヨースケの姿勢に感銘を受けたカナタは、おもむろに手を差し出す。
「付き合います」
自分に向けて差し出されたカナタの手が何を意味しているのかが分かっているヨースケは、朗らかに笑って手を重ねる。
「ありがとう」
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。
ユウナ 「石田優菜」
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
イツキ 「九条樹/冴山悠」
冴えない印象の男性。
恋人の冴山悠本人を誤って殺してしまい、逃げるためにその名前を騙って紛れ込んだ。 能力「霊視」。
リョウマ 「桜庭竜馬」
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。
ハヤト 「橘隼人」
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
「塚原敬」
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
「七海薫」
平凡な女性。
ヨースケ 「野々村陽介」
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。能力「不眠不休」
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。能力「シンクロ」




