カナタの日々
「ギャオオッ!」
青々と生い茂る木々が立ち並ぶ森の中、牛のそれを思わせる巨大な角を持つ四本腕の獣が、牙の生えた顎を開いて吠える。
蹄の生えた足で大地を踏みしめて暴れる獣が咆哮を上げて襲い掛かってくると、茂みの中に身を顰めていたハヤテが持ち込んだ改造モデルガンでその目を狙う。
ステルスの能力で気配を極限まで薄くしているハヤテに気づかなかった獣は、半ば本能による反射で咄嗟に瞼を閉じて目への攻撃を防ぐ。
地球ならば違法となる改造をされたモデルガンでも、この世界の獣には致命的な損傷を与えることはできず、精々がわずかな隙を作る程度。だが、それで十分だった。
「はああっ!」
不意の攻撃でハヤテへの怒りに一瞬気を取られた牛角の獣が視線を向けると、そこへ一つの影が風のような速さで肉薄する。
「駿足」の能力によって目にも止まらぬ速さで肉薄したハヤトが手にしていた銃から弾丸を放って獣の注意を逸らし、自分へと引きつける。
「ガアアッ!」
怒りに支配された獣がその激情のままに襲ってくるが、能力を発動させたハヤトの方が走力は高く、追い付かれることはない。
そのまま自身を囮に獣を引き付けたハヤトが茂みへと突入した瞬間周囲を覆い尽くす漆黒の闇がその視界を奪う。
「っ!?」
突然のことに一瞬動きを止めた獣が咆哮で闇を吹き飛ばすと、そこには一人佇む女性――「ミツキ」の姿があった。
いかにもか弱そうなその姿を見て獲物として定めた獣が牙を剥いて襲い掛かろうとした瞬間、閃いた二条の光が、その右足と左の腕を切り落とす。
「ギギャアアッ!」
切断された傷口から鮮血を噴き出し、苦悶と苦痛の声を上げる獣はその光の主――黒光りする剣を手にしたカナタとアヤノの姿を見止める。
「オラァ!」
痛みによる怒りに激昂し、カナタとアヤノに意識を奪われた獣の元へと駆け寄ってきたヤナギが拳を撃ち込む。
「今だ!」
「はい!」
ヤナギの言葉と共にアヤノが魔剣を一閃させ、黒い軌跡と共にその首を斬り落とす。
「ふぅ」
重量感のある音と共に崩れ落ちた獣が再び動き出すことが無いことを確認し、カナタを含めた戦闘メンバー達は戦闘態勢を解いて息を吐く。
「お疲れ様」
「あ、はい」
アヤノからの労いの言葉に照れながらも応じたカナタは、軽く手を差し出したヤナギと三人で手を合わせて勝利の喜びを分かち合う。
「中々上手く狩れるようになってきたわね」
「ええ。ある程度戦闘の雛型ができましたからね」
その様子を離れた場所から隠れて見ていたハルナの言葉に、万一の際の防御も担当するメガネが眼鏡の蔓を軽く持ち上げて応じる。
この数日の実戦で、一同は何種類かの異世界の獣と戦い、基本的な戦術を確立していた。
ハヤテのステルスで様子見と先制を行い、ハヤトの駿足で攪乱と陽動、ミツキの闇で視界を奪い、その間に必要に応じてヤナギの肉弾戦や、アヤノの魔剣による攻撃を仕掛ける。
場合によってはオタクの爆発や、ユウナの炎を用い、攻撃や援護を行うというものだ。
さらに防御のメガネや危険察知のヒマリも少し離れた場所から戦いを見守り、もし怪我を負ってもミモリが即座に回復できるように控えることで、ある程度何が起きても臨機応変に対応できるようにしている。
これによって、比較的安全に、安定した討伐を行うことができるようになっており、食料となる肉の収集効率も上昇していた。
「ほっ、ほっ」
そして討伐した獣の肉は他の獣に狙われる前にタムラが回収して離脱する。
「凄くいいチームになってきたと思わない?」
同じ目的を共有しているというのもあるだろうが、一体感が手際が良くなってきたメンバーを見回したハルナが目を細める。
その言葉に、ヤナギとメガネは視線を交わし、何ともいえない複雑な表情を浮かべる。
喜んでいるわけではないが、どこか嬉しくも思っている。――そんな心境が表れたような二人の表情こそが、ハルナにとっては自身の言葉を裏付けるものであるように思えた。
※※※
「大分食料が集まってきたわね」
その日の夜、コテージへと戻ったハルナは、集まった食料を見て言う。
事典の能力で可食を判断し、倒した獣から肉を取り、山菜や果物といった食べられる植物もそれなりの量が集まっていた。
「そろそろ、本格的に橋を目指すか決めないといけませんね」
ここにいる二十人近いメンバーが数日食つなぐには十分と思われる量の食料が集まったのを見て取ったメガネが神妙な面持ちで告げる。
「ま。戦いにも慣れてきたことですし、今の状況なら賛同も得られるのではないかと思います」
「そうね。油断は禁物だけれど、十分に橋を目指せる力はついたと思うわ」
そのやり取りを聞いていたオタクの言葉に、腰に携えた真剣を握り締めたアヤノが言う。
(確かに。僕もうまく立ち回れるようになってきたし、橋を目指すのも悪くないかもしれない。今日までここに住んでてもこの世界の人が来る気配はないし)
シンクロの能力が発現して以来、その力を重宝されてハルナやヤナギ達中心メンバーと行動を共にすることが多くなったカナタは、心の中で思案を巡らせる。
この異世界に住む人と出会うため、島の外へと通じている橋へと向かうのか、ここに留まって生活しながら誰かが来るのを待つのか、そろそろ決めなくてはならない。
ただ、この世界に来てからの小一ヶ月ほど、全くこの世界の人間や知的生命体と出会えていないことから、誰かがここを訪れる可能性は望み薄であるように思われた。
「――ま。それはそれとして、その前に、いい加減はっきりさせとかなきゃいけねぇことがあるだろ」
そんなハルナ達の言葉を聞いていたヤナギは、そう言っておもむろに歩を進める。
「オイ、お前」
「ヒッ」
そうして目的の場所へと向かったヤナギが声をかけると、その対象となった人物――「冴山悠」という青年が、引き攣った声を出す。
「ずっとビクビクしてて、そろそろ限界なんだよ。いい加減腹割って話そうぜ?」
「そ、それは……」
そんな態度にわずかに視線を険しくしたヤナギは、低く抑制した声で悠に告げる。
「最初は気が弱くてビビってるだけだと思ってたが、いくら何でも引きずりすぎだろ? 他の奴らでお前みたいな反応しているのはいねぇぞ?
それに何より、ビビり方が変なんだよ。いつか喰われるかもしれない、殺されるかもしれないって感じじゃねぇ。
むしろ、今見えてる何かにビビってるだろ? なあお前、一体何にビビってるんだ?」
「っ」
淡々と語るヤナギの言葉に、悠はその顔を青褪めさせ、引き攣った表情を浮かべる。
その性格もあってか、全員の前で堂々と問い質すヤナギの声に全員の視線が集まっていた。
いつも何かに怯えている悠の態度に苛立っていたというのもあるのかもしれないが、よく言えば真正面から堂々と、悪く言えば配慮に欠けた形で尋ねるヤナギに、ハルナとメガネは呆れたような困ったような複雑な表情を浮かべる。
「いつ話してくれるのかって待ってたが、そろそろ我慢の限界だ。悪いが、ここにいる全員の命にかかわることかもしれねぇんだ。聞かせてもらうぜ?」
悠の態度がおかしいことは誰もが気づいていた。だからこそ、その対話を止めない。
個人的なことかもしれない上、食料や水を集めるため、自分達が生きていくために必死だったこともあって詮索してこなかったことを、ヤナギは今明らかにしようとしているのだから。
「まあ、白を切るってんなら仕方ねぇ。ちょっと強引な手段で確かめさせてもらう」
一向に口を開かず、青い顔で視線を伏せる悠の態度に嘆息したヤナギは、自分から話す最後の機会をふいにされたことを残念に思いながら口を開く。
「カナタ」
「は、はい」
突然名前を呼ばれ、反射的に声を上げたカナタが手招きに応じて近寄ると、ヤナギは顎で顔を伏せる悠を差す。
頑なに口を閉ざされれば、悠の真意を知ることは不可能だ。
だが、悠ははっきりとした何かに怯えているように見える。
それが何かは分からないが、可能性として最も高いのは、この世界に来てから得たもの――すなわち「能力」が関係している可能性が高い。
そして悠が能力によって怯えているのならば、それを確かめることができる。
「こいつに触れ」
「わ、分かりました」
それが「シンクロの能力を悠に使え」という意味であることを正しく理解したカナタは、言われるままにその手で悠に触れる。
「っ!」
自分に伸びる能力を複製する手にとっさに身体を強張らせた悠だったが、そんなことをしてもシンクロの能力を防ぐことはできない。
「こ、これは……」
優に触った瞬間、カナタの視界が開け、そこにありえないものが映る。
『なんだ。テメエにも俺が見えるのか?』
そう言って話しかけてきたのは、色黒の肌が特徴の中年ほどの男。
忘れもしない。この世界に来た初日から知っている人物だった。
「どうだ?」
「最初に、死んだ人が見えます」
ヤナギに尋ねられたカナタは、今自分の目に映っているものをありのままに応える。
「え!? どういうこと!?」
「わ、分からないですけど、この世界で最初になくなったあの人が見えてて、話しかけてきます」
ハルナから困惑した言葉が聞こえてくるが、これがどういう状況なのかカナタ自身にも分からないのだから答えようがない。
ただ、確かなのは、異世界に来た初日――この世界の菌の温床となって命を落とした色黒の男性が輪郭のぼやけた姿でそこに佇んでいるということだけだった。
「それって、確か――権藤さん? だったかしら?」
異世界に来た初日、最初にこの世界の犠牲となった人物の事を思い返したハルナは、その名をおぼろげに思い出す。
異世界に来ることになった当日、ハルナはその男に絡まれているため、記憶に焼き付いてはいるものの、名前などは明確に記憶していない。
「まさか、『霊視』能力!?」
その時、カナタの言葉を聞いて思案を巡らせていたオタクが閃きを得たように口を開く。
「霊視能力」――それが適切な表現化は不明だが、死者と交信し、その姿を見て言葉を聞くことができる能力と考えれば、カナタが今見ているものの説明がつく。
「――なるほど。これがてめぇの秘密ってわけだ」
「……っ」
オタクの言葉を聞いたヤナギに視線を向けられた悠は、青褪めた表情に真実を解き明かされた絶望の色を浮かべて俯く。
見開かれた目は焦点を結んでいないかのように彷徨い、まるで現実を受け入れることを拒否しているかのようだった。
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。
ユウナ 「石田優菜」
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
「冴山悠」
冴えない印象の男性。
リョウマ 「桜庭竜馬」
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。
ハヤト 「橘隼人」
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
「塚原敬」
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
「七海薫」
平凡な女性。
ヨースケ 「野々村陽介」
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。能力「シンクロ」




