拳と剣と
「なんだ、こいつは……っ」
森の木々の中から姿を現した異形の生物を見て、ヤナギが強張った声を零す。
蛇のように長いが、手足を備えた身体は全長十メートルはあろうかという巨大さ。
鬼にも見えるその顔には大きく裂けた口があり、そこから唾液が滴る鋭く大きな牙がのぞき、瘴気のような息がその口端から零すその姿は、地面を這いまわる竜を思わせるシルエットをしていた。
「ひっ」
爛々と光る眼で品定めをするように睥睨してくるその異形に男女問わず引き攣った恐怖の声が零れる。
「落ち着いて。みんなは下がっていて」
そんな中、冷静に前に進み出たアヤノは手に持っていた真剣を能力によって魔剣へと変え、妖しい輝きを宿すその切っ先を異形の竜蛇へと向ける。
「『オロチ』。獰猛で凶暴な性質で、牙と息には毒があって、火も噴くらしいわ。鱗は鋼のように硬くて攻撃が通りにくいらしいから、気を付けて!」
「だろうな。いかにもって面してやがるぜ」
その怪物――オロチに関する情報を事典の能力で獲得したハルナの言葉に、ヤナギは拳を鳴らしながら前に立つ。
「噛まれないでくださいね」
「そっちこそ、しっかり斬れよ」
アヤノと、その言葉に一瞥を向け、不敵な笑みを浮かべたヤナギは、同時に地を蹴り、オロチへと向かっていく。
「はあっ!」
「やあっ!」
それよりも早く、オタクが放った爆発の力と、ユウナが放った火の力が空を奔り、爛々と双眸を輝かせるオロチへと命中して炸裂する。
空気を震わせる爆発の衝撃と爆風の中を突っ切るヤナギは、爆発と炎を受けても尚、怯む程度のダメージしか受けていないオロチへと肉薄し、その拳を叩きつける。
半ば反射で身を捩ったヤナギの頭があった場所でオロチの口が閉じられ、半瞬遅れて響く牙が噛み合う硬質な音が響く。
「オラァッ!」
音の速さを超える瞬発力と咬合を紙一重で交わしたヤナギはその横顔へと拳を打ち込み、自身の身の丈を超える巨大な頭部を揺らす。
(チッ、あんま効いてねぇな)
その手ごたえと自身へ向けられるオロチの赤い目を見て、ヤナギは内心で舌打ちをする。
今分かっている範疇でという前置きはあるが、ヤナギの能力は全メンバー中最も戦闘力が高い。
強化された身体能力は人間のそれをはるかに超え、五感や神経にも適応されることで、オロチの攻撃も回避することができる。
だが、その力を以てすら、オロチとの真っ向勝負で勝利できるかどうかは時の運と言わざるを得ないほどだった。
(だが――)
「はあっ!」
だが、その彼我の戦力さを埋めるように、ヤナギに遅れて間合いへと入ったアヤノが手にした魔剣を振るう。
その一閃が空に軌跡を描くと、横から迫っていたオロチの腕が切り落とされ、赤い血が噴き出す。
アヤノの能力である「魔剣」は、その殺傷力だけならばヤナギの全力の拳を上回る。
鋼を遥かに上回る強度であるオロチの鱗を切り裂くことも可能だ。
「ギアアアアアアッ!」
だが、腕を切り落とされても、オロチはほとんど怯むことなく、即座に反撃へと転じる。
ヤナギとアヤノは距離を取った位置取りをすることで、オロチの標的にならないよう、あるいはそうなったとしてももう一方が即座にフォローできるように立ち回っている。
だが、オロチはそんな戦術を力づくでねじ伏せんとするかのようにその竜のごとき巨躯をくねらせ、土砂を巻き上げた暴風を巻き起こす。
「チッ」
「っ!」
圧倒的な膂力を持つ身体がのたうつ様に暴れることで小さな暴風が巻き起こされ、巻き上げられた土砂の嵐がヤナギとアヤノを吹き飛ばす。
その巨躯にふさわしい重量と質量を持つ長い身体の暴走に巻き込まれればただでは済まない。
その身体をまるで鞭のようにして暴れさせるオロチから距離を取ったヤナギとアヤノを援護するように、爆発と炎が撃ち込まれる。
「ギィアアアッ」
二人を振り払ったオロチは、そのまま身体をしならせて矢のように奔らせ、背後に集まっていたカナタ達に襲い掛かる。
「っ」
ヤナギとアヤノは仲間達を守るために戦っているが、オロチの目的はその腹を満たすこと。
一対一ならまだしも、それなりにてこずる相手とわざわざ戦ってやる必要はないし、なんなら弱い者達をたくさん喰らった方が腹が膨れるのだからそちらを狙うのは自明の理だ。
「くっ!」
(何という力。どの程度耐えられるか……)
しかしその突進は寸前のところでメガネが張った障壁に激突して阻まれる。
だが、その質量と速度から生み出される突進の衝撃と破壊力は規格外の威力を有しており、メガネが展開した障壁が軋んだ音を立てるほどだった。
「シカトしてんじゃねぇ!」
「させないわ」
自身の障壁が何時砕かれてもおかしくないほどの衝撃に歯噛みするメガネの視界に、背後から攻撃を繰り出すヤナギとアヤノの姿が映る。
だが、二人の攻撃が放たれるよりも早く、オロチはまるで背後に目でもついているのではないかと思わせるような動きで二人を迎撃していた。
「っ!」
蛇のように長い尾でヤナギを打ち据え、身体に生えた鋭利な鉤爪を持つ竜のような足による一撃がアヤノを捉える。
魔剣の刃とオロチの爪がぶつかり合い、金属質な音を立てて火花を散らす。
その圧倒的な膂力に圧された二人は吹き飛ばされ、かろうじて体勢を整えて追撃を避ける。
「大丈夫か?」
「はい。少し、手が痺れていますが問題ありません」
アヤノに一瞥を向けたヤナギは、返ってきたその言葉に安堵の息を吐いて、相対するオロチへと視線を向ける。
「……強ぇ。今まで戦ったやつとは違うな」
鉄塊が叩きつけられたような衝撃で痛む脇腹を軽く抑えたヤナギは、苦々しげに歯噛みすると、戦意を奮い立たせて拳を握る。
「ギィアアアッ!」
障壁を壊せないことに苛立ったのか、それ以前にいかにも弱そうな獲物を中々食い殺せないことに気を立てたのかは分からないが、耳障りな甲高い声を上げたオロチがその口腔内に赤熱の火を生み出す。
「ヤベェ!」
周囲の空気が歪むようなその光景に息を呑んだヤナギが呻くように呟いたのと同時、オロチの口腔から真紅の炎が放たれる。
「っ!」
「間に合って!」
瞬間、障壁を超えて放たれたユウナの火すら焼き尽くすオロチの火は、明らかにその火力が勝っていることを見せつけ、障壁に遮られて渦を巻く。
「あ、熱……っ」
炎そのものはかろうじて防ぐことができているものの、その熱は障壁越しにすら伝わり、カナタ達を襲う。
「お願い……!」
その熱に危機感を覚えたミモリが能力を発動すると、癒しの力が全員を包み込んで障壁越しに襲い掛かる放射の熱で焼かれる身体を守ってくれる。
背後に広がる川がその熱で煽られて白煙を立ち昇らせていることからも、その甚大な熱量は容易に推し量ることができた。
「ね、ねぇ! 大丈夫なの!?」
「このバリアが消えたら、一瞬で消し炭よ」
肌を焼かれるような熱に苦しむヒオの言葉に、ハルナが返したその言葉が事実であることは、実際にそれを味わっている全員が理解できることだった。
「舐めんな!」
その時、炎から遠ざかっていたヤナギは、川原に無数に転がっている岩の中から、自身の身の丈よりも大きなものを持ち上げると、力任せに放り投げる。
「オラアアアアアッ!」
身体強化された身体は、自分の何十倍にもなるであろう重さの岩を砲丸のように投擲し、炎で溶けるよりも前にオロチにぶつけることに成功する。
「ヤナギさん!」
その衝撃でオロチがよろめき、炎が弱まったのを見て取ったアヤノは、近場にあった枝を握り締めて魔剣へと変化させ、ヤナギに投げ渡す。
アヤノの能力である「魔剣」は、厳密には〝自身が握った剣に近い形状の物を魔剣へと変化させる〟ものだ。
普段は持ち込んだ真剣を魔剣へと変化させて使っているが、ある程度の太さと長さがある木の枝や棒などでも能力が発現することはすでに確認している。
ただ、魔剣がその形状を維持できるのはアヤノが握っている間だけであり、手を離れてから五秒も経たずに元の状態に戻ってしまうため、同時に二本持つことが限界で、量産することもできない。
二刀流の心得のないアヤノにとっては無意味なため、そうして生み出される二本目の魔剣は決して実用的ではないが、使い道もある。
「任せろ!」
アヤノから二本目の魔剣を投げ渡されたヤナギは、力任せにそれをオロチに向けて投擲する。
これが二本目の魔剣を用いた戦術。
ヤナギが投擲することで、能力が消えるまでの数秒だけ、最高の殺傷力を誇るその能力に、人外の膂力が加わる。
アヤノが使っても、頑強なオロチの身体を切り裂く力を持っていた魔剣がヤナギの膂力で振るわれればどうなるのかは想像に難くない。
「ギィアアアッ!」
そうして放たれた魔剣はオロチの身体を貫通し、苦悶に満ちた叫び声を上げさせる。
鮮血を噴き出しながらのたうったオロチは、まるで怨嗟のような叫びを上げながら暴れまわり、ヤナギへと襲い掛かる。
「しつけぇな。とっととくたばりやがれ!」
爛々と光る赤い瞳を痛みから来る怒りで一層輝かせたオロチの猛攻を回避するヤナギは、握りしめた拳をその頭部に撃ち込む。
怒りに我を忘れているためか、あるいはその傷による影響か、速さ、動き、攻撃――全てに精彩さを欠いたオロチは成す術もなくその拳を受け、地響きと共にその場に崩れ落ちる。
「うおおっ!?」
砲弾が命中したような轟音を響かせる拳を撃ち込んだ瞬間、最後のあがきを見せたオロチに吹き飛ばされたヤナギが川の中に落ちて水しぶきを上げる。
「どうやら、完全に倒したようですね」
「念のため、首を切り落とします」
オロチが動かなくなったのを確認したメガネに一言告げたアヤノがその言葉通りに、首を斬り落としたところで、障壁が解除される。
「二人とも、大丈夫ですか? 今治します」
「ああ。アヤノを先に治してやってくれ」
戦いが終わり、一同が安堵するのを横目にミモリが言うと、川の中に座ったヤナギが言う。
(すごい。僕も、あんなふうに戦えたら……せめて、なにかできればいいのに)
その様子を見ていたカナタは、オロチの脅威が去った安堵以上に羨望と嫉妬を抱いて拳を握り締める。
ヤナギやアヤノのように戦えなくとも、メガネのように誰かを守ったり、ミモリのように誰かを癒したりして貢献することができればいい。
能力が発現していないが故の無力感とただ守られているだけという後ろめたさ、何より、自分を変えたくてこの世界にやってきたというのに、全く変わっていない自分に焦りを禁じ得なかった。
「大丈夫ですか?」
せめてとばかりに川の中に座っているヤナギに駆け寄ったカナタは、声をかけて手を伸ばす。
「……ああ」
躊躇いがちに差し伸べられたカナタの手に一瞬逡巡した様子を見せたものの、ヤナギは小さく肩を竦めてその手を取る。
「――ッ!?」
瞬間、カナタは今まで感じたことのない不思議な感覚を覚え、同時にその身体にヤナギと同じ紋様が浮かび上がる。
「なっ!?」
「これは……!」
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。
ユウナ 「石田優菜」
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
「冴山悠」
冴えない印象の男性。
リョウマ 「桜庭竜馬」
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。
ハヤト 「橘隼人」
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
「塚原敬」
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
「七海薫」
平凡な女性。
ヨースケ 「野々村陽介」
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。




