リョウマの空
異世界の夜を過ごした一同は、朝の訪れをそれぞれの思いと共に迎えていた。
全てが夢だったらよかったと肩を落とす者、何事もなく朝を迎えられたことを安堵する者、これからの自分に不安を抱く者。
ただ一つ共通しているのは、希望に満ちた晴れやかな気持ちで朝を迎えた者は一人もいないということだ。
「おはようございます」
そんな中、朝食の用意をしていたハルナは、手伝いをしてくれるミモリと共に、皆を挨拶で出迎える。
それは、少しでも気持ちを明るく持ってほしいという思いと、それ以上にそうでもしていないと不安と恐怖で自分を保てなくなってしまうかもしれないと考えていたからだ。
「……!」
そんな中、ハルナの前で立ち止まったのは、「リョウマ」――飛行能力を持つ青年だった。
この異世界の全景を知るため、空から周囲を見たいと乞われたリョウマは、高所恐怖症と向かい合う必要があった。
自分の恐怖と、異世界に来た者たちの命を天秤にかけ、一晩悩んだリョウマは、その結論を告げる。
「分かってる。やるよ。やるしかないんだから」
「ありがとうございます」
リョウマの半ば自棄になったような言葉に、ハルナは感謝の言葉とともに頭を下げる。
リョウマには最初から分かっていた。
生きるためには――少しでも生存率を上げるためには、それしかないことは。
答えは最初から決まっていた。
だから、必要なのは、高所恐怖症に向き合う決意を固めるための時間だけだったのだ。
※※※
「とは言ったけど、具体的にはどうするのさ?」
朝食の後、外に出たリョウマは、全景を確認する方法を尋ねる。
「それについては考えてあります」
リョウマの質問に得意気に答えたオタクは、懐から自分のものと思しきスマホを取り出す。
「空から、スマホで全方位の写真を撮ってほしいのです。
欲を言えば、重要そうなところは拡大などで撮影してもらいたいんですが……」
幸いにして異世界での生活は二日目。電波もなく、あまりにも波乱に満ちていたため、充電は多く残っている。
さらに異世界での生活を見越し、オタクを含めた多数がソーラーバッテリーや、モバイル充電器も持ち込んでおり、持続性も期待できる。
さらに、写真の情報をノートなどに書け込めば、大まかな地図を手に入れることが可能になる。
そのためには可能な限り詳細な情報が欲しいところだが、リョウマはオタクの提案に、首を横に振る。
「無理。高いところから周りなんて見たら、失神する自信がある」
「誰かを抱えて飛ぶことはできますか?」
「試したことはないけど……」
オタクの言葉にリョウマが首を傾げると、ヤナギが前に歩み出る。
「なら、俺が一緒に飛んでやる」
「フッ! ぬおおお……ッ」
ヤナギを背中側から抱えるようにして能力を発動させるが、二人の身体は地面からわずか数十センチ浮き上がったところで停滞しするだけだった。
「……持ち上がりはしたけど……」
「ゼェ、ゼェ……」
「無理か」
息を切らせているリョウマを見て、ヤナギとハルナ、メガネとオタクが顔を見合わせる。
「もしかして、彼の腕力というか、そういうものに比例するのかも」
「仕方ねぇ。この中で一番体重の軽い奴で試すか」
「一番体重の軽い人……」
ヤナギの言葉に視線が向けられたのは女性陣――特にその中でも小柄なヒマリだった。
「……なんで私を見るの?」
その視線に不満気な顔を浮かべるが、ヒマリもその意味は当然分かっている。
「彼女には、危機感知の能力があります。上空でも、いち早く危険を察知することができると思えば、最適な組み合わせではないでしょうか!」
他人事だと思って分析するオタクに不満の一瞥を向けたヒマリは、リョウマを見て顔を曇らせる。
「……落ちない、のよね? 普通に空に行くのは怖いんだけど」
高所恐怖症とまではいかないが、この安全が担保されていない状態で空へ行くのは、誰でも恐ろしいに決まっている。
念の為に確認するが、リョウマは確信のない不安気な表情を浮かべるだけだった。
「や、約束はできない、かな……」
「じゃあ嫌。だったら死ぬリスクは小さい方がいいでしょ」
「そんなぁ!」
「いや、まあ、仕方ねぇ。とりあえず一人で飛んでもらうか」
万が一、上空で何らかの危険に見舞われても、リョウマ一人だけの犠牲で済むというヒマリの言い分に、ヤナギは渋い面持ちで言う。
リョウマは抗議めいた反応を見せているが、上空が安全と言い切れない現状では、ヒマリの意見に一理あることは疑いようがない。
「そうですね。小柄な女性とはいえ、彼女を抱えてどこまで飛べるかも不明ですし。だめなら、次は別の手段を講じればいいだけなので」
「そう考えると、速攻で自分が行くって言ったあなたってすごいわね」
それを聞いて同意を示したメガネが呟くと、ハルナが感心したような呆れた様な視線でヤナギを見る。
飛行能力、そしてリョウマ自身にどの程度信頼がおけるのか、現状では判断がつかない中、いかに身体強化の能力があるとはいえ、率先して一緒に上空まで行く判断を下すことは常人には難しいだろう。
「それ、褒めてんのか?」
それを聞いたヤナギが怪訝な表情を浮かべると、ハルナはその目を細めて陽だまりのような微笑みを浮かべる。
「もちろんよ。この状況で、あなたの勇敢さはとても頼りがいがあるわ」
「……」
ハルナの心からの偽りのない賞賛に、ヤナギは少しばかり照れくさそうに視線を逸らす。
「では、やはり一番無難で安全な方法で行きましょう」
そんなやり取りを見ていたオタクの言葉に、メガネとハルナが頷く。
「――で、これか」
オタクの言う「無難で安全な方法」を実践され、リョウマはやや不満気な様子で呟く。
その首にはスマホが通話状態で括りつけられており、唯一ほぼ無制限にスマホを使えるヒオのものと繋がっている。
「この状態で空で指示されたとおりに動くわけね、ハハ」
乾いた笑いを零したリョウマは、自身のスマホを録画モードで起動させる。
「じゃあ、はじめるよ」
準備を整えたリョウマは、一度深呼吸をすると、目を閉じて自分の中に浮かぶ力を呼び覚ます。
「飛んだ!」
瞬間、その足が地面から離れ、さらにゆっくりと真っすぐ上空へ向かって移動していく。
(俺だって、何もしてこなかったわけじゃない)
昨晩、自分の部屋で目を閉じたまま真っすぐ上へと飛び上がる練習を思い返し、リョウマは目を閉じたまま空へと昇っていく。
「はぁ、はぁ……」
目を閉じていても分かる浮遊感。どんどん自分が高いところへ移動しているという自覚が、恐怖を呼び起こし、脂汗が浮かんでくる。
子供の頃、ふざけて遊んで高いところから落下し、骨を折って以来高いところが怖くなってしまった。
安全なビルでも柵の近くには絶対に近寄らず、ショッピングモールなどで、二階から一階を見下ろすことすら怖くてたまらない。
(怖い、怖い、怖い、怖い。もうやめたい。もう逃げ出したい。ここまでやったんだから、もういいんじゃないか? これでダメだったら、さすがに許してくれるだろ?)
高いところは怖い。だが、自分がこうしなければ自分の所為で誰かが死ぬかもしれない。
最初から、こうする以外にないことは分かっていたのだ。
録画状態にしたスマホを握る手に不自然に力が入り、歯の根があわずにガチガチと音を鳴らす。
今にも叫び出してしまいたくなるのを抑え込み、空高く昇っていく。
(――あれ? そういえば、なんで俺まだ叫んでないんだ?)
パニックになってしまいそうな自分を客観視したリョウマは、ふとそんなことを考える。
今までの自分だったら、もう泣き叫んでいたはずだ。
たとえこうするしかないと分かっていても、自分の気持ちを殺すことなどできるはずがないのだから。
(もしかして、飛行能力のおかげで、高いところに耐性がついた……?)
空を飛ぶ鳥が高所恐怖症であるはずがない。
動物については分からないが、リョウマの知見においてはそうでなければ説明がつかない。
もし、空を飛ぶ能力が自分の精神にも影響を与えているのだとしたら――。
「……っ」
意を決し、固く閉じていた瞼を開いたリョウマは、次の瞬間思わず息を呑む。
遥か高い空。地上十五メートル以上――そこから見る異世界の景色は、あまりにも美しかった。
一面に広がる緑の大地。そして、遠くに見える海と思しき水。さらにその彼方には、巨大な山麓を有した別の大地らしきものが見える。
「――綺麗だ」
あまりに雄大な景色に、リョウマは思わず呟く。
その目には恐怖で溢れていたものとは違う涙が浮かんでいた。
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。
ユウナ 「石田優菜」
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
「冴山悠」
冴えない印象の男性。
リョウマ 「桜庭竜馬」
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。
ハヤト 「橘隼人」
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
「塚原敬」
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
「七海薫」
平凡な女性。
ヨースケ 「野々村陽介」
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。