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常闇の乙女  作者: 櫻塚森
8/9

はち

スコタディノーチェが新たな決意で屋敷を見下ろすのを止めた頃、王立騎士に連れて行かれる夫人を呆然と見つめる者達がいた。

ノーチェに対する虐待について、使用人達は挙って夫人の命令で仕方なくと言い訳を並べていた。今回のことでクズス伯爵家は良くて降爵、悪くて取り潰しだ。

「各個人からの聴取はするが、各々の身体には既に“神の罪人”たる烙印が付けられた。まともな職には付けまい。」

ゼルブス卿の言葉に手の甲に付けられた印に絶望する人々。

そんな使用人も連れていかれる中、肩身を寄せ合って立ち竦む二人の子供に近付く影。

「「お父様……。」」

そう声をかけて実際は何の因子も受け継いでいないのだと悟り口をつぐむ。

「お前達は、私の子に何をしたのか。」

金色の瞳が見下ろす。

圧倒的な魔力の差を感じ身体が震えていた。

「何故、屋敷にいる時に話をしなかった。」

伯爵家をいずれ継ぐことになる長男に対して複雑な感情であっても子供には罪はないと屋敷にいる時には話をし、殆ど帰れていない屋敷での不自由はしていないか、何度も二人には文を出した。学園への入学祝いを贈ったのもつい先日だ。その中にスコタディノーチェに関する文言は一度たりとも書かれて居なかった。


ヒューイは、ドラゴンの因子を持っている性か、番と言うものに憧れていた。立場のある人間であるため、例え番出なくても政略であっても誠実に相手に向き合おうと決めていた。それは、お手本となるような実の父母、仲の良い兄弟に囲まれてそだったからだ。そして、出来れば親の庇護から出て自分の力で生きて居たかった。クズス伯爵家の事情も神が与えた試練だと考えていた。まさか、試練がこんなにもレアケースなものだとは思って居なかったが。

度重なる領地問題、妻の不倫の末の出産。次々に起こることにヒューイは疲弊させられていく。

既に伯爵家の子供だとして届け出されている現状に、さすがのヒューイも憤った。婚姻式で信頼し合える夫婦になろうと神の前で誓ったではないかと。もちろん、離婚の文字が浮かんだが、真面目なヒューイは領地のことを中途に投げ出すことは出来なかった。また、子供に罪はないと自分を無理に納得させた。

少しの諦めと復活の兆しが見え始めた領地。ヒューイが改めて妻のメラニンと今後のことを話し合おうと考えていた矢先、隣の領地が厄災に見回れ、その被害が此方にも飛び火した。

厄災の軌道から外れたはぐれ物と呼ばれる魔物がクズス伯爵家の穀倉地帯に現れたのだ。しかも、地竜と呼ばれるドラゴンだった。元騎士であり、ドラゴンの因子を持つヒューイは率先して私兵を指揮することになった。

はぐれ物がドラゴンだったことから、王立の騎士隊も派遣され、討伐と後始末にはまたも時間を有した。そんな折、再び知らせるメラニンの浮気と妊娠、出産。ヒューイの心は折れてしまった。

クズス伯爵家の子供達はヒューイのことを父親だと慕ってくれているが、どうしても足が遠退き手紙も定型文となった。チラリと見た第二子として生まれた娘は、メラニン夫人の愛人の色を濃く受け継いでいた。

(子供は可愛いが限度を超えてるだろう!)

第一子が生まれた時から、クズス家や王家のやり方にヒューイ自身より公爵家から着いてきてくれた従者の方が主以上に憤っていた。公爵家に訴えて離婚しましょうと。

従者の本当に悔しそうな顔を見て、ヒューイは、屋敷に戻らなくなった。クズス伯爵家の領地にも王都で借りた部屋から指示を出した。

その生活が軌道に乗ると長男が成人するまでの中継ぎの使用人も育ってきたと感じ、ヒューイは本格的に離婚を考えるようになった。従者はヒューイの許しを得て、実家の公爵家に連絡を取った。

実家の男勢は早急に連絡を寄越さなかったことを叱りながら、よく耐えたとヒューイを迎え、アーノルド公爵夫人である母親はメラニン夫人の社交界での噂を耳にしていが、忙しい中、子供を二人も作るくらいなのだから安心していたと言った。

孫に会わせて貰えない理由も今となっては理解できた。

「国王も代替わりなされた、王命の取り下げを申請しよう。先代のように色に狂った方ではない。まぁ、四人も妃が居られるが、あれは仕方のなかったことであるし、四人の王妃仲も良いと聞く。」

ヒューイの頭に浮かんだのは若くして即位したラインハルト国王の姿だった。

「兄上が補佐をされて居られるのでしょう、兄上は昔から優秀でしたから。」

公爵家の次男は現国王の補佐をする程優秀だが、ヒューイには掴み所のない飄々とした人物である。

「今すぐ縁を切りましょう。」

家族の言葉にヒューイは、自分を慕う子供の顔が浮かんだ。

「長男が成人するまでは、領地の面倒をみます。引き継ぎもしなくては……民に迷惑をかけるのは、申し訳ない。」

「お前は本当にお人好しだな。」

子供の頃のように兄に頭を強く撫でられるヒューイ。

「さて、はぐれ物のドラゴンを討伐した褒美を取らせたいと王城で細やかな祝勝会なるものをしてくださるそうだ。メラニン伯爵家に招待状が出された。最後の仕事として、彼女をエスコートし別れる旨を伝えてこい。国王が婚姻の白紙撤回を出して下さるようだ。王城なら、下手なこともできまい。」


七年前、丁度スコタディノーチェが生まれるより少し前、ヒューイは荒れた領地の後始末とはぐれ物との戦いに忙殺されていたた日々を思い返す。

厄災からの復興に一応のケリがついた、王家から労いの意味の隠った夜会が開かれた。

夜会より身体と精神を休願ったヒューイではあったが王家からの招待状に否とは言えないが、メラニンとの関係を終わらせるためならとメラニン夫人をエスコートした。

久しぶりのエスコートに浮かれたいたメラニンは入場したものの、すぐに一人別室に通されヒューイと離れ離れとなった。

暫くして訪れた宰相に彼女は、この夜会を最後にヒューイが二度と伯爵家には行かないこと、婚姻の白紙撤回を伝えた。驚くメラニンに宰相は、この離婚は国王にも認められたものであり、長男のためにもこの夜会を通して顔繋ぎをしておくとよいとも伝え、呆然とするメラニンを放置して宰相は退室していった。


ヒューイはメラニンを王城に連れてくると言う役目を終え、会場を後にする予定だったが、国王補佐の兄に捕まり、国王と謁見することになった。

通された部屋には国王と四人の王妃も揃っていた。

国王が告げたのは、ヒューイの王立騎士隊への復職だった。

「お前の腕前が落ちてないのは、先の戦いで証明されている。」

ありがたい言葉だった。

「ドラゴンの因子を持つソナタには、アヤカ妃がいずれ生むであろう子が龍の因子を持って生まれた際には師匠になってほしい。」

第一王妃の言葉。長男と同い年の王太子がいるエルフの因子を受け継ぐ美しい妃。彼女の視線の先には魔界から嫁いで来た双子の妃の一人が微笑みをヒューイに寄越した。

「未来視が出来る訳やないけど、うちが生む子は龍の因子持ちになると思うねん、そん時は宜しゅうたのんます。」

勧められた酒は、途轍もなく旨かった。彼の人生に新たな方向性が出来たからだろう。

相変わらず、メラニン夫人は訳のわからぬ事を言ってヒューイをドン引きさせていたが、今日で最後であると思えば、エスコートも何とかできた。王命である婚姻の取り下げのため、メラニンは夜会に来たついでとばかりに、別室で報告を受け、速やかに屋敷に戻されている筈だと兄から聞かされ、改めて感慨に更けるヒューイであった。

その日の夜、彼はメラニンがいないこと、常日頃の疲労が蓄積していたことで見事に泥酔した。痛む頭を押さえて会場を後にしたヒューイは、夜会の余興として招かれていた踊り子マグノリアにぶつかった。

現国王ラインハルトと第三王妃は庶民の間で話題となっている文化に広い見識を持っており、親しい者だけを招待した夜会などでは、流浪の芸術楽団などを招くことがあるのだ。

大柄な男が倒れそうになっているのを支えるため男に触れた途端、マグノリアの頭の中に声が響いた。

『ねぇ、あなた、この男の子供欲しくない?欲しいわよね、私とダーリンの子供、あなたとその男の子供として生ませてあげる!』

「えっ?誰?何言ってんの?」

『この男はタイプじゃない?』

「そ、そんなことはないけど、この人の事、知らな過ぎだしぃ。」

『じゃあ、この男がどんなに不憫か教えてあげる!』

「えっ?不憫?」

その声は、ヒューイの身の上を語り出す。結婚してからの彼の不遇を。不覚にもマグノリアはヒューイに同情してしまった。

同情でも“情”である。

深層心理で自分の因子を受け継ぐ子供が欲しいと願っていたヒューイと彼の思いを受けて子供を作ってもいいと思ってしまったマグノリアだった。



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