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常闇の乙女  作者: 櫻塚森
6/9

ろく

目が覚めると粗野な天上が見えた。布で出来た白い天井と壁。外はざわざわとして声が飛び交っている。何が起こっていたのか思い出そうとして頭の痛さに顔を歪めた。

「誰か、誰かいないの?」

私の声に反応するように入って来たのは見知らぬ騎士。

「目を覚まされましたか、伯爵夫人。」

淡々とした口調で私を見た騎士に少しだけ侮蔑の色を感じた。

簡易で作られたテントの中にある粗末なベッドに横になっていたみたいで、身体の節々が痛む。何とか起き上がり布を避けて外に出ると目の前に瓦礫の山が出来ていた。

屋敷が倒壊していたのだと分かり、一気に記憶が甦った。

「何て事なの……。」

言葉が続かない。あの屋敷には夫の頑張りで取り戻した調度品や宝石があったのに、贅沢は出来ないからと贈られた婚約指輪は質素で身に付けることは出来なかったけど、大切にしていたのに、消えてしまった。

「規定に従い、クズス伯爵家の敷地内は立ち入り禁止とする。これは、王命である。」

厄災の発生場所が屋敷の真上で消失点は屋敷の立っていた場所だった。

規模としては最小のものだったが直撃を受けた屋敷は跡形もない。屋敷内で働いていた者もサイレンを聞いて屋敷外のシェルターの一つに逃げ切れたそうだ。

「天上から落ちてきた魔物は、奥様方のシェルターの方へ大移動した後、屋敷に突撃した。」

奇しくも逃げ遅れた使用人の一人が目撃証言があった。

厄災が通った後は、魔物放つ魔素が瘴気となり魔力抵抗の魔法を常時展開出来ない者は狂ってしまうとされており、私の逃げ込んだシェルターの入口は何とか、厄災の道から外れていたので脱出が出来たとの事だった。

「さて、夫人。お話を伺おうか。」

厄災対策本部隊長のゼルブス卿の言葉で我に返った。

「この辺りに厄災が出現する兆候は、マグリット法では数十年先だと出ていた。」

出現確率には、短期確率と長期確率があり、短期確率とは、先に述べた三兆候のことであり、長期確率とは、50年スパンで厄災が起こるか否かの予想確率のことである。

王の住む王都には、要石と呼ばれる巨大な魔石が王城の地下に安置されており、その魔石が放つ魔力が一種の結界となり、厄災が起きにくいとされている。

魔石の元となっているのは邪龍の心臓と玉である。

魔界、妖精界、ラーネポリア三国に跨がる邪龍がこの世に現れたのは数百年前、建国の王英雄ハインリヒの次代ハインツ国王の時代。三国に現れた邪龍は三位一体、一度に急所を突かなければ倒せない敵で、かの国王は、魔王、妖精王に親書を送り協力して邪龍を打ち取った。

その邪龍は、元は神獣であったが原因不明の堕天により攻撃対象となってしまった。

三体の邪龍にはそれぞれ心臓と玉から二つ魔石が出た。

各世界に落ちた魔石を世界のために役立てよ、と神々からの言葉があり以後、玉は城の地下深くに安置され大きな魔石は四つに割られラーネポリア王国の東西南北にある都市に送られた。各々の都市の領主は城と同じように地下深くに魔石を安置した。三体の邪龍を協力して討伐した魔界、妖精界、ラーネポリア王国は同盟を結び、民間レベルでの交流も盛んとなった。それ程の歴史のある石に魔力を注ぐことも王家の仕事であるのだが、人々の生活に影を落とす厄災は遠ざけ、被害を最小限にすることは、どの国に於いても命題なのだ。その命題のために産み出された“マグリット法”により、次に厄災が発生するのは、国の西にある地域で三ヶ月後だとの予想が公式に出されれていた。その事は執事からの報告で聞いている。我が領地が厄災に見回れたのは何時だったかしら。

「小規模とは言え、この時期に王都で厄災が起こるのは確率法からすると一割も満たない。そんな確率法を無視してここに厄災が来た。夫人、どう思われますか?」

そんなの分かるわけない。

黙っているとゼルブス卿がため息一つ落とした後に言った。

「あなた、神の怒りを買いましたね。」

神の怒りと言われて思い出す。

訳の分からぬことを言って消えたアレを。

「原因があるとしたら、アレが悪いのです!アレが神の娘の名を騙るからです!」

私の声に答えるように中に入ってきた人がいた。

「アレとは、誰の事だ!」

私を見下ろすのは愛しいあなた。

「あぁ、ヒューイ!あなた!聞いて頂戴、教会が通知を寄越したのよ。あなたに私以外と女と作った子供がいるって、そんなバカなことを言ってきたのよ!あぁ、あなたの愛を疑うなんてそんなこと、もうしてないわ。私は、反省したもの。私の愛を疑うほどのあなたが、浮気なんてするわけないじゃない?それなのに教会がバカなことを言ってきたから、引き取るなりなんなりしなくちゃいけなくて、教会からの心象は良い法がいいでしょ?だから、だから、アレを誇り高いクズス家に連れてきたわけ。家に住まわせてやるって言ったのに、アレったら断るのよ、私の慈悲に頭を振るなんて、信じられる?口答えなんか許される訳ないじゃない!余りにも図々しいから、首輪を着けてやったの。首輪?あぁ、隷属の首輪よ、ライカに頼んだら何でも手に入れてくれるの、隣国ゼノアの奴隷商人から買って来てくれた隷属の首輪をアレに着けたの。だって、嘘つきなアレを罰するのは主の役目でしょ?煩い声も聞きたくなかったから舌も切り取ってやったわ、それからはやっと大人しくなって住まいも仕事も与えてやったの。この二年間、衣食住を与えてやったのに、思い付きもしない嘘をついて、首輪を壊してしまったのよ。かなり高かったのに。」

ヒューイの顔が怖いことになっている。

「教会からの手紙だと?」

「見るのも煩わしいから燃やしたわ。」

ヒューイ付きの従者が下がっていく。

「その子の名前は、」

「知らないわ、呼んだことないもの。でも、アレは消える前に女神の御子の名前を騙ってたわ!神に対する冒涜よ、騎士に捕らえてもらわなきゃ、極刑だわ。」

私の言葉にゼルブス卿が真剣な顔で尋ねてきた。神の加護を受けた神聖な存在である御子が孤児院なんかにいる筈はないし、捕らえるつもりなのね。

「その御子は何と?」

「スコタディノーチェ様の名を騙っていたわ。」

ざわめく周囲。

「教会に居られる大司教様が神託を受けられた。」

静かに現れたのは白地に金の刺繍のされた法衣を纏った尊き方。何故、このような場所に?大司教……様………。

「あなたに神託を伝えるため、厄災の地を清めるため我は参った。さて、神はこう仰った。常闇の女神の御子が不当な扱いを受け、隷属の首輪なる汚れを付けられ、舌を切られ、虐げられていたと。度重なる非道により首輪が壊れ御子としての力が覚醒し、神の元にまでその苦痛が届いた。御子が死なぬよう母たる女神は姿を変え側にいたが、その為に常闇の神力が薄れ、人々の安眠が侵される事案が生じていた。」

そう言えば、私を含めたラーネポリア王国の民に深刻な睡眠不足が起こっていると王国新聞が伝えていたわ。教会は、常闇の女神への信仰が薄いからではないかと言っておられたわね。

「愛する御子が虐げられた事実に女神は怒り、虐げた者に罰を与える。御子の願いにより命までは奪わぬが、“神の罪人”たる証を与える。」

ゼルブス卿が目を反らし、旦那様が目を細める。

あちこちで悲嘆にくれる声が上がっている。

「夫人を修道院へ連れていけ。」

何が悪かったのか分からないままメラニン・クズス伯爵夫人は捕らえられたのだった。




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