さん
『ところで、ノーチェ?あなた、何か雰囲気が違うのだけど……。』
出来たスープを前に手を合わせてると母が言った。
『たぶん近いうちに変成期が終わるのと首輪の効力がなくなる。』
母がぐるりと顔の回りを飛ぶ。食べなくい。
『ほんとだわ!ヒビが入ってる!この首輪よりあなたの魔力の方が上なのね!』
そう、私の魔力はこの家の誰よりも強い。今だってちょっと込めれば、こんな首輪あっさり取れるだろう。
『食事が終わったら、舌の再生に入るから。』
母、沈黙。どうした?
『さ、再生!欠損部位の再生は聖魔法がなくちゃ出来ないのよ!教会の司祭クラスじゃないと…えっ?出来るの。』
舌を作ってから食べた方が良かったか。なんて、思ったけど、とりあえず母に答えた。
『出来るよ、思い出したからね。まずは、この小屋に結界を張る。邪魔されたくないから。』
母は目を白黒させて周囲を見ている。
『うわぁ、ほんとだわ!これが結界なのね、ノーチェ、あなた、何を思い出したの?』
ちょんと母が触れた結界はシャボン玉のように揺らめいた。
『私が、何者であるのか。』
この時点で私は、七歳。
自分の腕にある蛇柄の模様は日焼け痕のように薄く捲れてる。この中途半端な脱皮は、異母兄姉達に随分バカにされた。気持ち悪いと。蛇の因子を持ったお偉いさんとかもいるだろうに、将来的に良いのか?それでとか思う。
蛇の因子は、いずれ、龍やドラコンの因子へと変化する可能性が高い。蛇七割、ドラコン二割、龍一割。
この知識は、前世の私がラーネポリア王国に憧れて、生まれ変わりたいと思っていたから相棒が教えてくれたものだ。相棒は私がラーネポリア王国に生まれたら絶対使い魔になるって言ってくれてたから早く会いたいな。
でも、私は、蛇でも龍でもドラコンでもない因子を持っている。
『わわっ!』
結界の中に現れた細長い卵。
「よし。」
立ち上がった私は、首輪を引きちぎった。
「あー、スッキリした。」
『ノーチェ!』
母が飛び付いてきた。
『成功したのね!さすが我が娘!我ながら加護を与えすぎたかしら、でも、ノーチェのポテンシャルが良いのは確かだし。』
何やら母がブツブツ言っている。
『ノーチェ!』
可愛い声に振り向くと顔面を直撃する冷たくて柔らかい懐かしい質感。子供の身体では支えきれず倒れてしまった。
『ロロ、顔に飛び込んでくるのは、どうかと思うわ。』
繰り返されたら堪らないので一応の苦情をいれておく。
『やだぁ、念話じゃなくて声を聴かせてよ!』
忘れてた。
「癖になってた。ロロ、会いたかった。」
泣いてる黒蛇。可愛い。
「で、どうする!ルキリオ探す?」
相変わらず、唐突だな。懐かしく感じる名前だ。
「今は良いかな。」
『何でぇ?』
ロロは番に会いたいんだろうけれど。
「この時代にルキリオが生まれてるかは不明だ。歪められた空間から出された私が新たに得た生が何時の時代に生まれたのか知ってからだね。」
ロロはピンと身体を伸ばす。
『そうよね、そうよね、ルキリオがオッサンになってる可能性あるもんね!』
オッサンか………。
「だから、ある程度、この世界の生活に慣れるまでは隠れよう。」
『そうね、そうね!ノーチェは生活無能力者だったから、生きる術を学ぶには丁度良いわね!』
ムッとした。
「今は違うよ、この首輪と生活のお陰で掃除、洗濯、家事、計算も出来る幼女よ!」
執事のおじさんの手伝いの手伝いをさせられて否応なしに文字、計算を覚えさせられた。計算間違いとかすると容赦なく鞭が飛んできたのを思い出す。あの頃の私は、本当に頑張った。新しく得たこの子はかなり賢い。これからのことを考えていると後方からロロの声がした。
『で、居ないと思ったらここにいたんですか?』
ロロが振り向いた先にいたのは母だ。
「お母様。」
いつも側に居てくれた尊い存在。
『人の世への干渉は出来なくて、これが精一杯だったのよ。』
寝静まった時に頭を撫でる大人の手に何度も泣きそうになった。
『何時気付いたの?』
「この子の心が折れて、私と言う存在を認知し始めて、お母様は来て下さったでしょう?度重なる虐待の攻撃と私の魔力の回復で首輪の効力が薄れたから。怪我をしても翌朝には治ってた。目に見える場所の怪我も表面上はそのままでも痛みを消して下さった。」
涙が出る。
『あの者達への天罰よりも傷付いた身体を癒すことを優先したわ、それが精一杯だった。』
『神が人の世に出来る干渉は僅かですもん。幾度も神殿を抜け出したり、意識を何処かに飛ばされてるから、皆、心配してましたよ。』
『だって、まさか幼女の舌を切り取るなんて非道をするとは思わないじゃない!思わず意識を飛ばしてしまったのよ。もっと準備して術を練っていたら、こんな中途半端な感じじゃなく、ノーチェを呼び寄せてたわ。』
『だめですよ、ノーチェを簡単に神の国に連れて行っちゃ。また、運命がすれ違っちゃう。』
ロロに諭される母はしょんぼりだ。
「踊り子で性にも奔放で知られていた母とあなたのイメージは重ならない。」
『この姿を取ったのは、色んな理由があるんだけど、そろそろあなたを転生させなきゃって思って、あなたの父親にヒューイを選んだのも私。黒は私の色。常闇の色。生まれてくるあなたにも黒髪を与えたかったから。』
それだけの理由で人知れず父親になったと、ちょっと気の毒。
『マグノリアは兎も角、ヒューイは愛情深い子よ、政略でも暖かい家庭を夢見ていたわ、なのに、あの男が変な命令出すし、あの女は狂ってるし、ヒューイの使い魔も彼の心を守るのに必死で今もノーチェのことを伝えそびれてるの。』
確かに、お母様なら使い魔に私の存在を父親に伝えることは出来ただろう。
「お母様も慣れない身体で此方に留まるのも大変だったと思います。父親との関係は、今はまだ何とも。彼方も離婚や領地のことで落ち着かないみたいですし。とりあえず、ここを出て色々調べてみたいと思ってます。自立した幼女、女になりますよ、私は。」
宣言した時、小屋の扉が激しく叩かれる音がした。