表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常闇の乙女  作者: 櫻塚森
2/9

『ひどいわ!ひどいわ!どうしてヒューイに何も言わないのよ!』

今日も今日とて私の頭の近くで騒いでいる手のひらサイズの母。実体はなく魂だけの存在なせいで此方からは触れることは出来ないけど母からは触れられる。不思議な関係だ。

気が付いた時にはここに居たんだよね、母は。

盛大に水を掛けられ、異母兄に蹴られた私は、異母兄妹が去った後に片付けをして屋敷の裏にある掘っ立て小屋に戻った。

ここは、私に与えられた住居である。ちっちゃい台所、粗末なベッドと洋服掛けがある。風呂はなく、トイレは小屋の外にある。小さな釜に火入れをして穴の空いてそうな鍋に小屋の近くにある井戸から汲んできた水を入れる。

この家に連れてこられて首輪を付けられてこの小屋に置いてかれたのは凍えるような寒い日だった。私を憐れんだ下男のおじさんが、こっそりやって来て釜戸に火をくべて、小屋の使い方を教えてくれなければその日のうちに死んでいただろう。で、この釜戸の火を絶やさないようにするのは至難の技だった。ただでさえ変成期の不安定な身体な上に付けられた首輪のせいで本当に死ぬところだった。そんな雪の降る寝てしまうと死んでしまう環境でひたすら声をかけて、頬を叩き、励ましてくれたのがこの小さな母だ。

最初は使い魔か妖精か何かだと思ったら、母だと、私が心配過ぎて神様に頼み込んでこの姿になったと言った。

以来、私の代わりに怒り、悲しみ、笑ってくれる存在。

使い魔がいないことでかなりバカにされているけど、母がいればとうでもよかった。

『おかあさんが、騒いでも仕方ないよ。』

鍋の中に調理場から貰った野菜くずを入れる。くずだけど出汁は出るのだ。今日は料理長から干し肉を一枚貰ったからそれを半分細かく刻んで入れる。

これってば、ご馳走じゃない?

『絶対、ヒューイに名乗り出なきゃだめよ!』

これだけ煩い母の姿も声も私限定だ。私が痛め付けられる度に大騒ぎだ。泣くし、喚くし、憤ってくれる。

何も出来ないけど、今日だって触れもしないのに異母兄妹を殴っていたな。(触れられるのは私限定らしい。)

因みにヒューイとは、実父の名前である。

母マグノリアは、死んだ後ずっと私の近くにいた。気付いたのは後だけど。

よく喋り、歌い、踊る。私は舌がないから喋れないので、念話での会話だ。この方法も自然と身に付けた。

『だって、こんな、こんな目に合わせるために生んだんじゃないのよ?ヒューイが自分の子が欲しいと言うから。』

おや、初耳だ。

『子供、いるじゃん。性格の悪いのが。』

先程の異母兄妹を思い出す。

『あれは、ヒューイが家のことより没落寸前のこの家のことを優先して、結婚式の後の初夜をすっ飛ばして領地に向かったことを怒って、心が靡かないことに痺れを切らしたあの女が愛人と作った子供よ。初夜をすっ飛ばしたヒューイも悪いからかもだけど、浚うように領地に彼を向かわせたのは先代国王の寵妃なんだから、文句は寵妃に言えってーの。それに寵妃とあの女は姉妹のバチバチライバルで、そこら辺も関わってるみたい。詳しい?当たり前よ、そう言う噂好きの子達と仲良いもの。それでね、この国では、例え愛人の子でも魔力の質がどちらかに合致すれば、父親が違っても親子と届けさえ出していれば無事親子ってことになるの。あの悪ガキどもにヒューイの血も因子も流れてないのヒューイも知ってるけど、生まれた子供に罪はないし、一応入婿だから、後継に関する決定権はあの女にあるみたいで、必要最小限の関わりしかしてないし、離婚の話もあるけど、ヒューイは優しいから子供が成人するまで待ってあげてんのよ。』

あのオバサンが離婚に同意するかね。屋敷の掃除なんかをしていると聞こえてくる使用人達の声からすると、この伯爵家は父の頑張りで成り立ってる。

父は結婚と同時にこの伯爵家の当主として騎士を辞めた。

財政的に困窮していたからだ。

この家を持ち直させることも先代国王からの命令だった。

先代国王様は其なりに優秀だったけど、寵愛する妃がいて、その妃の実家であるこの伯爵家の没落を防ぐため父を婿に指名したらしい。

父は騎士としての腕前以上に騎士隊の管理者として優秀で、何れは実家の公爵家が持つ爵位の一つを受け継いで管理する予定だった。その優秀さと美丈夫なところを伯爵家に狙われたのだとか。父はあっさりと了承したようだけど、この件で王家と公爵家はギクシャクしているらしい。父が余りにもあっさりと婿になったことで、あのオバサンは、父が自分に惚れからだと触れ回ったこともあったとか。

一つの家を贔屓する先代国王様も正妃の息子達に寵妃と共に蟄居させられ何年も前に死んでしまったらしい。

後ろ楯を亡くした寵妃は実家の伯爵家に戻された後、亡くなったとオバサンは笑ってたとかなんとか。

国王と言う後ろ楯を失った伯爵家は父一人に負担を押し付けてた。けれど七年前に伯爵家の領地の一部が魔物のスタンピードと言う厄災にあってかなりの被害が出た。国からの援助はあったんだけど先代国王の我が儘寵妃の実家の領地ってことも悪影響で援助を受ける順番が後回しにされたんだ。(実際には被害状況を考慮した結果なんだけどね。)そんな多忙な時期に身に覚えのない夫人の妊娠、出産、知らされた夫人の不貞、困難を極める領地経営に父はとうとう倒れてしまった。陳情に訪れた城で。

不貞を知った時、夫人は家のために奔走する父が自分を無視するのが悪いと責めたそうだ。おいおい、だよね。

その時点で父は夫人とは距離を置いた。生まれてくる子を伯爵家の自分の子として届けも出された後だったのには呆れたそうだが、子供に罪はないからと子供に関しては夫人の好きにさせて兎に角領民のために働いていたのに気付けば二人目が出来たと言う。それまで領地経営について実家の公爵家にも相談していた父は二人目が出来た時点で恥を忍んで実父母、兄達に告白。国王にまで話が進み、国王は親子鑑定や届け出の法律の見直しをすることを約束。王命としていた父とオバサンの婚姻を長男の成人を期に解消する新たな王命を出した。で、普段しない娯楽とやらの一貫で母と出会い私が出来たそうだ。

『相手が貴族だってわかってたから、子供なんて迷惑になるかもじゃない?奥さんカチで狂ってたし?だから、こっそり生んで育てようと思ったのに…。死んじゃってごめんねぇ!』

父も忙しくて母のことなど覚えてないだろう。

にしても、お人好しだな。

成人するまでは、我が子としてあいつらを育てるなんてね。

まぁ、真っ当に育ってくれないと頑張って守ってきた伯爵家は没落だし。

で、私ってばどうなるんだろうね。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ