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恋唄

現代に生きる高校生吸血鬼の俺が、何故かクラス一の美少女から血を吸わせてもらうことに!?

作者: 間咲正樹

「でよぉ、オレにガン垂れてきたチョーシコいてる連中が五人いたからよぉ、全員ワンパンでノしてやったってわけよ」

「さすが杭本(くいもと)! おれたちにできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこがれるゥ!」

「ハッハッハ、まあオレからしたら世の中の人間は全員ザコだよ」


 とある放課後。

 今日もヤンキーの杭本が、武勇伝を声高に語っている。

 まったく、ああやって腕力を誇示することでしか居場所を作れないのは、何とも滑稽だな。


「じゃあよ、これからみんなでカラオケでも行くか」

「「「ウェーイ!!」」

「あっ、十文字(じゅうもんじ)さんも一緒に行かね? 十文字さんの分はオレが奢るからさ。昨日ノした連中からカツアゲしたから、金ならたんまりあるぜ」

「え?」


 ――!

 あろうことか杭本が、十文字さんを誘った。


「ああ、ごめんね杭本君、私今日はちょっと、用事があるから」

「……チッ、あっそ」


 へっ、フラれてやんの。

 いいザマだ。

 十文字さんはクラス一の美少女で、我が校のアイドル的存在。

 お前みたいな三下のチンピラが気軽に誘っていい相手じゃねーんだよ。


虎木(とらき)、お前もたまには来いよ」

「っ!」


 杭本の取り巻きの一人が、俺に声を掛けてきた。


「……いや、俺も用事、あるから」


 本当は用事なんてないけど。


「やめとけ! やめとけ! あいつは付き合いが悪いんだ。「どこかに行こうぜ」って誘っても楽しいんだか楽しくないんだか……。『虎木裏斗(うらと)』16歳独身。授業はまじめでそつなくこなすが今ひとつ情熱のない男。悪いやつじゃあないんだが、これといって特徴のない……影のうすい男さ」


 テメェ、杭本!

 吉良の同僚みたいな露骨な説明台詞吐きやがって!

 そもそも俺たちは高校生なんだから、大体みんな独身だろうが!


「……うっ!」


 その時だった。

 俺の心臓がドクドクと早鐘を打ち、めまいがしてきた。

 クソッ、いつもの発作だ……。

 俺は心臓を押さえながら、息を殺して教室から逃げ出した。

 背中から誰かの視線を感じたような気がしたが、今の俺にそれを気にしている余裕はなかった――。




「ハァ……、ハァ……!」


 何とか人気のない河川敷の高架下まで来たが、尚も発作は治まるどころか悪化する一方だった。

 ここまで酷いのは初めてだ……。

 全身から脂汗が噴き出て、視界が歪む。


「うっ……があああああッ!!」


 俺の上の二本の犬歯が伸び、鋭く尖った。


「クッ、クソッ!」


 思わず右の拳をコンクリートの壁に打ちつける。


「…………あっ」


 すると、壁が拳の形にポッカリと陥没してしまった。

 ヤ、ヤバい……。

 力が制御できなくなってる……。


 ――俺は所謂吸血鬼だ。

 中世の吸血鬼狩りで大分数を減らした吸血鬼だが、現代でも僅かながらその子孫は残っている。

 俺もその一人。

 だが、何代も人間と交わっていくうちに次第にその血は薄れ、現存している吸血鬼のほとんどは、ただの人間と然程身体的な差はなくなっているのが実情だ。

 精々人より少し力が強いのと、思春期になると吸血衝動が抑えられなくなるくらい……。

 ああ、血が飲みたい……!

 俺はまだ生まれてから一度も血を飲んだことはないが、本能がそれを求めてやまない――!

 でも、もし俺が誰かを襲って吸血鬼だということが世間にバレたら、俺だけではなく、一族郎党駆除されることは必至。

 それだけは、何としても避けなければならない。

 ……実は一つだけ、この吸血衝動を無くす方法がある。

 そろそろ俺も、それを決断する時期がきたか……。


「と、虎木君!?」

「――!!」


 その時だった。

 聞き慣れたアニメ声がしたので振り返ると、そこには十文字さんが、大きな瞳を更に見開きながら立ち竦んでいた――。

 しまった――!!

 よりにもよって、十文字さんに見られた――。


「ど、どうしてここに……」

「うん、教室で虎木君の顔色があまりに悪かったから、心配になってついてきちゃったの」


 澄んだ青空のような十文字さんの真っ直ぐな瞳から、心の底から俺を気遣ってくれているのがありありと伝わってきた。

 くっ……。


「気持ちは嬉しいけど、ただのめまいだから大丈夫だよ」

「噓ッ! 物凄い力でコンクリート殴ってたし、歯も異常に伸びてるじゃない!」

「っ!?」


 鼻と鼻が付きそうなくらいの、超至近距離に詰め寄られる。

 あ、あの十文字さんのご尊顔が、こんな近くに……!

 嗚呼、まつ毛も異様に長いし、肌も陶器みたいにスベスベだ。

 何より俺の吸血衝動を刺激するのは、健康的でハリのある首筋……!

 この美味しそうな首筋に、今すぐ齧りつきたい……!!

 ――ハッ、俺は今何を。

 イカんイカん……!

 吸血鬼だとバレたら大変なことになると、今さっき自分に言い聞かせたばかりだろう……!


「虎木君て、さては――吸血鬼でしょッ!!」

「――!!!」


 あ、終わった。

 まさかピンポイントで吸血鬼だと言い当てられるとは。

 こういうのって普通漫画とかだったら、「虎木君て、さては――筋トレマニアでしょッ!!」とか言って、勘違いから始まるものじゃないの?


「さ、さあ、何のことかな?」


 こうなったら全力で誤魔化すしかない……!


「とぼけても無駄よ! 生粋の吸血鬼オタクの私の目は誤魔化せないわ!」

「っ!?」


 吸血鬼オタク??


「ホラ見て! これが今私が書いてる、吸血鬼小説!」

「……は?」


 十文字さんはスマホの画面を俺に見せてきた。

 そこには『婚約破棄された悪役令嬢は、吸血鬼伯爵に溺愛される』というタイトルのWEB小説が表示されていた。

 んんんんんんんん???


「私子どもの頃から吸血鬼モノの漫画や小説が大好きで、それが高じて今では自分で書くようにまでなっちゃったの!」

「あ、そうなんだ……」


 十文字さんの瞳は、お気に入りのオモチャを自慢する子どもみたいに、キラッキラしている。


「特に人間の女の子が吸血鬼と恋に落ちるお話が好きでね! 他種族故の相容れぬ想いを、二人が乗り越えていく過程が最高にエモいのッ!! それに吸血ってとってもセクシーだと思わない? 主人公の女の子がヒーロー役の吸血鬼から血を吸われるシーンを読むたび、まるでイケナイモノを読んでるみたいな気持ちになって、とってもドキドキするのおおおおおッッ!!!!」

「じゅ、十文字さん!!?」


 めっちゃ早口で言ってそう(実際言ってる)。

 い、意外だ……。

 教室にいる時の十文字さんは大人しい深窓の令嬢って感じなのに、こんな一面があったとは。


「ねえ虎木君、もしかして血が飲みたいのに飲めなくて、それで体調崩しちゃってるんじゃない? ……私でよかったら、血、飲んでもいいよ?」

「――ッ!!」


 十文字さんが襟の左側をグイと引っ張り、首筋を俺に差し出した。

 ぷっくり浮き出た鎖骨が露わになっている……。


「ダ、ダメだよ十文字さん! そんな風にされたら俺、マジで、が、我慢、できなくなるから……」


 嗚呼、なんて美味しそうな首筋なんだ……。

 吸いたい、吸いたい、吸いたい……。

 吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい――!!!


「うん、いいよ。どうぞ召し上がれ」

「っ!!」


 十文字さん――!

 この瞬間、俺の中で何かがプツンと切れた。


「……い、いただきます」


 俺は十文字さんの両肩をそっと抱きながら、首筋にカプリと歯を立てた――。


「んっ……!」


 十文字さんの甘い吐息が、俺の鼓膜を震わせる。

 こ、これは――!!

 十文字さんの血が喉を通った瞬間、かつて感じたことのないほどの多幸感が、俺の全身を駆け巡った。

 乾いた大地に恵みの雨が降り注いだかの如く、全身の細胞たちが大歓喜しているのがわかる。

 な、なんて美味しいんだ……。

 これが、十文字さんの血の味……。


「どう虎木君? 私の血の味は?」

「あ、う、うん、とっても美味しかったよ。……ご馳走様でした」

「えへへ、お粗末様でした」


 俺と十文字さんは、互いにペコリと頭を下げる。


「あっ、十文字さん、痛くなかった!? ご、ごめんね俺、夢中で嚙みついちゃったから……」

「ううん、全然痛くなかったよ。……むしろ、とっても気持ちよかった」

「え?」


 十文字さんは両頬に手を当て、恍惚とした表情を浮かべた。

 はて?

 吸血行為に、そんな麻薬みたいな効果はないはずだけど?


「吸血鬼モノの主人公の子も、血を吸われた時こんな気持ちだったのね! ありがとう虎木君! これで私はまた一つ、作家として上のステージに立てたわ!」


 十文字さんは俺の両手を掴んで、ブンブン振ってきた。

 十文字さん……。


「……いや、お礼を言いたいのは俺のほうだよ」

「ふふ、じゃあお互い様ってことで。また発作が出たら言ってね。私の血でよかったら、いつでもあげるから」

「えっ、いいの!?」

「もっちろん! その代わり、吸血鬼のこといろいろと教えてほしいの! あ、でも虎木君が吸血鬼だってことは誰にも言わないから安心して。多分、バレたらマズいんでしょ?」

「う、うん、そうなんだよ」

「んふふ、それも吸血鬼モノの定番だよねー。あー、小説のアイデアが浮かんできたー!」


 十文字さんはバッグからメモ帳を取り出し、そこに物凄い速さで何かを書き始めた。

 ハハ、十文字さんは本当に吸血鬼と小説が好きなんだな。

 俺にはそんなに熱中できるものはないから、十文字さんが羨ましいよ。


 ――こうしてこの日から俺と十文字さんは、たまに血を吸わせてもらう代わりに吸血鬼の情報を提供するという、ギブアンドテイクの関係になったのである。




「へー! じゃあ虎木君のお母さんは、普通の人間なんだ!」

「うん、父さんと母さんは高校の時のクラスメイトで、母さんから血を吸わせてもらったことがキッカケで、付き合い始めたんだって」

「えへへ、何だかそれって今の私たちみたいだね」

「――!」


 隣を歩く十文字さんはほんのり頬を染めながら、目を逸らした。

 んん、今のって??

 ま、まあ、特に深い意味はないか。


 ――あれから一ヶ月が過ぎた。

 今でも俺たちのギブアンドテイクの関係は続いている。

 むしろ血を吸わせてもらわない日でもこうして毎日二人で帰っているので、最近クラスメイトたちからの視線が痛い……。

 特に杭本は、親の仇みたいな顔で俺のことを睨んでくることもあった。

 別に俺と十文字さんは、男女の関係ではないんだがな。


「あ、そうだ、今日は虎木君にプレゼントがあるんだ」

「え?」


 プレゼント?


「じゃーん! ハイ、これ」

「?」


 十文字さんは二頭身の女の子キャラのキーホルダーを手渡してくれた。

 何だこれ?


「それはね、今やってる『きゅらどら!』っていうアニメの主人公の子なの! 『きゅらどら!』は人間の女の子と吸血鬼の男の子とのラブコメでね! 今私が一番ハマってるアニメなのッ!」

「へえ」


 それはまた、いかにも十文字さんが好きそうなアニメだね。


「因みに私が持ってるこれは、吸血鬼の男の子のキャラだよ」


 十文字さんはバッグにつけている、二頭身の男の子キャラのキーホルダーを見せてきた。

 そ、それって……!


「ふふ、これでお揃いだね」

「――!」


 じゅ、十文字さんと、お揃いのキーホルダー……。

 こんなの杭本にバレたら、また凄い顔で睨まれそうだな。


「ところで虎木君、今日も一本いっとく?」

「なっ!?」


 十文字さんは襟の左側をグイと引っ張り、首筋と鎖骨を見せてきた。

 クッ……!


「い、いや、昨日も吸わせてもらったから……今日は、いいよ……」


 本当は吸いたいけど……。

 父さんから、血は吸いすぎると中毒(バカ)になるって言われてるしな。


「ふーん、残念。虎木君から吸血されると、とっても気持ちいいのになー」

「……」


 むしろ、どちらかと言うと十文字さんのほうが中毒(バカ)になっちゃってないかい?




「じゃあまた明日ね、虎木君!」

「うん、また明日、十文字さん」


 いつもの交差点で十文字さんと別れ、元気に走り去って行く十文字さんの背中をぼんやりと眺める。

 十文字さんの姿が見えなくなったら、ポケットの中からさっきもらった『きゅらどら!』のキーホルダーを取り出し、バッグにつけた。







「ハァ……」


 一人で人気のない帰り道を歩きながら、虎木君のことを思う。

 最近の私は寝ても覚めても、虎木君のことばかり考えている。

 絆創膏で隠した首筋の噛み跡を指でなぞると、虎木君に血を吸われている時の感覚が蘇ってきて、全身がゾクゾクする……。

 嗚呼、虎木君……。

 やっぱり、私のこの気持ちって……。


「十文字さん」

「――!」


 その時だった。

 男の子の声がしたので振り返ると、杭本君がニヤニヤしながらこちらに近付いてくるところだった。

 この瞬間、私は言いようのない恐怖を感じた。

 蛇に睨まれた蛙というのは、こういう状況を言うのかもしれない……。


「わ、私に何か用、杭本君?」


 思わず声が震える。


「いやさぁ、虎木ばっかズリィと思ってさぁ。十文字さんから、()()()()()()()()()()()

「――!!」


 ま、まさか――!!


「むぐっ!?」


 途端、杭本君の大きな左手で、口を塞がれた。


「たまにはオレにも吸わせてくれよ。なっ?」


 杭本君の犬歯は、鋭く尖っていた――。


「まったく、何がお揃いだよ、胸糞ワリィ」

「っ!」


 杭本君が私のバッグから『きゅらどら!』のキーホルダーをもぎ取り、その辺に投げ捨てた。


「さてと、ここじゃなんだから場所を変えようぜ」


 杭本君は、優越感と嗜虐心がないまぜになったような、何とも不快な顔をしていた――。




「んー! んー! んー!」


 口を塞がれたまま近くの廃倉庫に連れ込まれ、壁に押し付けられる。


「そう暴れんなよウザってえ。虎木には毎日吸わせてんだろ?」


 毎日じゃないもん!

 でも、そんなことを言っても、きっとこの人には無駄だろう……。


「それにしても、まさか虎木みたいな冴えねード陰キャもオレと同じ吸血鬼だったとはなぁ。一ヶ月前のあの日、教室から慌てて出て行くあいつを見た時にもしやと思ったが」


 なっ!?

 そんな前から、杭本君も虎木君を怪しんでたの!?

 ……つまりこの一ヶ月、私たちはずっと監視されてたんだ。

 見かけによらず、意外と陰湿だわこの人……。


「オレは適当にその辺の女から血ぃ吸ってるから、別に血に困ってるわけじゃねーんだけどよ。やっぱ美少女の血は格別だからさ。今日からお前は、オレ専用の贄になってもらうぜ。へへへ」

「――!」


 右手で首元の制服を破かれ、無理矢理首筋を露わにされる。


「うっ!」


 そして乱暴に絆創膏を剝がされた。


「へへへ、いっただっきまーす」


 杭本君のギラギラした牙が、私の首筋にゆっくりと迫る――。

 嗚呼、虎木君から吸われる時は全然嫌じゃないのに、今は全身に虫が這ってるみたいな不快感しかない――!

 た、助けて……。

 助けて……虎木君――!


「その汚い手を今すぐ放せ」

「「っ!!」」


 その時だった。

 倉庫の分厚い扉が紙屑みたいに吹き飛んだ。

 そしてその先には――。


「な、なんでテメェがここに――!」


 私の虎木君(ヒーロー)が、凛と佇んでいた。







 クソッ……!!

 クソッ、クソッ、クソッ、クソッ、クソッ……!!!

 杭本の野郎……、絶対許さねぇ……!!

 ギリギリ血を吸われる前に俺が来て、命拾いしたな杭本。

 一滴でも吸ってたら、お前の命日は確実に今日になってたとこだ。


「聞こえなかったのか杭本? その汚い手を十文字さんから今すぐ放せって言ったんだよ」

「オレの質問にも答えろよ虎木。どうしてお前がここにいる? お前は自分の家に帰ったはずだろ」

「……これだよ」


 俺はポケットから、『きゅらどら!』の吸血鬼キャラのキーホルダーを取り出して、杭本に見せた。


「お前がニヤニヤしながら十文字さんが帰った方向に歩いて行くのが見えたから、嫌な予感がして俺も後を追ったんだ。そしたらこれが落ちてたからな。お前に十文字さんが攫われたって踏んだわけだ。後は近場で隠れられそうな場所がここくらいしかなかったから、ここに来ただけだよ」

「フン、まさかそれがアダになるとはな」


 杭本はやっと十文字さんから手を放して、俺に相対した。


「虎木君ッ!」


 こちらに駆け寄って来ようとする十文字さんを手で制し、安心させるために笑顔で一つ頷く。


「……虎木君」

「それで? お前みたいな三下吸血鬼が、オレみたいなエリートに勝てるとでも思ってんのか、あぁ?」


 杭本はこれ見よがしに、ボキボキと指の骨を鳴らす。


「フッ、弱い犬ほどよく吠えるってのは本当だな」

「アァン!? あんまチョーシコいたことホザくんじゃねーぞ、このダサボウがぁ!!」

「虎木君ッ!?」


 杭本の右拳が、俺の顔面に直撃した。


「何……だと……!?」

「虎木君??」


 が、杭本のパンチは、俺の顔にかすり傷一つ付けられなかった。

 実際俺は、蚊に刺されたほどの痛みすら感じちゃいない。


「どーした? チョーシコいてる連中を全員ワンパンでノしたって自慢してたじゃないか。今のがそのパンチなのか? ……あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」


 って、元五番隊隊長が言ってた。


「クッ! フザけんなよッ! オレの先祖はなぁ! あの伝説の吸血鬼、ドラキュラ伯爵の直属の部下だった男だぞぉッ!!!」


 今度は両手で、嵐のようなパンチの連打を浴びせてきた。


「虎木君ッ!!」

「大丈夫だよ十文字さん。俺はほらこの通り、元気ピンピンだよ」

「虎木君????」

「な、何故だぁ!? 何故オレのマシンガンパンチが効かねぇ!?」


 マシンガンパンチって。

 技名をつけるタイプの人だったかぁ。


「あまり家柄をひけらかすのは好きじゃないんだがな」

「がっ!?」

「虎木君!!?」


 俺は左手だけで杭本の首を掴み、その巨体を宙に浮かせた。

 それにしても十文字さん、さっきから「虎木君」しか言ってないな。


「俺の先祖はお前の先祖の上司の、()()()()()()()()()だよ」

「なぁッ!?!?」

「そうなのッ!?!?」


 あ、やっと「虎木君」以外のこと喋った。


「お前みたいな三下吸血鬼が、俺みたいなエリートに勝てるとでも思ってたのか?」

「ぐぅ……!」


 俺は敢えて、さっきの三下吸血鬼(杭本)の台詞をそのまま返した。


「さてと、さっき殴られたのは、ざっと百発くらいかな? 目には目を、歯には歯を、百発のパンチには、百発のパンチで返さなきゃな」

「クッ……クソがあああああああ!!!!」

「オラオラオラオラオラオラァ!!」

「ぶべら!?」

「――!!」


 俺も三下吸血鬼(杭本)にマシンガンパンチを浴びせる。

 一、二、三、四、五、六……。


「オラオラオラオラオラオラァ!!」

「たわば!?」

「――!!!」


 五十四、五十五、五十六、五十七……。


「オラオラオラオラオラオラァ!!」

「ひでぶ!?」

「――!!!!」


 九十六、九十七、九十八、九十九……。


「オラァッ!!」

「うわらば!!」

「虎木くううううん!!」


 百、と。

 これでよし。

 燃えるごみは月・水・金。


「ア、アヘェ……」


 いや、お前のアヘ顔は流石に需要ないぞ、三下吸血鬼(杭本)

 さて、と。


「フン」

「がはぁ!!」

「っ!!?」


 俺は三下吸血鬼(杭本)()()におそろしく速い手刀を突っ込み(オレでなきゃ見逃しちゃうね)、()()()()()()()()


「ま、待ってくれ……! それだけは勘弁してくれ……!!」

「ダメでーす」


 俺はその心臓を、容赦なく握り潰した。


「が…………は…………」


 三下吸血鬼(杭本)は、白目を剝いて気を失った。


「……殺しちゃったの、虎木君?」


 憂いを帯びた瞳で三下吸血鬼(杭本)を見下ろす十文字さん。

 君にあんな酷いことをしようとしたカスにも同情してあげるなんて、とことんお人好しだね、十文字さんは。


「いや、心配しないでよ。これはまだ十文字さんにも教えてなかった吸血鬼の情報なんだけど、吸血鬼は心臓が()()()()んだ」

「えっ!? そうなの!? そんなの、どんな文献でも見たことないけど!?」


 まあ、メッチャマイナーな情報だからね。


「でね、吸血鬼としての力は、全て右の心臓に集約されているんだよ」

「――! てことは……」

「うん、こいつはただの人間になったってことさ」


 これが吸血衝動を無くす、たった一つの方法だ。

 去勢みたいなもんだから、避けられるならなるべく避けたいのが本音だがな。


「……そっか。杭本君には、そのほうがよかったかもね」


 俺もそう思うよ。

 このままだったらこいつはいつか吸血鬼だってことがバレて、人間に駆除されてただろうし。

 まあ、その分今まで暴力で屈服させてきた連中から報復されるかもしれないけど、それは俺の知ったこっちゃない。


「十文字さん、これ着て」

「え?」


 俺は自分の制服の上着を脱ぎ、十文字さんの肩にかけた。

 カスが十文字さんの制服を破きやがったせいで、十文字さんの、ブ、ブラが、露わになってしまっていたのだ……。


「あっ! ご、ごごごごめんね! お見苦しいものをお見せしちゃってッ!」

「い、いや、全然大丈夫だよ」


 むしろ健康寿命が五十年伸びました(拝)。

 十文字さんて、き、着瘦せするタイプだったんだね……。


「あっ」

「っ! 十文字さん!」


 その時だった。

 緊張の糸が切れたのか、急に十文字さんが倒れそうになったので、慌てて抱き寄せた。

 くうっ!

 何だか異様に柔らかいものが当たっているが、緊急事態だったので、どうか許してほしい……!


「大丈夫、十文字さん?」

「あ、うん。……いや、ごめん、やっぱダメかも」


 十文字さんの綺麗な瞳から、ボロボロと大粒の涙が零れてきた。


「うん、無理もないよ。あんな怖い目にあったんだから」


 下手したら一生もののトラウマになっててもおかしくない。

 そう思うとまた腹が立ってきたので、足元に転がっているカスの顔面を踏ん付けた。


「……いつも虎木君に血を吸われるのは全然嫌じゃなかったのに、さっき杭本君から吸われそうになった時は、物凄く嫌だったの」

「――!」


 あ、そ、そうなんだ。


「まあ、そりゃ無理矢理吸われそうになったら、嫌に決まってるよね」

「ううん、それもあるんだけど……、虎木君以外から吸われるのが、嫌だったんだと思う」

「っ!?」


 えっ、えっと、それはどういう……?


「もう! 女の子にこれ以上言わせる気なの?」

「――!!」


 十文字さんはあざとい上目遣いで、俺を見つめてきた。

 ぐはぁ!?

 こうかは ばつぐんだ!

 ……そうだよな、ここは俺が、男を見せなきゃな。


「……十文字さん」

「は、はいッ」


 俺は十文字さんの両肩をそっと抱き、目を真っ直ぐに見つめる。


「――俺は、十文字さんが好きです。どうかこれから一生、十文字さんだけの血を吸わせてください」

「――!!」


 これは吸血鬼にとって、実質プロポーズみたいなものだ。

 十文字さんはまたしても、大粒の涙を零した。

 だが多分この涙は、さっきの涙とは真逆のものだろう。


「――はい、私も虎木君が好きです。どうかこれから一生、私だけの血を吸ってください」

「十文字さん――!」


 十文字さんは左の首筋を、静かに差し出した。

 ――俺はその首筋に、誓いの吸血(キス)を落とした。



拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞いたしました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 吸血鬼なら「オラオラ」ではなく「無駄無駄」では?
[良い点] お! 強かった! そして血統もすごかった! 吸血という行為は擬似的なエロスを感じるんですね~。うーん、勉強になる。
[良い点] 十文字さんっ!(固い握手) そうですよね、吸血シーンってなんかこうエロ……ごほんごほん官能的でヨイのですよ!!(力説) しかしこのお作の吸血シーンはなんかほほえましいというか健康的なお色気…
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