第4話 カブトムシ捕獲大作戦
「ねぇねぇ、聞いてよオオカミちゃん!」
「村人くん、いきなりどうしたの…?」
季節は夏、少年と少女が出会った春の季節から約3ヶ月が経過していた。
村の中で散歩が日課だった少年が最近、全然姿を見なくなったと村人から怪しまれた結果、週に1度のペースで会おうと2人の中で話し合われて決まった。
少女の耳や尻尾はしな垂れていたが、会えないわけではない。天候や体調の変化で会えない日もあったが、そこは上手く調整した。
村の中と通じる穴がある事を少年は少女に教え、そこに赤色の旗や青色の旗を立てる事で予定を合わせる事を可能にしたのだ。
赤色は明日会おう。青色は明後日、両方とも立っていたら今週は無理と決めていた。
なお、少女は雨の日でも傘を持って近くまで来る程、毎日通っていたが…流石に穴の中を潜っていくのは汚れるし、村の中で見つかったら少年に迷惑が掛かると分かっていたのでそれは避けていた。
そして、今日が待ちに待った遊べる日。
今日は暑いし、少年と一緒にのんびり過ごそうと家から本を持参して読んでいる少女は花が美しく咲き乱れる丘の木陰で待ち人を待っていた。
そしてやっと来たと思えば、唐突な少年の聞いてよアピールに少女は戸惑いながらも聞き返す。
「実は今度、村の中でカブトムシ相撲大会が開かれるんだ!子供も大人も盛り上がる大会なんだよ!」
「カブトムシ相撲って…村の中で育ててたりするの?」
「うーん、そういう人もいるけど、大体は大人が外から捕まえて来たカブトムシか、村の木に樹液を塗って手に入れる感じかな」
「村の方からあんなに甘い匂いがすると思ったらそういう事だったのね…何というか変なの?何か賞品でも出るの?」
「なんとっ!優勝したら村の中で美味しいお肉と野菜がその人に贈られます!」
「何してるの、早く見つけに行かないとお肉が逃げちゃう…!」
「別にお肉は逃げないよ、オオカミちゃん…」
さっきまで興味無さそうに木陰で本を読んでいたオオカミちゃんが、本を閉じて立ち上がった。
相変わらず、お肉好きだなーって感じだ。
「でも、カブトムシって夜にならないと現れない不思議な生き物なんだ。大きくて強い奴は大人や力の強い子供が持ってちゃうから優勝なんて望み薄なんだけどね…」
「……ねぇ、知ってる?カブトムシって昼間に見つける事も出来るんだよ…?」
「えっ…!そうなの!?」
物知り顔のオオカミちゃんだが、彼女は僕よりも賢い。こうして本を読んでいる事もある為か、同い年だけど知識の差を感じる事がある。お肉の事になるとドアホになるけどさ。
ーーでも、とても頼りになるよね!
旗を立てて予定を決めるのだって彼女の考案だった。村の子供達…いや、大人と比べても彼女の方が賢く見えてしまうから不思議だ。
「私に任せて!前に見た本だと…夜行性の昆虫って葉っぱとかの下やお昼でも活動する事があるんだって」
「夜行性…?カブトムシって事?」
「……そう、カブトムシって事。昼は暗い場所にいるから見つけにくいだけで探せばいるのよ」
僕らは草木を掻き分けてカブトムシがいそうな所を探す。
手が土で汚れたりするが、洗えば問題ない。いつも全身土まみれにしている僕からしたらその程度、どうって事ない。
オオカミちゃんは汚れるのが嫌なのか、その辺に落ちていた木の枝で葉っぱを掻き分けて探している。
「ねぇ、いたー?」
「…いない。おかしい、本だと大体こういう所に隠れてるって言ってたのに…」
「もしかして、樹液が出てる木じゃないといないんじゃない?だってお腹が減った時、すぐそばに食べ物があったら誰だって嬉しいと思うし」
「あっ…それだ!甘い匂いを辿っていけば…」
スンスンと鼻を嗅ぐ仕草を見せるオオカミちゃんは側から見ていて少し滑稽だった。
ゆらゆらとする彼女の尻尾をボーッと眺めているとオオカミちゃんの耳がピンと張る。
「…見つけた。村人くんこっち!」
「ま、待ってよ。置いていかないで!」
今日はのんびりしようと決めていた筈の少女だが、お肉…少年の為に特に甘い樹液の香りがする方向を嗅ぎ分けると一目瞭然に走り出す。
遅れて少年も置いてかれないように必死に両手両足を動かして後を追った。
走る事数分、少女がある一本の木に立ち止まった事で少年はホッと胸を撫で下ろす。
「オオカミちゃん、此処がそう?」
「多分……ほら、見てあそこっ!」
少女が指差した先には樹液を啜っている黒光りする大きな物体があった。立派な角が生えていて身体も少女のこぶし大ぐらいはありそうだ。
「凄いっ!よく見つけたね、オオカミちゃん!」
「ふふんっ!わたし、これでも亜人ですから!」
「亜人って凄いんだね。僕は人だけどカブトムシが探せるぐらい凄くなりたいや!」
「…流石にカブトムシは探せないよ。わたしが探したのはこの木の甘い匂いだから…」
「けど、それで見つけたオオカミちゃんは尊敬するし、憧れちゃうね。……それで、オオカミちゃん。これ、どうやって獲ろうか?」
「結構高い所にいるもんね…。ジャンプならいけるかな?」
少年と少女の背丈を足しても倍はありそうな高い位置の木の幹にそのカブトムシはいる。取り敢えず、物は試しにと少女が両足で思いっきり飛ぶが手を伸ばしても届く事はない。
「オオカミちゃんのジャンプでもダメとなると、やっぱり登るしかないのか…」
「それはダメ。村人くんが怪我しちゃうしれないから」
「だったら、枝で突っついて落とす?あそこまで届きそうな長い枝、落ちてないかな」
そう言って周りを探してみるが、良さそうな枝は見当たらない。万事休すかと思われた矢先、少女が閃いた。
「村人くん。木の実を取る時に高い所にあったらどうやって取るか分かる?」
「どうやって…枝で突っついて落とすんじゃないの?」
「それもそうだけど、他にも方法はあるんだ。こうして木の幹に向かって足で蹴るの。そうすると木が揺れるから重たい物が落ちる事があるんだって」
少女が軽く木を蹴る。まだ子供とはいえ、亜人の力で蹴られた木は僅かに揺れた。これからいけると心の中で確信した少女は少年に提案する。
「これなら怪我もしないし、もしかしたら落ちて来るかも」
「やっぱりオオカミちゃんは凄いなぁ。それでいこう!ダメだったら他を探せば良いだけだしね!」
少年が少女の隣に立つ。2人で木を蹴ってカブトムシを落とす事にした様だ。
「じゃあ、いくよ。同時に蹴ろう」
「分かった。村人くんが合図して、合わせるから」
「よし、じゃあ…せーの!!」
合図と共にドゴンッと2人に助走をつけて蹴られた木は大きく揺れる。本気で蹴った亜人の力は凄まじく、木はかなり揺れていたが、カブトムシはなかなか落ちない。
「まだ落ちないね…」
「もう一回っ!村人くんは危ないから離れてて!……せーの!!」
オオカミちゃんの蹴りで木がへし折れるんじゃないかと錯覚するほどの音と衝撃が伝わってくる。先程と同様に木は大きく揺れて何かが僕の頭に落ちて来た。
「オオカミちゃん!これを見てよ、こんな大きいの僕、生まれて初めて見たかもしれない!」
手でそれを捕獲し、自分の目の前にいる英雄にカブトムシを見せる。
「良かったね。村人くんが喜んでくれて探した甲斐があったってもんだよ…優勝したらお肉、わたしにも分けてね?」
「勿論っ!期待して待ってて、このカブト関ならきっと勝てるよ!」
「もう名前付けたんだ…本当に変な人…」
少年は大はしゃぎ、少女はそれを見てクスクスと可笑げに笑った。
後日、見事優勝を成し遂げたこのカブト関の活躍により、村の中で少年は一躍、時の人となったのは言うまでもない。
村人くん
オオカミちゃんとカブト関のお陰で優勝したら、村の子供や大人から前よりも話し掛けられる事が多くなった。
オオカミちゃん
優勝賞品に目が眩み、やる気を出した女の子。
村人くんが持って来たお肉は串焼きにして齧り付いた。美味しかった。
カブト関
今回の立役者。
オイちゃんの角はぁ、他の雄とは一味も二味も違ぇ。潜って来た修羅場の数が貴様らとは違うんじゃい。
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