60 先王『ワシも孫たちに会いたぁい』
お茶を淹れ直してムーガが口にする。
『にがっ!』
顔が引きつりそうになるのを我慢した。
「あら? ごめんなさいね。わたくしって本当に才能がないのよ。
これも自分自身を見つめたら諦めてメイドにやってもらうべきね」
ラフィネが苦味を含めて笑った。
「そうですね。それがよろしいかと……」
「でもレース編みは得意なのよ」
「それならば是非ティモにプレゼントしてやってください」
「いいわねっ! おリボンを作りましょう!
明日からやることができたわ。うふふ」
『この領地へいらしていただいてよかった』
王妃としての顔でなく祖母としての笑顔にムーガは心から安堵した。
「先程の件ですがキリア国王陛下はご存知で?」
ラフィネは小さく頷いた。
「キリアは公爵の死が本当の病気でないことはおそらく知っているわね。
翌日にキリアが一人でわたくしの元へお茶に来たわ。それについては何も言わなかったけど、『兄上に恥ずかしくない王になります』って」
「そうですか。もちろんエーティル王妃陛下も」
「あの子も何も言ってこないけど、あの子がくれた情報がきっかけだもの、感づいているでしょうね。
それにキリアとエーティルが出した政策に北国対策にかなり厳しいものがあったわ」
「ラオもおそらくは感づいております。でも自分が王都を離れた後なのだから本当の病気だろうと自分に言い聞かせるように言っていました」
「そう……」
「ラオは優し過ぎるのです。ラオが王都にいる時に粛清していたら、公爵の死に大きな責任を感じてしまい、結局は王にはなれなかったと思います」
「なるほど。きっとエーティルも同じ意見ね」
「おそらくは……。その点、キリア国王陛下はしっかりと分けてお考えになれますから。
公爵と血縁でもありませんし」
「ハァ~。エーティルもムーガも母親のわたくしよりラオルドを知っているって、ねぇ……」
ラフィネは悲しげに笑った。
「仕方ありません。貴女様は王妃陛下だったのですから」
「そうねっ! これからは思いっきりリベルトたちのおばあちゃまを楽しむわよぉ!」
「アハハ」
ムーガはラフィネの勢いに苦笑いする。
「ムーガっ! 貴方、わたくしより先におじぃちゃまって呼ばれているなんて……」
「申し訳ございませんっ!」
ムーガはラフィネの言葉に被せるほどに深々と頭を下げた。
「もう。違うわ」
笑い声の混ざった言葉に恐る恐る頭を上げるとラフィネは本当に笑顔だった。
「子供たちと孫たちを守ってくれてありがとう」
「とんでもございません」
ムーガはグッと息を飲んだが、耐えられず一粒の涙を流した。
「あの子――ラオルド――がわたくしたちに手紙を書くことも貴方が勧めてくれたのでしょう? あの子はわたくしたちに遠慮してきっと何をどこまでしていいのか判らず、結局何もできなかったと思うもの」
「ええ。そういう所は見受けられましたね。王太后陛下からの手紙を人目を憚らず泣いて読んでおりました」
「ピンクちゃんはお役目の後には騎士団に戻っているのだと思っていたわ。ここまで来て支えてくれていたのね。ゆっくりとお礼がしたいわ」
「本人が好きでやっていることですので王太后陛下にお気遣いいただくことでも……」
「ねえ、その王太后陛下って止めて。領民に内緒なのでしょう?」
「あ、え、その、しかし……」
「フィーネさんって呼びなさい」
「無理ですっ! では、フィーネ様、で」
「ラオルド夫婦の親同士なのに」
「領民には娘が貴族に嫁いだけど、俺は平民だと言ってあるので問題ありません。ラオのことも会議の席などではラオ様と呼んでおります」
「そう。わかったわ。わたくしもラオルドをラオって呼ばなくてはね」
「はい。それでお願いします」
「とにかく、ラオルドからの手紙は本当に嬉しかったわ。この領地で頑張っていることがよくわかったし、孫たちの姿絵も送ってくれたし。
あの姿絵はヴィエナが描いたのですってね。すごいわぁ」
「騎士団で人相書きをやっておりましたので」
「わたくしはこちらで孫たちを直接見ることができるから先王陛下に置いてきてあげたの」
ラフィネがいたずらっ子のように笑う。
「先王陛下はフィーネ様がこちらにいらっしゃることをよく許してくださいましたね」
「それはもう、大変だったわよ。キリアとエーティルの助けがなかったら絶対に無理だったわね」
ムーガは残されてきた先王陛下を思い苦笑するしかできなかった。




