58 王太后「わたくしがやらせたわ」
玄関での話が聞こえたようで応接室にはすでにお茶菓子が出され、入室とともにお茶に湯が注がれた。
ラフィネに促されてソファーに座る。
「ムーガ。もっとリラックスできないのですか?」
「今は無理です。今後検討いたします」
「ふぅ。仕方ないですね」
静かにお茶を一口、茶菓子を一口堪能するとメイドたちを下がらせた。
「あれはお前の計略だったのね」
ムーガもラフィネがヴィエナがピンクさんことウェルシェであることに気が付かれたかもとヒヤヒヤしており、そのものズバリだったので縮こまった。
「わたくしに相談してくれれば、ラオルドは廃籍せずに済んだのではないの?
国王陛下とわたくしが全容を聞いたのはラオルドが王宮を出た後なのだもの。エーティルと貴方が『ラオルドが王位継承権放棄を願っているから任せろ』と言うから黙っていたわ」
「ラオ……ルド殿下は」
「いつもの呼び方でいいわよ」
「え? それは……いやぁ……はぁ……はい……。
わかりました」
百面相のように困ったり悩んだり頭を抱えたり顔を引きつらせたりと忙しなく動くムーガは珍しい。
「エーティル様の予想ではラオの優しさでは公爵の排除に心を痛めるだろうと……」
「そう。ユニアに似たのかしらね……。血縁はないのに……」
寂しそうに俯くラフィネにムーガは言葉を紡げなかった。ユニアとは王妃陛下の代わりにラオルドを育てた側妃のことである。
「エーティルの予想通り、わたくしに相談していたら排除するしかないものね」
「その……やはりあれは、陛下が?」
ムーガはラオルドを脅していた公爵が死んだことだと暗に示す。
「ええ。カティドにやらせたわ」
カティドはムーガの後を引き継いだ第三師団長である。
「キリアとエーティルの時世に憂いを残したくなかったし。調べさせたら本当に強欲で驚いたわ。キリアが王になれば反旗を翻すことまで視野に入れていたようなの」
ムーガも息を飲む。
暗殺は防げても反乱までは防げない。騎士団で反乱を鎮圧できるが公爵家は取り潰し一手であろう。
「どうしてそこまで?」
ムーガから見れば順風満帆に公爵の爵位を継いだように見えたノンバルダにそのような闇がある理由が理解できない。
「強欲というより悲壮感とか切迫感とか、そういうものかしらね」
ラフィネは今は亡き弟を思い出していた。
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ラフィネが幼い頃から優秀で王城での王太子妃になるべく教育でもすこぶる評判がよかった。
その評判はラフィネの弟にも影響した。
「ラフィネ様の弟様なら優秀なのでしょう」
「ラフィネ様がおできになるならもちろん弟様もおできになりますわ」
「ラフィネ様が安心して国政に向けるよう弟様は公爵家を盛り立てなければなりませんね」
噂、陰口、褒め言葉、お世辞、社交辞令……。
どんな言葉も必ず姉ラフィネの名前が出てきた。
だが、到底姉のようにできない弟は自己暗示を掛けるようになっていく。
「僕はお父様とお姉様と同じ銀色の髪なのだからできるはずなんだ……。大丈夫なんだ……」
家族がその歪んだ自己暗示に気がついた時にはすでに遅かった。
「僕は公爵家の血を引く銀髪だよ。失敗なんかするわけないじゃないか」
「公爵家の象徴である僕が間違いなど起こすはずがないだろう」
弟が分別のわかる青年になったころには「銀髪」や「公爵家の象徴」は言わなくなったがそれは家族に注意を受け口にしてはいけないことだと思っただけで心の中には巣食っていたのだった。
そして、公爵になり子ができた弟はノンバルダに呪詛を投げる。
「銀髪でないお前にできるのか?」
幾度となく言われ続けたノンバルダの心にも『銀髪』の呪詛が根付いてしまった。
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「わたくしたちは気がついてあげられなかったの。義妹にもその呪詛が植え付けられていて義妹は『自分が銀髪に産んであげられなかった』と悔いていたと聞いたのはノンバルダが亡くなってしばらく経ってからなのよ」
「そんなに根深いものだったのですか……」
ラフィネは目尻にハンカチをあてた。




