52 第三王子「好きな女は何度でも口説きます!」
ソファテーブルに地図を広げて顔を突き合わせているとけたたましくノックがされた。
「そんなに慌てずとも当主様はお逃げにならないのに……」
やれやれと腰を上げたビジールはラオルドの許可を受けずに扉を開いた。
「「殿下っ!!」」
叫びながら入室してきた者たちの顔を見てラオルドは立ち上がる。
「お前たち! なぜここにいるのだっ!?」
そこに息を切らせて立っていたのは高官になったはずの元側近二人だった。
「殿下が面白そうなことをするとお聞きしたのでっ!」
「おいっ! 殿下ではない。閣下だ」
「お前だってさっき……」
「おい……」
ビジールに小さく諌められて黙る二人がラオルドへ顔を向けるとラオルドは下を向き肩を震わせていた。
「閣下……」
「なぜだ!? お前たちには安定した生活を与えたはずじゃないかっ! 何のために俺がお前たちを自由にしたと思っているのだっ! 俺がっ俺がっどれほどの思いでお前たちの手を離したと…………」
ラオルドは皆の視線も構わずに袖で涙を拭った。
元側近たちの後ろにいたヴィエナがラオルドの元へと走り大きな背に触れる。
「ラオ。貴方の優しさを知っている者は貴方が考えるよりずっと多いんだよ」
「旦那様。わたくしだけでは旦那様方をお迎えする準備はここまでできませんでした。二人はとてもよくやってくれております」
ラオルドは泣き顔のままグルっと個々の顔を見た。ビジールも元側近もそしてムーガもにっこりと笑っていた。
「皆には苦労をかける。すまぬ。
だが俺を助けてほしい」
「「「かしこまりました! 男爵様」」」
「たまわりした。旦那様」
男たち四人は騎士の礼と執事の礼をとり頭を垂れた。
その日の夜、ムーガはペンを取った。
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木枯らしの秋を感じさせないほど王宮の温室は暖かく華花も色とりどりに咲いていた。
「本日はお誘いいただき大変嬉しく昨晩は眠れぬほどでした」
その言葉を表すように金髪をしっかりと撫でつけ気合の入った装いの青年は新緑の瞳を緩ませていた。
迎え入れた令嬢は優雅な笑顔でテーブルへと誘う。
「先日、兄上から手紙をいただきました。無事に男爵領へ到着されたようです。
エーティル嬢のことも心配しておりました」
エーティルはすでに王妃陛下からこの温室の管理を任されているので王宮にあるにも関わらず招待されたのはキリアということになる。
「そうですか。わたくしも一報いただきましたわ」
エーティルにはムーガからの手紙もあったが敢えてそれは言わなかった。その話をきっかけに作戦だったことまで言うわけにはいかない。
ラオルドがキリアのプライドも守りたいと思っていたことを知っているのだから。
「あれから随分とお時間をいただきエーティル嬢にもご心配をおかけいたしました」
「いえ。わたくしもラオルド様のご無事を確認できるまではこのような時間を持つ余裕もありませんでしたもの」
「では、お互い様であるということで」
「ええ。そうしていただけますと落ち着きますわ」
エーティルはオレンジの瞳を細めて笑顔になった。
穏やかな会話がふと途切れ二人はお茶を口にする。
「エーティル嬢」
「はい」
眩い笑顔の貴公子に女神のような淑女も朗らかに返す。
「僕は側妃を持つつもりはありません。ですから、女官長の選定をご検討ください」
「ふふふ。まだ、キリア様とお決まりになったわけではありませんでしょう?」
「メルキトに負けるつもりはありませんよ」
エーティルは困り笑いだが優しさが溢れている。
メルキトはキリアの実弟の第三王子である。メルキト自身は王位継承権放棄して辺境伯となる気満々であるが先にラオルドが放棄してしまったため現在は辺境伯令嬢との交流を制限されている。
ラオルドは王宮を離れる前にメルキトに謝罪したがメルキトはニコニコと答えた。
「彼女もわかってくれていますし、なんならもう一回口説けばいいので大丈夫です! 離す気ありませんから!」
なかなかの激愛ぶりにラオルドが驚いていたほどであった。
キリアがキュッと姿勢を正す。
「僕のライバルはいつでもラオルド兄上ですから」
「そうですか」
エーティルの寂しそうな笑顔にキリアは心を痛めた。
「エーティル嬢は兄上を慕っておいでだったのですね」
「え!? あ、うーん、そうですねぇ。長い時間を共にいたしましたから、寂しくは感じております。キリア殿下が同じようになってもきっとそう感じますわ」
「え!? あ、はぁ……、なるほど」
キリアが目を瞬かせて考えを巡らせてハッと思いついて困り笑顔を返す。
「ははは。まるで母上ですね」
「うふふ。そうかもしれませんわね」
エーティルの笑顔には慈悲が溢れていた。
優秀な側近たち再登場!
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