51 父親『娘のラブラブは見たくはないなぁ』
いつの間にかさりげなぁく二人は手を繋いでいるがこの三ヶ月で見慣れたムーガは後ろを歩く。
「俺は真面目なヴィーも明るいヴィーも好きだぞ」
「もう! ここでそういうこと言わないでくださいっ!」
頬を膨らませて拗ねるヴィエナだがラオルドとの手は離れない。
『周りの者たちにのろけ話は聞こえずともその手は見られていると思うぞぉ』
ムーガは数百回目の心のツッコミをした。
それぞれの部屋に案内されるとムーガは自分に充てがわれた部屋に驚愕してビジールがいるであろう執務室へと走っていった。
「あれはおかしいだろう?! 使用人部屋で充分だ」
「いえ、少なくとも三年はこちらにお住まいだとお聞きしております。領民には奥様のお父様ということになさいませんと不都合が出て参りますのでご了承ください」
「そんな……」
「エーティル様からもそう言付かっております」
エーティルの名が出るとムーガが引き下がることは早々に送られてきたラオルドからの手紙でビジールはすでに把握済みである。
ムーガはトボトボと執務室を後にした。
『ラオのやつめ。いつの間にこんな連絡をしていたんだ。
ふう。メイドが部屋にいないだけましか』
部屋へ戻り荷物から着替えを取り出して時間を確認する。
『まだ男の時間だな』
ビジールから聞いた共同浴室へと向かった。時間帯で男女を分けていると説明を受けている。
まずは真新しい広々とした脱衣所に驚いた。
浴室へ入ると半筒に削られた木から湯が流れ出ていて人が五人ほど入れそうな浴槽からコンコンと流れ出ていた。
「これはこれは!」
即席感は否めないがムーガたちの旅の間に作ったと考えれば充分に関心するほどのものである。
ムーガは旅の途中で訪れた子爵家の館で習った作法で入浴する。
その子爵家はこの男爵領から霊峰を挟んだ反対側にあり温泉による観光業務を領地の目玉にしていた。
体を洗い流すとゆっくりと湯船に入る。
「ほぉ………………」
ムーガでさえも思わず目を瞑るほど心も体も休まる。
「どうだ。手紙で指示しただけだがよくできているだろう?」
そこへ現れたのはラオルドだった。
「お部屋で入浴するのではないのですか?」
「あれもここから湯を運んでくれたものなのだが今はヴィエナが使っている。
せっかく男の時間なのだ。俺も利用したくなって当然だろう?」
ラオルドもテキパキと作法通りにしている。
『バシャリ!』
ムーガ近くに湯へ身を沈めたラオルドは顔に湯をかけた。
「男爵位を賜るときからこの土地を狙っていたのですか?」
「あの子爵家を外交ルートで使ったときに湯は霊峰の恵みだと聞いた。
だから王家直轄地で霊峰の周辺を調査させたんだ。
こんなに国の最外周にあるとはラッキーだった」
ラオルドの抜かりなさにムーガは呆れを通り越して関心してしまう。
『この方にも充分に国王たる能力があるのだ』
エーティルを愛しげに見る金色の髪の男を思い出していた。
「ここの治安のために第二師団の手を借りたが王家直轄地の治安のためだから国王陛下も反対なさらなかった」
「あ……去年の遠征……」
「ここは元々野盗たちの住処だったそうだ。それをビジールが改築をしてくれた。
まだ何もないが何でもできるところだ」
ラオルドが賜った領地には家や商店合わせて五十軒ほどの小さな村が二つある。そしてこの館はその二つの村の間にある。あとは少し離れたところにある村々だ。
ラオルドは浴室をグルっと見回す。
「即席でこのくらいはできるのだからもうすこし立派なものを外に作ろう。
男女別々に作ればこのような時間制約はいらないし住民に無料で開放して掃除は交代でやってもらえばいい。
まずは観光地ではなく住民の健康管理に利用する。
観光地にするのは周辺を調査して切り開いた後だ」
ムーガは計画をスラスラと述べるラオルドに心底驚いていた。
「旅の途中でムーガに相談したらムーガがまっさらな気持ちで視察ができないだろう。俺はすでに知ってしまっているから知らない者の意見がほしかったのだ。
ムーガがこの温泉のシステムに順応していたようだからビジールに自信を持って工事を進めさせたんだ」
二人は風呂から出ると着替えてからビジールと今後の予定を話し合うため執務室へ行くことにした。




