5 公爵令嬢「カスタードプリン……」
婚約解消などという物騒な話にも表情を変えないのに食堂には未練があるようだ。細やかな違いなので近くにいるエーティルの専属メイドしかわからない瞳の揺れだが。
「こっほん」
メイドが小さな小さな声でエーティルに圧をかけるとエーティルは諦めてラオルドへと視線を戻す。
「す、すまない。黙らせるからこいつらのことは忘れてほしい」
「殿下。このような公の場で宣言なさっておいでですので覆ることは難しいかと思いますわ。わたくしだけならともかくまわりも聞いております」
王城の食堂なのだからまわりに人がいて当然だしこの騒ぎでどんどんと人が集まってきている。王家の後継決めについても詳しい者はもちろんいてラオルドに冷たい視線が突き刺さる。
「それに、ほら。戻って参りましたわ」
ラオルドの後ろから悠々と歩いてきた男は先程目配せされて奥へと赴いていた者である。ラオルドに一瞥もくれずに脇を抜けエーティルの前に立つと胸に手を当て頭を下げた。
「エーティル様。国王陛下が第三裁判室にてお待ちです。
第一王子殿下もお願いいたします」
第一王子ラオルドへはチラリとしか視線を送らない。これではエーティルとラオルドのどちらの立場が上かわからないと思わせるがこの惨事を見ていた者たちは違和感を覚えていないようだ。
そこへガチャガチャと音を鳴らして近衛兵が入ってくるとラオルドの側近二人とウェルシェが拘束されて立たされた。ラオルドは拘束こそされないが近衛兵の一番偉そうな雰囲気の者に促されて入室してきた入口へと誘われた。
引っ立てられるように連れていかれたラオルドからかなり離れてエーティルは前に先程の男を歩かせメイド二人を後ろにつけて歩く。
「ムーガ。国王陛下は何と?」
エーティルが前を歩く男にだけ聞こえる声を出す。エーティルの目配せで国王陛下へ報告に行き指示を持ってきた男ムーガは国王陛下がエーティルに与えた精鋭部隊の一人で秘書を兼ねている。そういう経緯があるので国王陛下からの伝言の伝達係ができるのである。
ムーガは目線は前のままで頭を少し後ろへ向けた。
「王家の慣わし通りにするそうです」
「そう。国王陛下はラオルド殿下にご期待なされていらっしゃったから覆されてしまうかと思ったわ」
「それは公爵様が断固反対されるでしょう。公爵様は再三に渡りあの女について苦言を呈しておりましたから」
ラオルドが最近ウェルシェを侍らせており自身の立場を理解していないのではという話は何度も出ていた。エーティルの父親である公爵は特に嫌そうな顔も隠さずに国王陛下へ直談判している。公爵にとって娘のエーティルが蔑ろにされるなど許されることではない。
エーティルが少し俯いた。
「そうね。お父様なら覆させるなどありえないわね。
はぁ。カスタードプリン……」
エーティルは厨房がある方を切なげに見る。
「プッ! エーティル様はこのような状況でも緊張感無しですね」
「だって、わたくしがこのことの結末について何か決められるわけではないですもの」
ムーガは優しい目で頷いた。
「後程執務室へお持ちします」
ムーガとメイドはエーティルの巡察の目的を知る数少ない者たちだ。ムーガの視線命令でメイドの一人が厨房へ向かった。
エーティルが扉を出ると衛兵がそれを閉める。
ラオルドやムーガが出入りしていた扉の先には少人数会議室や貴族用裁判室、王家に連なる者の執務室があり、さらにその奥に王宮へ続く廊下となっている。
その扉を使える者は数限られているということだ。
その数少ない者でもないのにその扉を使うのは裁判にかけられる貴族の者たちだけ。それをわかっている側近の青年ドリテンとソナハスの二人は青い顔で震えながら歩く。
彼らは側近であるがまだ正式には認められておらず、ラオルドと仕事をするときはラオルドが彼らの仕事場となる部屋へ赴いていたため普段はこの扉を使っていない。




