42 父親「娘を騎士にさせたくない」
ヴィエナへの返事を曖昧にしたムーガはヴィエナが寝静まるとそっと家を後にする。
そして王城内にあるカティドの部屋に赴いた。
『こんな時間に奇襲ってやめてくれよぉ』
カティドはそうは思いながらも扉を開けないという選択肢はない。
カティドがドアを開けると木箱を肩に担いだムーガがいた。
「これで勘弁してくれ」
「あぁ。迷惑かもっていうのはわかってくれてるんすね」
「すまんな」
ムーガが一歩踏み出すとカティドはドアを開いて招き入れた。
どちらも口を開かずワインを三本ほど空けた頃、ムーガが話を始めた。
「ヴィーが騎士団に入りたいらしい」
「まあ、そうでしょうねぇ」
驚きもしないカティドにムーガが驚愕の顔をしてそれを見たカティドが呆れたと眉を寄せた。
「そりゃそうでしょうよ。あれほど皆に構われて楽しそうじゃないっすか。
それに最近では剣で遊ぶこともやってますよ」
「なんだとっ!」
「隊長に知られたら怒られるからって隊長が留守の時にやってるんすよ」
「反対するに決まっているっ! ヴィーは女のコだぞっ!」
「うちには女性騎士は何人もいますよ。リタを男爵家から預かったのは八歳。今のヴィエナより下です」
女性は体格が小さいので俊敏性やテクニックを重要視するため幼い頃から鍛錬することが良いとされていた。
「リタのご両親ご家族に申し訳ないことをした」
リタがムーガたちに付いていきたいと行った時の家族の顔を思い浮かべムーガは俯く。
「でも隊長はリタの気持ちを優先させてあげたのでしょう?
それならヴィエナにもそうしてあげてくださいよ」
「…………だが……」
ムーガはグラスに残るワインを一気に飲み干し再びなみなみと注ぎカティドのグラスにも溢れる間近まで注いだ。
カティドはグラスを持ち上げることもできず口を近づけて一口飲んだ。
「せっかくの旨いワインなんですから上品に飲ませてくださいよ。これじゃ犬じゃないですか」
「これだけあるんだ。好きなように飲んだらいいだろう」
ムーガが自分のグラスを持ち上げると溢れそうだったワインがテーブルに溢れるがそんなことは構わずに口に運んだ。
「こんな高級ワイン、勿体なくてそんな飲み方できませんよ。隊長ってそういうところはボンボンですよね」
『ガチャン!』
ムーガが荒々しくグラスを置くのと同時にカティドは気にせずという風にグラスを持ち上げて口にした。
「旨いなぁ。何本飲んでも飽きないってすごいですねぇ」
グラスを置いて食堂で適当に作ってもらったツマミを食べる。
ムーガはそれを恨めしげに見ていた。
「俺を坊っちゃん扱いするな」
怒鳴るではないが新人なら姿勢を正すほどの迫力で睨んだ。
「ふーん。やっぱり気にしてるんすね」
「何をだっ」
「侯爵家の三男ってことですよ。だからヴィエナを養子にしないのでしょう?」
睨んでも怯まず嫌味を言うカティドに対してムーガが眉間にシワを寄せて口をヘの字にする。
「中年の拗ねる顔……。見たくないんすけど」
「中年って言うな。俺はまだ三十一だっ!」
「十歳の娘を持っている時点で中年でいいでしょう? あ、娘にしてないんでしたっけ?」
そこここに嫌味を挟むカティドはどうやらムーガのヴィエナに対する対応が気に入らないようだ。
「俺は腐っても侯爵家の人間だ。ヴィエナを俺の娘にしたらここぞとばかりにハイエナが群がる。そんなバカバカしい社交界の渦にヴィエナを巻き込みたくない」
「そんなもんなんすかね。子爵家の俺にはわかんないっすね。
その口調が悪いのも半分はわざとでしょう?」
今度はカティドがイライラをぶつけるようにワインを呷る。
「商人のフリをしているうちにこれが普通になったっ!」
「ぷっ! 無理していた頃のしゃべりはチグハグでしたもんね」
リタを迎えた頃のムーガの口調はよく部下たちに笑われていたのだ。
ムーガはカティドに視線を向けずにワインをビンごと口にした。
「ああ。もったいない。
その侯爵家ってやつから隊長が守ってやれば済むんじゃないんですか?」
「女性の世界はそんな簡単な話じゃない。それに……」
「もしかして他からヴィエナの養子の話を強いられそうになったんですか?」
ムーガが嫌嫌頷く。




