29 ピンクさん『カスタードプリン…美味しい』
ピンクさんを演技し芋虫のように裁判室の隅に転がされたヴィエナは休憩時間にメイド部屋へとエーティルに指示をされたことに心の中で喜んだ。偽とはいえ仮に牢屋へ入ると思っていたが全てを知るエーティルはさりげなくメイド部屋を指示した。
だが第三師団第二部隊小隊の小隊長がニヤニヤしながら近寄って来たときには寒気が走ったのはその小隊長がとにかくおふざけが大好きなのをよぉく知っているからだ。
必死になって小隊長の後ろにいる隊員に目で助けを求めたが、皆『あきらめろぉ』と首を横に振るばかりであった。
さすがに足の拘束が取られ歩くのだろうと思っていたヴィエナだったが小隊長はヒョイッとヴィエナを肩に担いだ。あまりの恥辱にウーウー言いながら暴れたが『やかましい!』と頭を叩かれガックリと弛緩する。
まるで荷物のように担がれたまま廊下を進むと時折目が合う衛兵をしている第三師団第二部隊の隊員が哀れな動物を見るような目をして口元は困ったように笑む顔を見ては睨んだり泣き顔をしたり首を振ったりしたが誰も手は差し伸べてくれなかった。
小隊長のおふざけが自分に回ってきては迷惑千万であるからだ。
用意されていたメイド部屋に入るとヴィエナはベッドの上に投げられた。ヴィエナが頭を上げると嬉しそうに笑う小隊長とその後ろには困惑した笑顔の女性隊員が二人。
「よぉし! ヴィエナ! ここからは訓練だ! 自力でその拘束をとけ」
『第三師団第二部隊の隊員がしたキッツキッツの拘束を? 私一人で??』
「飯はここ。着替えはそこ」
テーブルの上に並ぶ水の入ったコップとソースのかかったハム料理の乗った皿、そして椅子の上を指さした。
「もし拘束が取れていたら豪華なディナー!
取れてなかったらこいつらがパンを食わせてくれる。じゃあ、また後でな」
額にチャッと手を当てて小隊長はにこやかに出て行った。
「ヴィー、今の小隊長の言はヒントだよ。後でまた来るね」
『えーー! やだぁ! 食べ物無駄にしたくなーい!』
ヴィエナは散々悩んだが最後は仕方なくテーブルにタックルしてコップと皿を割った。その欠片を利用してなんとかかんとかロープを切った。いくら刃物らしきものを持っても数センチしか動かない手でロープを切るのは至難の業であった。
「まっじっ疲れた! ここまで用意するってほっんと性格悪いわぁ!」
ヴィエナは料理を被り汚れた服を着替えて床に散らばった料理を片付けながら毒づいたが夕食は本当に豪華だったのでなんとか溜飲を下げたのだった。
「小隊長! デザートがないですっ!」
「わかったわかった。今回の任務はお前あってこそだ。俺からのサービスなっ」
ガハガハと笑いながら自らデザートを食堂へ取りに行ってくれる小隊長を憎みきれないヴィエナなのだった。
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「あいつの親心だ。汲んでやれ」
ムーガは小隊長の喜々とした顔を思い浮かべたがヴィエナの膨れっ面に必死に笑いを堪える。
「違いますっ! イタズラ小僧なんですっ!」
「ブハッ!! ワーハッハッハッ」
十七歳の少女にいたずら小僧と言われた二十五歳になる小隊長を思うと我慢がきかずに吹き出し笑いしてしまう。あまりにムーガが笑うのでヴィエナも怒っていることがバカバカしくなった。
「カスタードプリンは美味しかったからいいんですけどね。
さすがエーティル様のオススメプリンです」
「そうか。美味かったか」
「はいっ!」
「それはリタが取っておいてくれと厨房に言ったらしいぞ」
「………………リタ姉ぇ」
ヴィエナは顔を上げて青い空を見てリタの笑顔を思い描いた。
「えっ! ならリタ姉に感謝すべきで小隊長はやっぱりダメダメじゃないですかっ!」
「違いないっ! わっはっは」
ムーガは腹をかかえて笑っていた。
二人は背後を気にしながら平民として怪しまれないスピードで少し遠回りしながら馬車を進めていく。馬車自体は罪人用でボロボロのものなので平民にしか見えない。
夕方よりだいぶ前に到着した隠れ家の手前の町で早目の夕食を取り数日分の食料を買って再び馭者台に乗り込んだ。
明日は再び『転』です!
お楽しみにしていただけますと嬉しいです。




