24 第一王子元側近たち『『公爵家の指導は厳しいですぅ』』
エーティルは固まっているキリアを見てスッと立ち上がる。
『キリア殿下にも考えるお時間が必要よね』
「わたくしの戯言です。あまりお気に留めなくても問題ありません。
わたくしはそろそろ帰宅いたします。次回の参内は父上と相談して決めますのでご了承くださいませ」
エーティルはカーテシーをして俯くキリアの返事を待たずに退室した。
扉の外にはサナとリタとコークレルが待っておりコークレルはエーティルに頭を一つ下げると部屋へ戻り扉を閉めた。
エーティルはサナを前にリタを後ろにつかせて歩き出す。
「このヒントでキリア殿下がご理解いただけるといいのだけど」
「キリア殿下でしたら大丈夫かと思われます」
「そうね」
エーティルはそのまま馬車寄せへ行き公爵邸へ帰っていった。
それから一週間。とある公爵邸の図書室で執事長と思われる者が新人の執事のような格好をした男二人の指導をしていた。
「明日までにこれとこれを読破しなさい。これらには我が国の歴史と王族に纏わる決まり事が書かれています」
「ふぇぇ」「無理ですぅ」
「端から端まで読めとはいいませんよ」
「「いいのですかっ?」」
「ええ。王族に仕える者なら必ず学んでいるべきことですのでお二人でしたら斜め読みで十分でございましょう」
「はへ?」「ほへ?」
「明日の午後からこれらについて筆記試験を行います。九割の正解でなければ書き取りです」
「「ひゃあぁぁぁ」」
「エーティル様とブランジッド様は十歳で満点をお取りになりました」
ブランジッドはエーティルの五つ下の弟で次期公爵の予定であり現在十四歳である。今指導されている二人はラオルドの元側近ドリテンとソナハスであり、二人はラオルドより四つ年上の二十四歳だ。
この二人はこの先何十冊という本の書き取りを課せられることになっていく。
二人が初級文官試験にも不合格で武術もできないことは王城中に知れ渡ってしまった。ということは全貴族家に知れ渡ってしまった。
そのような状況で一年間王城で再教育をしたとしても王城勤務ができるとは思えないと心配したエーティルは二人を引き取ることにしたのだった。
公爵家当主と侯爵家当主は渋っていたが本人たちが周りの視線に耐えられずエーティルにお世話になることを決めた。
こうして二人がエーティルの公爵邸に到着した二日後、自警団演習場に変声期を迎えたばかりの可愛らしい男の子の声が響いていた。
「ねぇ? 君たちやる気ある? 演習場十周できない体力で王子殿下のお手伝いや視察の同行や鍛錬の付き合いができていたの?」
ブランジッドは腰に手を当てて仁王立ちで自分より余程背の高い二人を睨みつける。
「それは他の者が」
「他の者がって! なら君たちのお仕事は何? そうやって他人任せにするからここに来ることになったんでしょう? 側近を名乗るならそれくらいは他人任せにしないでこなそうよ」
「ですが……」
「言い訳はここでの鍛錬ができるようになってから姉様に言って。僕だって姉様の頼みじゃなかったら君たちのおもりなんてしたくないんだから」
できるようになってもエーティルに意見できるとは思えないドリテンとソナハスは暗鬱な気持ちになる。そんなものは無視してブランジッドは話を進める。
「僕より足が長い分演習場十周を僕より早く走れるはず。そのようになるまで毎朝走り込みね。
ベン。毎朝この人たちを起こしに行ってね」
「坊っちゃん。わかりました。でも今朝もなかなか起きなかったと隊のやつらから報告が来ていますよ」
ベンと呼ばれた自警団の団長は目尻を引き攣らせた。隊では二人の扱いがまだ浸透しておらず遠慮がある。
「水でもかければ起きるんじゃない? その日の夜は水布団で寝なきゃならなくなるけどね」
「「ひゃい?」」
「え? それともビンタで起こされたいの?」
片眉を上げながら聞くブランジッドに二人は泣き顔になってブンブンと横に首を振った。
「今、『何でこんなことになっちゃったんだ』って思ったでしょう?」
「「っ!」」
「君たち本当に他責思考だね」
「「はぁ??」」
「ねぇ? 本当に勉強してる?
他責思考! すべてを人の責任にする人のこと。
君たちが勉強してないのは君たちの責任。
君たちが武術の基本もできていないのは君たちの責任。
君たちが起きられないのは君たちの責任。
君たちがここに居させられるのは君たちの責任なの。
君たちはずっとずっと自分以外のせいにしてきたんだね。
社会が厳しいせい。朝が早いせい。勉強が難しいせい」
二人はかなり年下のブランジットの言葉に気圧される。
「さっきも『他の者が』って言ったよね?
他の者がやらないせいじゃないよ。君たちが仕事に見合う努力をしなかったせいなの。
布団に水をかけられるのもビンタされるのも朝が早いからじゃないし、起こしに来る者がいるからじゃない。君たちが起きられないせいだから」
ブランジットは両手を腰に置いて見上げているし声も荒らげていないが迫力があり二人よりずっとずっと大人だった。




