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 わたしは、もともと走ることが、得意ではなかった。自分の荒い息遣いが聞こえる。肩が上がり、上手く肺に空気を送り込むことができない。


 息が苦しい。そろそろ限界だ。


 隣を走っていた日向(ひなた)も、かなり辛そうに見える。お互いに限界が近い、どちらかが()を上げるのは、時間の問題だった。


 すると、わたしの視界に、()()()()が映った。

 あっと声を上げそうになる気持ちを、懸命に抑える。なんとかなるかもしれない。もう一度、頭の中で反芻する。わたしは今置かれた状況を、冷静に分析した。


 実技試験(テスト)では、勝率によって点数が決められる。試験は何回かに()けられ、合計した点数が低かったチーム。つまり赤点を取ったチームには、先生の指導の元、後で補習の授業を受けることになっていた。


 ペアは二人一組で、男女問わず、学問と実技の成績によって、振り分けられる。チームによっては、男子と男子、女子と女子というチームになることもある。そこは、うまくバランスを取って振り分けられるらしい。


 わたしと日向(ひなた)のチームは、成績は、それほど悪くなかったが、お互いの()りが合わず試験中でも喧嘩することが多かった。対戦相手からは、また痴話喧嘩(ちわげんか)が始まったなどと()われ、頭に血が上ったわたしたちは、片方が突っ込み、または暴走して負けることが多かった。そんなわたしと日向は、補習(ほしゅう)の常連でもある。


 この試験は、赤点を回避する大事な一戦でもあった。もう(あと)がないわたしたちは、負けるとこが(ゆる)されない。次、赤点を取れば、留年させられる可能性がある。この前の補習で、先生がそんなことを(ほの)めかしていたのだ。


 生唾を飲み込む。もう、あとがない……。


 試験は、森の中で行われていた。校舎が建てられているのが山の奥ということもあって、敷地は広く、試験は森の中で行われることが多い。


日向(ひなた)。わたしに考えがある。少しの間、時間を稼ぐから、日向は、その隙に能力を使って」


「でも、どうやって……!」


「アレを使うの」


 前方にある、古い井戸を指差した。


「井戸? あれを……何に。いや……待てよ。そういうことか!」


 わたしの考えは、すぐさま、日向に伝わった。

 お互いに悪知恵が働くためか、ほとんど以心伝心で理解するとこができた。


「よし! 六十秒だ! それだけ時間を稼いでくれたら、僕がなんとかする」


「長すぎる。三十秒よ。それ以上は、わたしの集中力がもたない」


「わかった……。だけど、失敗するなよ」


「誰に言ってるのよ。これでも、巫女見習いなのよ!」


 すばやく目で合図を送り合う。井戸との距離が、五メートルに近づいたとき、日向が叫んだ。


「やれ!」


 わたしは、心の中で呪文を唱える。

 すると、井戸から水が()き出した。両手で水を(すく)い上げるイメージを(つく)ったのだ。そして、すぐさま、風を起こし、水を右に回すイメージに変える。高速で回転させることで、即席の渦ができた。水柱(すいちゅう)を宙に浮かせ自在に操る。

 

 それを、火の球にぶつける。


 火の球は、渦の中にのみ込まれ、虚しい音を立てて消失(しょうしつ)した。


「くそう! あんなのありかよ!」


 向こうのチームが、吠えた。


「こっちもだ! ありったけの、火力をぶつけて! 蒸発させろ!」


 すぐさま、炎の使い手は、野球ボールくらいの火の球を作り出した。その周りに薄い膜のような風を纏わせ、みるみると大きく成長する。その大きは、さっきの数倍近くはあった。


 それは文字通り、太陽だった。


 出鱈目(でたらめ)なフォームで、こちらに向かって投げてくる。

 太陽と、渦が衝突した。

 勢いは向こうの太陽が勝り、渦は煙を上げ、徐々に弱まっていく。


「うっ、こ。これ以上は、もたない……!」


「いや、十分だ……。あとは、僕がやる」


 日向が前に出た。その横には二匹の白犬を連れていた。精霊だ。一見(いっけん)、柴犬にも見えるその精霊は、体から放射状の青い稲妻が走っていた。警告するように、バチッと火花が飛び散る。


 次の瞬間、耳の垂れ下がった白犬が、稲妻が伝う速度で消えた。あっと思ったときには、鋭利な刃物のような(ツメ)で太陽を真っ二つに切り裂いていた。

 

 ぽかんと口が開く。これはやばいと悟ったのか、向こうのチームは、あたふたしだした。


 わたしは頃合いを見て、渦を解除する。舞い上がった水は雨となって向こうのチームに降り注いだ。


 向こうのチームは、はっとする。


「ちょ、待て!」


「終わりだ」


 日向の、冷たい声音が響いた。

 それを合図に耳の尖った白犬が動く。体に(たくわ)えた電気を放出した。青白い光が見える、一瞬遅れて、地響(じひび)きのような轟音が耳の鼓膜(こまく)を叩いた。


 水は電気をよく通す。二人は、感電して、そのまま意識を失った。かなりの威力が出ていたにも関わらず、二人の服は焦げていなかった。おそらく日向が、元の威力を調節したのだろう。さすがは雷のスペシャリストと言える。わたしだったら、きっと、丸焦げにしていたことだろう。


「やったな!」

「うん!」


 わたしたちは、その場でハイタッチを交わした。


「そこまで」


 試合を見ていた。浅野(あさの)先生が言った。


「お互い。よくベストを尽くしましたね」


「はい!」と、二人同時に返事する。

 

 浅野先生は、満面の笑みを浮かべていた。

ここまで読んでくれたあなたに感謝します。

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