第145話 気持ちが悪い記憶
狂気は理性を奪う───
それから私はお姉ちゃんの代わりに研究を
熟していった。
お姉ちゃんの為・・・そう思えば思うほど、研究も不思議と辛いと感じる事もなく、逆に現状を忘れさせ、没頭する事ができた。
昔から私は勉強といものをあまり苦にする事は無かった・・・しかも、化学はどちらかと言えば、得意の部類に入るだろう。
そのお陰か、私はお姉ちゃんの研究を手伝う事ができ、研究は順調に進んでいった・・・
勿論、研究だけではなく、私の本来の仕事である殺しもこなしていく。
研究の最中にもターゲットの情報が入れば、殺しに行った・・・
度々、着替えるのが面倒だから白衣を着用しながら、暗殺へと赴いた事があった。
その所為か私の事を『白衣の死神』と呼ばれる様になっていった・・・
オベロンは「二つ名があった方が我が組織も箔が付く」などと、言っていたが・・・正直、私にはどうでも良い事だ。
私が人を殺すのは組織の為でもなければ、オベロンの為でもない。
お姉ちゃんに何不自由の無い日常を送ってもらいたい・・・それだけ・・・ただそれだけ・・・
────それから更に1年が経った・・・
お姉ちゃんとはもう長い事会っていない・・・と言っても、対面で話していないだけで、最近は言葉を交わす事ができる様にはなった。
壁越しで姿は見えず、マイク越しで声を聞くだけだけど、それでも私は嬉しかった。
会話の内容としては「今日も元気?」や「ご飯は食べてる?」などの他愛の無い事ばかりだけど・・・ でも、お姉ちゃんと会話を交わせるだけで私は十分だった。
お姉ちゃんが元気になってきたんだと分かるからだ。
少し気になる点があるとするならば、マイクの音が時々ノイズが混じったり、少し聞き取りにくかったり多々あった。
まあ、少し古いタイプのマイクだからと言えばそうだけど・・・でも、何とも言えない違和感が心を支配する・・・
気の所為・・・と思うけど・・・
そんな毎日が・・・お姉ちゃんと会話を交わせるだけで、私は幸せだった。
・・・いや、これはただの作られた幸せだ・・・オベロンの掌に踊らされているだけの偽りの幸せだ。
こんな生活を続けていても、本当の幸せを手にする事なんて不可能だ。
数多くの人間を殺害し、その家族が絶望の地の底に沈むのを何度も見てきたが、私は何とも思わない、響きもしない。
全身は勿論、心までも血に染まりきった私が今更人並みの幸せを望もうとは思わない。
だが、お姉ちゃんは別だ。
お姉ちゃんだけは・・・綺麗なままで、幸せに生きいてほしい。
穢れまくった私がこの先もお姉ちゃんの側にいる事なんて出来ない・・・いや、あってはならない事。
だから、私はこの身が朽ちるまで・・・お姉ちゃんの幸せの為に尽くす!
「・・・ほーお、随分と素晴らしい決意に満ちた目をしているじゃないか、過去のお前は・・・何だ?これから何を引き起こそうとしているんだ?」
目の前に映る過去のシェリー(仮)を前にして、アザートは笑みを溢しながらシェリー(仮)に問う。
「・・・・・・」
しかし、シェリー(仮)からの返事は無い・・・先程まで懐かしいさに思いを馳せていたり、オベロンに冷ややかな言葉を漏らしていた彼女だが、一転、沈黙を貫いている。
表情が見えない・・・
「・・・おい、どうし───」
不審に思いながら、シェリー(仮)の方に視線を────
酷く怯えていた────
20XV年・・・
今日、私はお姉ちゃんと共に組織を抜け出す・・・
これは私が組織にスカウトされたその時から決めていた事だ。
この組織にいてはお姉ちゃんは幸せになる事は無い・・・絶対に。
だから、私は組織からお姉ちゃんを解放しようと決めた。
私は今日まで殺し屋の仕事をこなし、力をつけ続けてきた。
何度も修羅場を潜り抜けてきた・・・
何度も血反吐を吐き続けながら、私は殺し続けた・・・
何度も何度も・・・例えこの手が血に染まり、この身が穢れようとも耐え続けてきた・・・
誰にも賞賛される事の無い日々・・・でも、お姉ちゃんが幸せに生きられるなら、お姉ちゃんを救えるのなら・・・
私は幾らでも・・・何でも・・・できる!
昼────
この日、オベロンは月に一度ある定例会議に出席しており、館には居ない。
今がチャンスだ。
そう考えた私はゆっくりとお姉ちゃんのいる部屋へと向かう。
『駄目・・・お姉ちゃんの元には・・・』
お姉ちゃんと組織を抜ける・・・お姉ちゃんを幸せにできる・・・
そう考えただけで不思議と笑みが溢れてくる。
『行っちゃ駄目よ・・・そこに行っちゃあ・・・』
久しぶりにお姉ちゃんと会えるわね・・・お姉ちゃんは元気かな。
まぁ、マイク越しだと元気そうで心配ないけどね・・・
『止めて・・・アザート・・・私は見たくない』
着いたわね・・・さて、お姉ちゃん、大丈夫?元気?
「・・・元気よ、×××××こそ大丈夫?」
大丈夫よ、私なら心配しないで。
『アザート!早く止めて!!!早く!!!』
「そう・・・良かったわ・・・本当に良かった」
・・・お姉ちゃん?大丈夫?泣いてるの?
こんなに弱ってるお姉ちゃん・・・今まで見た事ない・・・
お姉ちゃんは・・・私が知ってるお姉ちゃんはいつも元気で、優しくて・・・ そのお姉ちゃんがこんなに・・・
こんなに・・・
『アザート!!!』
「大丈夫よ・・・でも、そうね・・・少しだけ・・・疲れてるわ・・・×××××、来てくれて・・・ありがとね」
私を頼ってくれてるなんて!!!
過去の映像に映るシェリー(仮)の表情はまるで狂気を孕んでいるかの様な笑みをしていた。
・・・お姉ちゃんが私を頼ってくれてる・・・そんな事今までなかった・・・
そんなお姉ちゃんが今、私を頼ろうとしてくれている・・・
何?この感覚・・・今まで感じた事のない快感が私の身体を支配する・・・
気付けば、私の口の端は吊り上がり、笑顔になっていた。
「で、何か用があるの・・・×××××?」
え?・・・用?・・・用は何だったかしら?
ああ・・・お姉ちゃんと一緒に組織を抜け出すんだったわね・・・
「・・・×××××?」
「何でも無いわ・・・ただ、お姉ちゃんと話したかっただけよ」
まだ・・・で良いわね?
まだ助ける必要ないわよね?
この得もいえない快感・・・もう少し味わいたいわ。
お姉ちゃんが私を頼ってくれる快感を・・・もっと・・・もっと・・・
ニィィィィ
次回投稿は来週の金曜日になります。
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