第141話 『堕とし子』の真髄
前回『堕とし子』が登場したのは77話・・・
投稿日が2022年12月21日。
温めに温め抜いたアザートの第二の能力
アザートの能力『堕とし子』・・・
アザートが使用する第二の能力、それは恐怖の具現化する精神汚染攻撃だ。
発動条件は対象のDNAを持つ物質に触れ、「堕とし子」と唱える。
前回発動した時は血に触れて発動、今回はシェリー(仮)の髪に触れて発動させた。
※前回・・・『7章 黒と銀の処刑人 第77話 参照』
発動と同時に2段階に分かれた攻撃が敵に開始される。
1段階目として、全ての敵に相対出来るであろう広義的な攻撃・・・触れた相手だけでなく、周囲にいる者にも不快、嫌悪感、恐怖を与える、言わば『無差別攻撃』が開始される。
具現化されるのは大量の蟲の集合体・・・蟻、団子虫、亀虫、蛾、百足、蚰蜒、蜘蛛、蜚蠊・・・etc
それらが一斉に無から生成される。
断っておくが、これはアザートが生成したモノであり、幻影である。
本当に存在している訳ではない・・・しかし、その見た目、臭い、感触は実在する蟲のソレだ。
その見た目、臭い、感触から本能的に嫌悪してしまう蟲の集合体が無数に出現させる・・・
これが1段階目の攻撃だ。
そして、時が経つ・・・能力発動対象の個人差はあるが、発動開始から約1分後・・・
2段階目へと移行が開始される。
2段階目は先程のように無差別な攻撃ではなく、対象者のみに作用する。
対象者の深層心理を読み取り、隠してきた最も心理的に強い負荷となった出来事・・・つまり、トラウマを顕現させる。
対象者は恐怖し、震え、泣き叫び、発狂する・・・ その心理的負荷は計り知れない。
そして、2段階目突入から約3分後に対象者の精神は完全に破壊され、最後は顕現されたトラウマに飲み込まれ、消えてしまう。
それが『堕とし子』の能力である。
この能力は発動されたら最後、回避不可能・・・いや、回避するという選択肢すら選べない精神状態へと陥る。
唯一の対処法として、この能力は精神に直接作用する為、対象者の心が折れない限りは発動されない。
つまり、対象者が能力発動中に恐怖やトラウマを克服すれば、この能力は効果を発揮しないのだ。
ただこの能力を対処できるであろう者など1人を除いていない。
ニャルラであってもこの能力を受ければ、死ぬ事はなくとも、それに近い状態にまで追い込まれる事だろう。
ならば、「発動されなければいいではないか?」と、問われてしまうかもしれない。
しかし、それも難しいだろう。
この能力の発動条件をもう一度、見てもらいたい。
『発動条件は対象のDNAを持つ物質に触れ、「堕とし子」と唱える』
簡単に言えば、『対象のDNAを持つ物質に触れる事』・・・これが条件だ。
そう、この能力・・・『黒獣』以上に厄介な性質を持つ能力である。
『堕とし子』を防ぐ為には、アザートに触れられてはいけないのだ。
つまり、アザートの素手による攻撃を完璧に、完全に、避けながら戦わなければならない。
触れられてしまえば即終了となってしまうから。
だが、あいにくアザートは基本遠距離で戦い、更にこの能力での勝利があまり好まない。
故に、余程の事がない限り、この能力は戦闘中には発動されないという事だ。
これがアザートの持つ『堕とし子』の能力である────
表向きとしては、だ。
ニャルラやヨグが知っているのはここまで。
この能力の本当の力は『恐怖の具現化』・・・ではない。
それはニャルラとヨグがそう勘違いしているだけに過ぎない・・・いや、側から見れば、そう思われても仕方がないかもしれない。
『堕とし子』の真の能力・・・それは『対象者の深層心理に入り込む』能力だ。
何故アザートは対象のトラウマを顕現させる事ができるのか?
ニャルラは読み取っているからだ、と考えているが、本質は違う。
読み取るのではなく、アザート自身がその目で見る事で顕現させていたのだ。
対象の心理に入り込み、トラウマを直接見てから顕現するまで現実世界で1秒も経過していないのだ。
故にニャルラは読み取っているのだと誤解している・・・
デメリットとしてアザートはトラウマを見るまでに数十分から数時間が経過しているように感じてしまう・・・
これがアザートがこの能力を好まない理由だ。
アザートとしては普通に殺した方が時間もかからず、楽だから使用しないのだ。
だが、アザートはシェリー(仮)にこの能力を使用した。
それはシェリー(仮)が想像以上に強敵であったからとも言える。
しかし最大の要因としては『シェリー(仮)を殺さずに生かす』からである。
そして、この能力の真髄はこの状況にこそ光る・・・
◆
アザートが目を開けると、公園にいた・・・
光が差し込む綺麗な公園・・・昼過ぎあたりだろうか?
とても静かであり、暖かくもある。
「これがクトゥルの心理世界か・・・」
アザートがそう呟きながら、辺りを見渡すとベンチに小学生くらいの少女が1人座っていた。
シェリー(仮)の幼少期の姿であろうか・・・?
アザートはそう考えながらも、その少女にゆっくりと歩み寄っていく。
歩くたびにザッザッと砂の音がする。
そして・・・ アザートは少女の前に立つと、その少女はアザートを見上げるように顔を向けた。
「・・・私に何か用?」
子供であるにも関わらず、とても大人びた口調で話すシェリー(仮)。
幼少期から性格が変わってないのか・・・
アザートはそう考えながらも、シェリー(仮)に答える。
「まぁな、お前こそ何をしている?公園に1人でいるとは寂しい奴だな。友達にでも置いていかれたか?」
アザートがそう答えると、シェリー(仮)はムッとした表情を浮かべる。
「友達・・・私にはそんなの必要無いわね。1人でいる方が楽だもの・・・それに────
私にはお姉ちゃんがいるから・・・」
そう言葉を紡ぎ、優しい笑みを浮かべる・・・が、すぐにその笑みは消え去り、冷たい表情へと戻る。
「私からもいいかしら?小学生に話しかけるなんて、あなたロリコン?」
シェリー(仮)はそう言いながら、アザートに問いかける。
その目には笑みを浮かべ、アザートを見つめている。
「・・・なるほど、お前。俺を覚えているな?」
「・・・バレたみたいね。えぇ、アザート。見た目は子供で頭脳は大人・・・まるで漫画みたいね、あなたの能力かしら?」
「まぁな」
アザートはそう答えると、シェリー(仮)の隣に腰を降ろす。
「隣座っていいなんて言ってないわよ」
「そんなの知らん」
シェリー(仮)はアザートに冷たい言葉をかけるが、アザートは気にした様子も見せない・・・それが冗談である事を理解しているからだ。
「・・・で、本当に何かしら?私の記憶じゃあ、ニャルラさんって人・・・人じゃないわね。異形者と戦う最中にお姉ちゃんの所へ逃げた。そこまでの記憶はあるんだけれど・・・それ以上の事は知らないわ。あなたに捕まったのかしら?」
シェリー(仮)は自分自身が異形者になった事、ニャルラと再度戦った事、邪神化した事、アザートと戦った事・・・そして、姉の状態など全ての記憶が欠落していた。
しかし、記憶が無いことに対して狼狽える事はなかった・・・それは彼女の科学者によるものだろう。
「・・・そうだな、端的に言うとお前は異形者になった」
「・・・は?」
「異形者になった事でお前は理性を失い暴走状態になっている訳だ。現在進行形でな」
「ちょっと待ちなさい」
想像の斜め上を行くアザートの言葉に、シェリー(仮)は堪らず反論する。
「私が異形者?それに暴走状態?冗談も休み休み言いなさい。そもそも異形者は強い心理的ショックを受ける事で肉体が変貌するのよ。私はそんな覚えはないわ」
「記憶が無いのだろう?覚えている筈もあるまい」
「じゃあ、あなたが教えなさいよ?私が何故異形化したのか」
シェリー(仮)はそう言いながら、アザートに疑いの眼差しを向ける。
「そう睨むな。俺もお前が異形化した瞬間は見てない。俺が追いついた時には既に異形者になっていた、明確な理由など知らん」
「・・・そう(追いついた時には既になっていた?つまり、アザートは私を追いかけた・・・だったら、私が異形化したのはニャルラさんから逃げた後からお姉ちゃんに会うまでの間────)
────え?」
瞬間、シェリー(仮)の脳内に最悪の想定が浮かび上がる・・・
ニャルラとの戦いの際、殺される事を恐れたオベロンは館から逃げた。
それはまさにシェリー(仮)の姉を救い出すのに絶好のチャンスであった。
故にシェリー(仮)はニャルラとの戦闘で時間を稼ぎ、オベロンが館から完全に逃亡した時間を見計らって、戦闘を止めた。
全ては姉を助ける為に・・・
しかし、姉が居るであろう部屋に着いたあたり以降の記憶が無い・・・
「お姉ちゃんは!?お姉ちゃんは無事なの!?ねぇ!!!」
シェリー(仮)は突然声を荒げてそう叫ぶ。
その表情からは焦り、恐怖、不安・・・そして、絶望が読み取れた。
「さぁな、俺は言わん・・・知りたければ、自分の目で確かめたらどうだ?どうせ今からその目で見に行く事になるんだからな」
「見に行く・・・?どう言うことよ」
「言葉通りだ。俺の能力は他人の心理に入り込む事ができる。そして、今のこの空間はお前の心理世界だ。これから俺とお前はお前の幼少期から現在に至るまでの全てを垣間見る事になる。姉の現状・・・そして、お前が何故異形化したのかも知る事ができる」
アザートがそう言うと、シェリー(仮)は何かを言おうとしたが、それを飲み込む。
それは自分が異形化した理由を知りたいと思っている反面、知りたくないとも思っているからだ。
アザートの話が本当であるならば、自分が異形化した要因は間違いなく姉の身に何かが起きた事によるものだと容易に想像がつく。
それを知るという事はシェリー(仮)にとって、とても怖い事なのだ。
・・・だが、
「行くわ」
「ほう?」
「お姉ちゃんの現状を知る事ができるなら・・・私はそれを知りたい」
シェリー(仮)は覚悟を決めた表情でそう答えた。
そんなシェリー(仮)にアザートはニヤリと笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がる。
「・・・ならば、ついてこい」
アザートはそう言うと、シェリー(仮)に背を向けて歩き出す。
シェリー(仮)も立ち上がり、その背を追うように歩き出した・・・
次回投稿は日曜日になります。
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