第A話 異形者、破壊者、殲滅者
新規様へ
この話から読んで貰っても全然OKです!
舞台がユーラシア大陸って書いてたけど、よくよく考えたらユーラシア大陸の紙幣が$っておかしくない?
という訳で、ユーラシア大陸削除。
ええーと、みなさま…帰ってきました
それに伴い、大幅に修正をしました 2026年 3月31日
20XY年、×××××国……
大統領執務室には、場違いな「咀嚼音」だけが湿っぽく響いていた。
「……何者かが、大統領閣下の参加された集会を襲撃。閣下を含め、主要閣僚が拘束された、一時間前の出来事だ」
秘書の男は、額に浮いた脂汗を拭う余裕すらなく、目の前の「怪物」に縋っていた。
対面に座るピンク髪の女――ニャルラは、男の必死な報告など耳に入っていないかのように、銀皿に盛られた山盛りの肉料理を無心に突き崩している。
「クッチャ……、クチャ……」
「奴らの要求は一千万ドル。飲まねば……、飲まねば、一分ごとに人質の指を一本ずつ送ると……!」
「…………」
ニャルラは答えない。ただ、脂ぎったフォークを口に運び、恍惚とした表情で肉を噛みしめる。
「……我々が対応に苦慮していた折、貴女方がこの国に滞在していると知り、藁をも掴む思いで参りました! どうか、お力添えを────」
「……で?」
透き通るような、けれど鼓膜の裏を撫でるような不気味な声。
ニャルラがようやく顔を上げた。口端にソースをつけたまま、三日月のような笑みを浮かべる。
「なぜ、私たちが動く必要があるのかニャ? 貴方たちの国の王が、貴方たちの国の無能な警備のせいで攫われた。……なら、貴方たちが死に物狂いで取り返しに行けばいいじゃない?」
「そ、それは……! もしこれが、ただのテロならそうした! だが、情報が入ったのです。襲撃者は……人ならざる姿をしていた。『異形者』だと!」
「……ほぅ?」
ニャルラの瞳の奥で、朱色の光が微かに揺れた。
「我が国の大統領は、異形者を擁護してきました。『彼らも元は人間だ』と。その博愛精神が仇となり、我が国には対抗手段がない……! 異形者を狩るエキスパート、バリアントの……ニャルラ様! どうか、閣下を救い出してください!」
「…………もう、手は打ってあるわ。そろそろ、片が付く頃ニャ」
「え……!? 本当ですか!? 流石は……!」
歓喜に震える男の言葉を遮るように、短く無機質な電子音が鳴り響いた。通信だ。
ニャルラが画面を覗き込み、一瞬、呆れたように肩を竦める。
「ほーら、キタキタ……もしもし、アザート君? どう、終わったニャ? ……え? 何? 多分、失敗? ……連絡が来ない ……それは〜うん、失敗だね、うん じゃあ尻ぬぐいよろしく」
「あ、あの……何の話を……」
男の顔から血の気が引いていく。「失敗」という言葉の響きに。
「うん?ああ…心配しないで。全っ然、大丈夫だから!」
「どこがです!?失敗したとか聞こえましたけど!?大丈夫なんですか!?」
ニャルラは満面の笑みで男を宥める。
「私の部下の中でも、特に対異形のエキスパートを向かわせたわ。これで万事解決ニャ」
「その方は……一体、どんな方なんです?」
「名前はアザート君……そうだニャ~~?一言で言うなら────
────最恐ニャ」
─────
────
──
×××××国内 ×××××高原
乾いた銃声が、静謐な高原の空気を無残に引き裂いた。
ガガガガガッ、と。
肉を穿つ鈍い音と共に、黒服の護衛が一人、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
地面に広がる鮮血は、既に物言わぬ肉塊へと変わった四人の男たちのものと混ざり合い、不浄な水溜まりを作っていた。
「やっ……やめろ! もう、やめてくれ……!!」
縛られた手足で地面を這い、一人の男が絶叫する。
この国の頂点に立つはずの大統領は、今や泥に塗れ、涙と鼻水で顔を汚したただの老人に過ぎなかった。
「何故だって? そうだなぁ……八つ当たり、とでも言おうかな」
銃を弄ぶ男────ラミナは、下卑た笑みを浮かべて獲物を物色する。
その視線が、震える一人の少女で止まった。
「さぁて、次はそこのお嬢ちゃんだ!」
乱暴に髪を掴み、死体の山へと放り投げる。
黄土色の髪を散らし、地面に叩きつけられた。
「~~~~っ!!」
「やめろ! その子は関係ない、ただの観光客だ! 殺すなら私を殺せ!!」
大統領の必死の懇願を、ラミナは鼻で笑い飛ばす。
銃口が、ヨグの眉間に冷たく押し当てられた。
「悪いな、お嬢さん……レディーファーストって言葉、知ってるだろ?」
ニヤついた指が、引き金に力を込める。
「────待て。ラミナ、交渉人のお出ましのようだぜ」
側近が指差す先。
陽光を背負い、長い黒髪を風に遊ばせながら、一人の男が歩いてくる。
「チッ、運がいい奴め。おい! 動くな、そこで止まれ……貴様が交渉人か?」
「…………」
ラミナの問いかけに、男の反応はない。
ただ、ひたすら。男は歩みを刻むように、ラミナへと近づいてくるのみ。
「OKと受け取るぜ! 金を持ってゆっくり近づいて来い。妙な真似をしてみろ、この女の頭をブチ抜くからな!」
ラミナは、少女(?)の頭に銃口を押し当て、脅しをかけた。
少女は、生まれたての小鹿のようにガクガクと震えている。
これでは、無闇に近づくことなどできない。……少なくとも、普通の人間ならば。
しかし、ラミナの元へと近づくこの男には、そんな『普通』は存在しないようだった。
男は、事も無げに、信じられない言葉を発する。
「いいぞ。……そんな男女、さっさと脳天を貫いて殺せ」
「……え? ちょっ、ちょっ!! ええ!? アザートさん!? それは言い過ぎじゃありません!?」
震えていた者が、弾かれたように叫んだ。
「言い過ぎなことがあるか。お前はやはり使えないゴミだ。護衛も碌にできないなど……。どうせ、いつもの男恐怖症でも発動したのだろう」
「はい……。っていうか現在進行形で発動してます」
ヨグは、力なく笑いながら、震える足をアザートに見せつけた。
その、あまりにも場違いな空気に、ラミナの堪忍袋の緒が切れる。
「テメーら! さっきから何の訳わかんねぇ話をしてやがる!! もう我慢ならねぇ! こいつブッ殺してや─────」
─────ドバァァン!!!
瞬間、けたたましい銃声が周囲一帯に鳴り響いた。
しかし、火を噴いたのはラミナの銃ではない。
ではどこから……?
音の中心は、いつの間にか銀色の装飾銃を手にしていたアザートだった。
ならば、奴は一体どこを撃ったのか。
ラミナたちが混乱し、周囲を警戒した、その時。
ドサッ………
突然、ヨグが倒れた。
「テメー! 何勝手に動いてやが……る?」
ラミナの視線の先。
倒れ伏したヨグの黄土色の髪が、じわじわと禍々しい赤に染まりきっていく……溢れ出した、血の色で。
「あ、あ……貴方……! 何、やってんですか!! 仲間を撃ち殺して、どういうつもりですか!!」
大統領の喉から、戸惑いと怒りが混じり合った絶叫が漏れる。
だが、アザートはそれすら一顧だにせず、ラミナたちへと静かに歩み寄る。
「二つ言っておこう。……まず、ソイツは男だ。外観だけで判断すると痛い目を見るぞ。……そして二つ目だが。俺は政府の使いではない」
「何だと……!?」
「さて。これで五月蝿い邪魔者が一人消えたが……まだいるな、邪魔者」
ニィィィィィィ。
不気味な、三日月のような笑みがアザートの頬に刻まれる。
その直後……
─────ドバァァン!!!
有無を言わさぬ一撃が、テロリストの一人を真正面から撃ち抜いた。
着弾の瞬間、肉体が内側から爆発したかのように弾け飛ぶ。
数秒前まで「人間」の形を保っていたそれは、原型を留めぬ無残な肉塊へと成り果てた。
数秒の沈黙…
時が止まったかのように、誰もが、動けなかった。
「あ……う……あ……あ……」
「うああぁぁぁぅあぁぁ!!!」
「うあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぁぁぁぁぁあ!!!」
「殺せぇぇぇぇ!!!」
恐怖が限界を突破し、テロリストたちが狂ったように引き金を引き絞る。
乱射。高原の静寂をズタズタに切り裂く、鉄の雨。
しかし、当たらない。
一発として、その黒いコートに触れることすら叶わない。
アザートは、降り注ぐ弾丸の間を縫うように、緩やかに、それでいて神速の動きで死を撒き散らしていく。
彼が引き金を引くたびに、絶叫は短い断末魔へと変わり、鮮烈な赤が虚空を舞う。
「あ────っ」
「う────」
「─────が」
「───え────」
チャッ……、カッ……。
数秒後…
アザートは、何事もなかったかのように動きを止めた。
足元には、もはや名前も持たぬ「肉の破片」が、絨毯のように大地を覆い尽くしていた。
「────ッ!?」
ラミナは、一瞬の間に起きた蹂躙に呆然と立ち尽くす。
数秒前まで部下だった「肉塊」の山を、血の海を、ただ見つめることしかできない。
「これで邪魔者はすべていなくなったな。さて、そろそろ正体を表したらどうだ? 異形者……人間のふりも飽きてきただろう?」
アザートの冷徹な声が、凍りついた空気を切り裂く。
「……成程な、すべてお見通しというわけか。良いだろう。俺のジャマをスるなら、オ前も殺シテヤル」
ラミナの口角が、吊り上がった。
もはや人間の筋肉では不可能な角度まで裂けたその顔が、歓喜に震える。
直後。
グチャッ……グチャッグチョ……グチャグチャグチャグチャ――ッ!
内側から肉を食い破るような、不快な音が高原に響き渡った。
ラミナの皮膚が波打ち、裂け目から蠢く「触手」が溢れ出す。
全身から無数の「目玉」が生成され、粘着質な音を立てて開いた。
それらすべてが、ギョロッと一斉にアザートを視認する。
辛うじて人の形を保ってはいるが、それはもはや、この世の生物ではない。
負の感情の煮凝り─────異形。
「こっ……コイツ、異形者だったのか!?」
大統領の悲鳴が上がる。
だが、変貌を遂げたラミナは、もはや言葉を介する理性すら削ぎ落としていた。
「オレガコノ姿ニ成ッタ。モウ、貴様ハ俺ニ勝テナイ……死ネ!!!」
放射状に放たれた触手が、空気を引き裂きアザートへと肉薄する。
アザートはそれを、紙一重で回避した。
─────だが、
「馬鹿メ! コレデ終ワリダト思ッタカ!!!」
ラミナは既に、アザートの着地点を予測し、地面に予備の触手を展開させていた。
ゾブッ!!!
逃げ場のない空中で、鋭利な一閃がアザートの胴体を真っ向から両断した。
─────ドサッ
二つに斬り落とされた肉体が、別々の方向へと転がる。
断面からは留まることなく鮮血が噴き出し、熱を帯びた臓物が、ドクドクと不浄な地へと零れ落ちた。
誰の目から見ても、それは「死」そのものだった。
「フッ、出シャバルカラコウナルンダ。サテ、次ハ貴様ダ」
ラミナは、物言わぬ肉塊へと成り果てたアザートに背を向け、大統領をねめつけた。
「あっ……あっ……あぁぁぁぁ……」
「アイツガ出テクルマデ生カソウト思ッタガ……気ガ変ワッタ。恨ムンナラアノ男ヲ恨ミナ……死ネ─────」
ゾブッ!!!
空気を裂き、大統領の細い肉体を貫かんとした触手。
だが、その先端は、大統領の肌に触れる直前で無残に切り落とされた。
「────もー、本当にやめてくださいよ!? 撃つなら撃つって言ってくれないと……心臓に悪いです!」
声のした方へ、ラミナが、そして絶望の淵にいた大統領が視線を向ける。
「ヨグ君……生きていたのか……!?」
そこには、頭を撃ち抜かれたはずのヨグが、何食わぬ顔で立っていた。
鮮血に染まったはずの黄土色の髪を揺らし、その手には、自身の身長を遥かに上回る巨大な『鎌』を握りしめている。
「貴様……何故生キテイル……。イヤ、ソレヨリモ何ダ? ソノ手ニ持ッテイルモノハ……」
ラミナの思考が、一瞬だけ停止した。
「(いや!!これは、あの男が仕向けた罠だ。俺の精神を揺さぶる為の────)」
「なんだ、お前生きていたのか……。本気で殺そうと思っていたのだが……」
直ぐに冷静な思考へと立ち戻ろうとした、その刹那…あり得ない声が、高原の空気を震わせた。
あり得るはずがない、男の声。
「それ」は、真っ二つになったはずだった……
誰の目から見ても、生存の余地など欠片もないほどに、無残に両断されたはずだった。
ヨグ以外の全員が、その確信を抱いていたというのに。
しかし、声が聞こえる。
間違いなく、声が……
声のする方向へと、全員の視線が吸い寄せられる。
そこには、先程まで物言わぬ死体だったモノが転がっていた。
……チキッ……チキチキ……チキチキチキチキ……
シュウウウウウウウウウウウウウウウウ
シャアアアアアアアアアアア……
耳障りな音と白濁した蒸気が立ち昇り、分かたれていた肉が、磁石に引かれるように一つへと溶け合っていく。
ニィィィィッ
亀裂の消えた顔に、不吉な笑みが刻まれた。
完全に、再生したのだ。
「ナ……ナンダ……。何ダ貴様タチハ!!!」
ラミナの無数の目玉が、驚愕に激しく見開かれる。
その醜悪な表情を見据え、アザートは静かに問いかけた。
「何を驚くことがある。俺たちが何者か……それは、貴様が一番よく知っているだろう?」
アザートの言葉に、ラミナの脳裏を一つの確信が掠める。
「……異形者カ!?」
ニィィィィィィ
肯定だと言わんばかりに、アザートの口角が深く吊り上がった。
「……何故ダ!? ダトスルナラバ、何故邪魔ヲスル!? 同ジ、異形者ジャナイカ!?」
「同じ? ……ふざけないでください!」
ヨグが、大鎌の柄を強く握り直して叫ぶ。
「僕たちは貴方のように、身勝手に人を殺したりしない! ……まあ、アザートさんは知りませんが」
最後は、吐き捨てるような小声だった。
「……ハハハハハ! ソウカ、人間ヲ守ッテルッテワケカ……俺タチヲコンナ姿ニシタ人間ヲ!!!」
ラミナが狂ったように笑い、一瞬の隙を突いて大統領の細い首を鷲掴みにした。
アザートとヨグが直ちに銀の銃と大鎌を構える、が────
「動くな!!! 動くとこいつの頭を、熟した果実みたいに潰すぞ!!!」
ラミナの怒声に、高原の空気が凍りつく。
二人の動きが、ぴたりと止まった。
「お前ラ、ドウカシテルゾ!! お前ラダッテ、異形者ダロ!! ダッタラナンデ人間ナンカ守ッテンダヨ!!! ヲ前ラヤ俺ヲ、コンナ化け物ノ姿ニシタノハ、コイツラ人間ダロ!!!」
絶叫……それは、世界から見捨てられた者の呪詛だった。
「今の話からすると……貴方を異形化させたのは、そこにいる彼なんですか?」
ヨグが、鎌の刃越しに問いかける。
「ちっ……違う! 私は……知らん! 断じてそんなことは……!!」
大統領は、死の恐怖に震えながらも必死に無実を訴えた。
「アァ?コイツジャナイ 俺ヲ異形化サセタノハコイツジャナイ。コイツハタダノ人質ダ。『ボーマン』トイウ男ヲ誘キ出スタメノナ……」
ボーマン。
ラミナの口から漏れたその名は、重く、粘つくような響きを持って高原に落ちた。
この悲劇の元凶。異形を産み落とす、名も知らぬ男の影。
だが…
そんな緊迫した状況を、一歩の踏み込みが嘲笑う。
アザートが、死神の歩みを再開した。
「きっ……貴様ァ!! 聞いてなかったのか!! この男の頭をぶち撒け――」
「良いぞ」
静かな、あまりにも無機質な肯定。
アザートは、銀の装飾銃の銃口を、真っ直ぐに大統領とラミナに向けて固定した。
「「「!?」」」
その場にいた全員の思考が、アザートの肯定によって凍りついた。
「確かこの国では、『異形者とは敵対しない、人間と同じように扱う』……そうだったよな。『バケモノとは言え元は同じ人間じゃないか。私は異形者を救う』。……素晴らしいじゃないか」
ゆっくりと、死神の歩調で近づきながら、アザートは言葉を紡ぐ。
「恐らく大統領様はこう思っているはずだ。『私はどうなっても良い。この異形者のために死ぬなら本望だ』とな」
「なっ……私は……私はそんなこと思ってない!! こんな異形者などさっさと殺して私を助けろ!!!」
絶叫…
高原に、一瞬の静寂が訪れた。
ラミナが命を懸けて誘き出そうとした男が守っていたのは、これほどまでに浅ましく、醜悪な「本音」を隠し持った老人だったのだ。
「クックックックッ……。それでこそ、人間だ」
─────バァァァァァァァァン!!!
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ラミナの巨躯が、衝撃で地面をのたうち回る。
アザートの放った弾丸が、その腹部を正確に貫通していた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
噴き出す血を抑え、ラミナは必死に顔を上げた。
眼前に立つアザートが、その冷たい銀の銃口を、今度は眉間へと固定する。
「アザートさん……その、殺すんですか? 彼を」
ヨグが、震える声で制止をかけた。
「あぁ」
間髪入れず、短く。
「彼は、同胞ですよ……」
「……だから何だ」
「彼は、被害者かもしれないんですよ……!!」
「だから何だというのだ。俺たちの仕事は何だ? いちいち同胞だからと助けるのか? ……相変わらずの平和主義者だな、お前は」
アザートの瞳に、慈悲の色など一欠片も宿っていない。
ヨグも負けじと、食い下がる。
「じゃあ、彼と僕らとで、何が違うんですか! 彼と僕らは、何も違わない!!」
「あぁ、違わないな。……だが、決定的な違いがある。ニャルラの奴に教わらなかったか? 俺たちは『殺しを許可されている側』であり、こいつは『許可されていない側』に立っていることを」
「許可って……」
「俺よりも先に異形者になっておいて、まだ分かっていないとは。……お前はニャルラに甘やかされ過ぎだ」
突き放すような言葉。
そのやり取りを、地面に伏したラミナが、消え入るような声で遮った。
「……良インダ。……モウ、良イヨ」
悟ったのだ。
眼前の男は、自分と同じ「悲劇」を抱えながら、それをとうの昔に食い潰してここに立っているのだと。
「言い残すことは?」
「……悪リィ。……仇、取レナカッタ─────」
─────ドバァーーン!!!
二発目の轟鳴が、高原の空を震わせた。
────
───
──
「終わったニャ」
「えっ! 終わったって……解決したんですか?」
「さっき電話したよね? それ、切ってなかったニャ。だから、向こうがどうなってるかリアルタイムニャ~」
ニャルラは悪戯っぽく笑い、デスクに置いたスマホの画面を秘書に見せた。
「そうですか、本当にありがとうございます! 貴方たちのお陰で、大統領が死なずに済みましたよ! これに懲りて、少しは対策をしてくれたら良いのですが……」
「ニャハハハハ!!! ……ところで、少し君に聞きたいことがあるんだけど。いいかニャ?」
「えっ? まぁ、いいですけど……」
さっきまでの軽薄な態度が一変したことに、秘書は微かな動揺を見せる。だが、それを押し殺して了承した。
「良かった良かった! ここで断られたらどうしようかと思ってたニャ。いやー、実はこの国に来たのって、君に話があってね」
「ほーう、ニャルラさんが私に会いに来てくれていたなんて知りませんでした! 私に出来ることなら是非仰ってください!」
秘書はどこか安堵したように、ニャルラの向かいにある椅子へと深く腰を下ろした。
「じゃあ、早速……。『ラミナ』って方、ご存知?」
ピクッ。
秘書の眉が、微かに跳ねた。
「…………誰ですか、それは」
「貴方と同い年の方でね。この家族に頼まれたの。最近、その方と妹さんとが連絡を取れていないって」
「…………物騒ですね。もしかして、異形者に殺されたとかじゃないですか?」
「そうかもしれないニャ~」
数秒…
重苦しい沈黙が、豪華な執務室を支配する。
耐えかねたように、先に口を開いたのは秘書だった。
「……何ですか? 私を疑っているんですか? 第一、ラミナなんて男、知らない――」
「およ? 私、男なんて一言も言ってないけど」
ニャルラが、フォークを置いて三日月のように目を細めた。
「普通、『ラミナ』なんて聞くと女性をイメージされると思うけど。実際、私はそう思っていたし……まぁこういう考えはよくないと思うけどね」
「……何が……言いたいんですか?」
「ゴメンゴメン……。ところで君、名前なんだっけ?」
「……ボー……マンだ」
「ありがとう。これで最後の情報も揃ったニャ……。君がラミナの妹を殺して、ラミナを異形化させた」
ガチャッ!
ニャルラが言い終わるや否や、背後のカーテンや影から黒服の男たちが一斉に姿を現した。
十数本の銃口が、無防備に座るピンク髪の女へと向けられる。
「……残念ですよ、ニャルラさん。貴女方とは、良いビジネスパートナーになれたかと思っていましたけどね」
「その口ぶりからすると、本当のようね」
死を突きつけられながらも、ニャルラの声には微かな揺らぎすら存在しない。
「あぁ。あの女……俺の女にならないばかりか、俺に舐めた態度を取りやがったからな。だから、アイツの目の前で……犯し殺してやったんだよ」
ボーマンは、隠しきれない愉悦を滲ませて語り続ける。
「アイツも殺したかと思っていたが、異形化していたとはな。死んだのをちゃんと確認すれば良かった……。まぁ、今となってはどうでもいいことだが」
その瞬間、ニャルラの顔から、先ほどまでの「ふざけた笑み」が完全に消失した。
「おっと、変な気を起こすなよ。いくら化け物を相手取っているアンタとはいえ、俺の合図一つで蜂の巣だ。秘密を知ったからには生かしてはおけない……。だが、アンタは顔もスタイルも良い。とても良い女だ。俺の女になるなら、生かしてやっても――」
「……ニャハハハハハハハハハハ!!!」
唐突に。
執務室の空気を震わせるほどの、狂ったような高笑いが響き渡った。
「なっ……何がおかしい!」
「いやー、笑わせないでよニャ~! ニャハハハハハ!!! あ~、お腹痛い……」
ニャルラは涙を拭い、冷酷な光を宿した瞳でボーマンを射抜いた。
「冗談は顔だけにしろよ、クズ野郎」
「殺せ」
ボーマンの短い号令と共に、火薬の爆鳴が狭い執務室を埋め尽くした。
ダァーーーン!!!
ダァーーーン!!!
ダァーーーン!!!
ダァーーーン!!!
凄まじい衝撃波が室内の調度品を震わせ、硝煙が視界を白く染め上げる。
「……馬鹿め。私を怒らせるからこうなるんだ。おい、お前ら、さっさとその死体を片付けておけ」
ボーマンが吐き捨てるように命じた、その瞬間。
「────何を片付けるって?」
硝煙の向こう側から、あまりにも場違いな、澄んだ声が響いた。
「なっ……んだと!?」
振り返ったボーマンの目に映ったのは、椅子に座ったまま、埃を払うような仕草を見せるニャルラの姿だった。
服に穴一つ、肌に傷一つない。
「なっ……何をやってる、お前ら!? 早くこいつを殺せ!!!」
「「「「はっ……はい!!!」」」」
混乱に陥った黒服たちが、至近距離から一斉に引き金を引く。
だが。
「……無駄ニャ」
放たれた弾丸は、ニャルラの肌に触れることすら叶わず、目に見えない障壁に叩きつけられたかのように歪にひしゃげ、床へと虚しく転がった。
「な……に!? お……お前は一体……!?」
「何を驚くことがあるニャ? 君は知っているはずニャ。普通の弾丸など、何の意味もなさない生物の名を……」
ニャルラは静かに、片手を虚空へと掲げた。
空気が歪み、次元の裂け目から黄金の輝きを放つ「槍」が、その掌へと吸い込まれるように現れる。
「!?……お前……まさか異形者か!?」
「正~解~!」
ニャルラは、冷酷な光を湛えた瞳で、槍の穂先をボーマンの眉間へと向けた。
「まっ……待て! 話し合おうじゃないか!!! 金なら払う、望むだけ出す! だから、殺さないでく─────」
ドス!!!
言葉が途切れるよりも早く、鋭い刺突が男の喉笛を正確に貫いた。
噴き出す血飛沫が、豪華な執務室の壁を無残な赤に染め上げる。
ニャルラは、崩れ落ちる「肉塊」を冷ややかに見下ろし、独り言のように呟いた。
「私に何を言ったって無駄。……だって、私たち、種族が違うんだものニャ」
────
───
──
二日後……アメリカ、ニューヨーク。
喧騒の裏側に潜む、バリアントのアジト。
室内の大型モニターには、世界中を震撼させているニュース番組が映し出されていた。
『─────それでは次のニュースです。×××××国で起きた大統領誘拐事件は、誰もが驚く幕切れとなりました。事件解決後の、大統領本人の言葉です』
画面に映し出されたのは、憔悴しきった表情で、怒りに震える大統領の姿。
『本当に、生きた心地がしませんでしたよ! 長髪の異形者が目の前でテロリストを……いや、人間を惨殺して! 私も殺されるかと思いましたよ! あれは悪魔だ! 悪魔!! 存在そのものが邪悪なんだ!!』
『この異形者達に関してですが、依然として正体は不明であり、現在も各国が捜査中とのことです─────』
「バカーーーーー!! やり過ぎ! 明らかにやり過ぎニャ!! 助けるだけで良かったじゃん!! なんで大統領の恨み買ってどうする!!」
ニャルラの怒声が、アジトの壁を震わせた。
「ニャルラさん、それは多分……アザートさんが、大統領を殺そうとしたからだと……」
ヨグが、おずおずとニャルラに事実を告げる。
「何を言う?後で、冗談だと言ったはずだ」
アザートはソファに深く腰掛け、興味なさそうに視線を窓の外へ投げた。
「それ言ったの、僕なんですけど……」
「どーでもいいニャ、そんなこと!! ようやく私たちの風当たりが、『警報』から『注意報』くらいに戻ったかと思ったら……また警報に逆戻りじゃない!! いい加減にしてよ!!」
地団駄を踏むニャルラに対し、アザートは短く、吐き捨てるように答えた。
「前にも言ったが。……どうでもいいだろ」
「良くない!!!」
ニャルラの叫びが響く中、モニターの中の大統領は、更なる「宣戦布告」を口にしていた。
『大統領は今回の事件を受け、異形者の凶暴性を再確認。「異形者は存在してはいけない生物である」と断じ、早急に全個体を殲滅する方針を固めました。世界は今、新たな排除の時代へと────』
人には感情が存在する・・・
その中に存在する負の感情・・・恨み、悲しみ、辛み、憎しみ、妬み、そして絶望。
その全てが一つとなった時、人は人外の姿へと変貌する。
人々は彼らを異形者と呼ぶ────
時期としては1期から2期の間の話




