ありがとう、王子様。 〈二次創作3〉
<なろう作品の読者を妄想してみた短編第三弾>
*こちらの作品は、柳葉うら様作品「王子の結婚相手を見つけるのが私の仕事なのに、なぜかその王子に迫られています。」の二次創作になりますが、ネタバレなし、単独で読める作品となっております。
一部、文を引用をしています。
柳葉うら様からの許可をいただいております。
西向きの窓から、台所に直接入る夕方の陽射しは、白磁のティーカップを照らし、輝かせる。
わたしは、渋みが出ないように、慎重にゆっくりとティーポットを動かし、そっと茶漉しをティーカップに翳す。
注がれる紅茶は、夕陽を透して、澄んだ栗色をしている。
渋みの無い、きれいなきれいな紅茶を白磁のティーセットで、あなたに用意する。
***
中学3年の夏休み前になって、わたしに家庭教師の先生がつくことになった。
先生は、おばあちゃんの書道教室に通う大学1年の本田さん。
昔からおばあちゃんが、本田さんの大学にある書道サークルの学外顧問のようなことをしていた。顧問と言っても、書道展示会の設営に労働力を求める運営側と、労働の提供としてバイト代をもぎとる学生の仲介をしているだけらしいけど。
だから、まじめに月謝を払ってまで、毎週おばあちゃんの書道教室に通う人はあまりいない。
そのあまりいない学生さんが、本田さんだった。
本田さんは、工学部の男子学生で、真面目そうな人だった。
書道は高校から始めたそうで、あまり上手ではない。
上手ではないが、丁寧に書く人だった。
その字が示すように、アパートで一人暮らしをしているのに、きちんとした生活を送っているらしく、書道教室も休まずに通っていた。
そんな本田さんの性格は、おばあちゃんのおめがねに叶ったらしく、わたしの家庭教師を本田さんへお願いしたのだ。
わたしは小学生の頃から、共働きの両親不在の家ではなく、おばあちゃんの家で面倒を見てもらっていた。
夜になって迎えが来るまで、おばあちゃんの家にいることが当たり前になっていたら、塾通いをしないまま、高校受験になってしまった。
それほど難しいところは受験しないつもりだけれど、心配したおばあちゃんは、本田さんに家庭教師を頼んだのだ。
本田さんも、
「弟の高校受験の時、勉強を見てたから、大丈夫だよ。」
と、快諾してくれたので、毎週土曜の本田さんの書道教室後に勉強を見てもらうことになった。
顔見知りとはいえ、初めての家庭教師の先生ということで、最初のうちは、ちょっと緊張していたけれど、本田さんが優しく教えてくれたおかげで、集中してできるようになった。
テストの結果も、少しずつよくなって、テストを本田さんに見せるたびに、嬉しそうに笑ってくれた。
そんな本田さんに、お礼の気持ちを込めて、おやつの時間を持つようにしていた。
お茶とお菓子を前に、勉強の時間と違う本田さんとの会話は楽しかった。
大学生なら、中学生との会話なんて、本当に子どもじみたものだと思うのに、ひとつひとつわたしの話を聞いて、答えてくれた。
本田さんの話も聞きたいと思いながら、気がつくと、わたしのために話を聞いてくれていることが多かった。
おやつには、おばあちゃんの好みで洋菓子が多かったので、ティーバッグで直接カップにお湯を注いだ紅茶を出していた。
わたしも本田さんも紅茶は、ティーバッグでしか飲んだことがなかったので、こういう味だと思って飲んでいた。
それが12月のある日、受験勉強の息抜きにと、叔母さんに連れて行かれたおうちで、一気に覆された。
紅茶の茶葉を選んで、ちゃんとポットもカップも温めて、渋みを出さないように、丁寧に淹れると、きれいな美味しい飲み物になった。
ティーバッグでも、淹れ方によって美味しくなるのだと言われた。
衝撃だったと同時に、急に恥ずかしくなった。
ーわたし、本田さんに美味しくない紅茶を出していたの。
そして、強く思った。
ー本田さんにも美味しい紅茶を飲んで欲しい。
それはすんなりと、わたしの中で生まれた思いだった。
***
わたしはすぐに紅茶の淹れ方や、茶葉の買える店を教えてもらい、家に帰ってからは、スーパーで買った安い茶葉で何度も淹れ方の練習をした。
本田さんに美味しいと思って貰いたい。
それだけのために、中学生にはちょっとお高い茶葉をお小遣いで買い、おばあちゃんの食器棚と物置を整理してまわって、茶器を揃えた。
もちろん、受験勉強はちゃんとした。
そうしないと、本田さんに合わせる顔が無い。
そして、準備が整った冬休みのある日、本田さんに紅茶を出すことにした。
本田さんの好みそうなシンプルなデザインの白磁のティーセットを2人分、用意する。
真っ白なティーカップに、西陽を閉じ込めるように、紅茶を注ぐ。
いつもと違うティーバッグじゃない紅茶だって気付くかな。
急にソーサーがついて、変に思わないかな?
美味しいかな?
大丈夫かな?
わたしは、学校のテストより、どきどきしながら、本田さんが紅茶を口にするのを見ていた。
何も気が付かなかったら…
心臓の音がうるさい。
暖房の音がやけに響く。
すると、ふ、と本田さんと目が合った。
「美味しいね。紅茶ってこんなに美味しいんだ。」
そう言って、にっこりと笑った。
心臓が、ぎゅっ、とした。
***
その夜、わたしは浮かれて何度も何度も本田さんの声と笑顔を思い出していた。
また飲みたいと言ってくれたのが、とても嬉しかった。
風呂上がりに、ベットで横になると、スマホでハッピーエンドの小説を探した。
このうきうきとした気持ちをもう少し味わっていたかった。
適当に選んで、読み始めるとすぐに、わたしの視線がある文章で止まった。
それは、王子様と魔女が紅茶を飲んでいるシーン。
『視線がかち合うと、彼はいつもの微笑みを浮かべる。そして、すっと手を伸ばしてティーカップの縁をなぞった。
貴婦人のドレスの裾のような、可愛いフリルが形どられたティーカップの縁。
それをなぞる、長く形の整った彼の指は芸術作品のようで、浮き上がったり沈んでいったりするその動きを、じっと眺めてしまう。』
心がざわっとした。
まるで作中の王子様の指の動きに、わたしの心をなぞられたような。
どきどきしながら、読み進めていく。
王子様が魔女にプロポーズをして、どんどん攻めていく。
物語の中の話だと思いながら、わたしは王子様の行動が気になってしまう。
そして、王子様視点の話で、息が止まった。
『薔薇の花柄の茶器を探して欲しいと口にして、気がついた。
彼女が喜ぶ姿を見たい
彼女の話を聞きたい』
これは、わたしが本田さんに思ったことと同じだ。
本田さんが喜ぶ姿が見たくて、紅茶の淹れ方を覚えて。
本田さんと話をしたいから、お茶の時間を作って。
王子様は魔女にプロポーズしている。
それなら、わたしは本田さんに……
「……う、……えぇーー!」
ベットの上で頭を抱えて、嘘と叫ぼうとして、嘘じゃないじゃんとすぐに気付いて、うめいた。
わたし、本田さんのこと好きだ。
本田さんに、恋した。
強制的な自覚を腹黒王太子殿下にさせられた!
顔も首も真っ赤になっているに違いないわたしは、受け止めきれない感情を誤魔化すために、王子様と魔女の物語を読み続けた。
そして、わたしは…
***
高校受験を無事に終えてもう3年が経った。
高校生になっても、本田さんと会うためにおばあちゃんの家に通い、同じ時間帯の書道教室にも通った。
紅茶だけでなく、手作りのお菓子も用意するようになり、時々は夕飯までどうぞと誘うようにした。一年も経つと、本田さんが一緒にご飯を食べることが当たり前になった。
本田さんの学年が上がって、研究室所属になり、忙しくなって来られないような時は、大学近くで手料理を渡すようにした。
書道の展示会設営などのバイトを本田さんたちがする時は、わたしも一緒に混ざってバイトし、本田さんの同級生のお姉様方と仲良くなった。
そのお姉様方と本田さんたちが一緒に夏祭りに行った時、途中で浴衣姿のわたしと本田さんがふたりきりになったのは、偶然ではない。
そして、わたしは来月から本田さんのいる大学に入学する。
大学院1年に進学する本田さんとは建物も学部も別だけれども、同じキャンパスだ。
『大学1年生と大学院1年生なら、付き合ってもいいですよね?
本田さん、もう断る理由は無いですよ。』
こうして、腹黒王太子殿下に学んだわたしは、4月から本田さんの彼女になる。
けれど、まだ終わりではなくて。
わたしの大学卒業までにせめて婚約したい。
そのためには、まだまだ王子様に教えてもらわないと、ね。
初恋は実らないというけれど、実るしかないようにすればいい。
教えてくれてありがとう、王子様。
ピュアピュアな初恋の自覚の予定がどうしてこうなった。マクシミリアン殿下、ちょっと後で指導室来なさい。原作者の許可は貰ってるから、小一時間話そうか。
腹黒王太子殿下マクシミリアンの登場する、二次創作の元になった作品は、こちらです。↓
https://ncode.syosetu.com/n6815gg/