3・エルフの村
「全体止まれ!」
ジョンが右手を挙げて全隊員に促す。足下には一本の矢が刺さっている。
「何者だ!どうしてこんなところにいる?」
矢が飛んできた方向から大体の察しはつくが、どうやら木の上から狙っているらしかった。流石にこの傭兵団全員を相手の出来るような数はいないだろうが、先頭のジョンは相手の腹一つでいつでも殺されるだろう。
何者か?ジョンは少し考えた。
元の世界では傭兵だった。今だって雇い主が女神様と言うだけで傭兵と言うことには変わらない。しかし、それを素直に言って良い物かどうかは分からなかった。
しかし。
(飛んできたのは矢か。そして声は女だ。)
ジョンは飛んできたのが矢と言うことで、少なくとも今対峙している相手については少しばかり安心したのだ。
言わずもがな、銃を持っていれば銃で威嚇をする。使い方次第でもあるだろうが、大抵の場合は銃は弓よりも強いはずだからだ。
つまりこの相手の所属する所には銃が無いと予想できた。
(多分俺達の敵じゃ無い。だが、むやみやたらと敵対しても仕方ない。アイツを殺したって金にはならんし、警戒を解いて貰ってこの世界の話でも聞いた方が得策だな。)
「お前等、銃から手を離して手を上げろ!俺達は傭兵団だ。だが今はどことも契約を結んでいない。あんた達と敵対するようなことも無い。」
ジョンは大声で相手に敵意の無いことを告げた。すると、前方右側の林の中から男女が数人出てきた。
男女はいずれも長髪で、遠目に見ても美人だと分かった。後ろを見なくてもフリッグが笑顔になっているのが手に取るように分かる。
「お前、名は?」
先頭に立った女性がジョンに名を聞いた。おそらくこの中で一番偉いか一番強いのだろう。
(身につけているのは革をなめした簡単な鎧に、弓もおそらくは木から削り出した普通の弓だ。腰にはナイフが刺さってるが、こりゃ兵士というよりは狩人だな。)
男女ともに整った顔をしているせいで、まるで映画の中にでも迷い込んだのかという気になってくる。更に言えば、彼女らは普通の人間と比べると耳が少し長かった。
「ジョンだ、ジョン・ホークウッド。この傭兵団の隊長をやっている。そちらは?」
先頭の女性が一瞬振り返り、そしてジョンに向かって言った。
「私はイレーヌ。この先にあるレレイベラの村の狩人だ。後ろの三人も同じ。人間の傭兵団がなんでこんな所をうろついているんだ?オーク達のいる北を避けて南回りで来るのはまぁわからんこともない。でもこんな森の奥深くに傭兵団の仕事なんかないぞ?」
不思議な顔でコチラに問いかけてくるイレーヌ。後ろの三人も同様に不思議な顔をしている。
そんな所に連れてこられたのかとジョンは思ったが、少し考えればそれもそうかと納得した。
先ほどのイレーヌの話では、この世界にはオークがいる。ファンタジーにはとんと疎いジョンだが、オークくらいは聞いたことがある。そしておそらくこの世界は、そういう世界なのだろう。
彼女たちは思うにエルフ。すんなりと言葉が通じたのはおそらく女神様の御加護か何かのおかげだろう。そのおかげで彼女たちもジョン達がこちらの世界の人間だと認識しているようだ。
もっとも、違う世界から来たなんて初対面の人間に言ったりはしないが。
おそらく女神は人間とは違うエルフやオークを先に見せたかったのだろうとジョンは思った。そしてこうも考えた。きついお仕置きが必要な相手というのは、どうやら人間の事なんだろうと。
(まぁ、元々人間相手にドンパチやってたんだ。適材適所でいいじゃねぇか。)
心の中でニヤリとジョンは笑う。
「まぁ訳ありでね。人間の俺が言うのも何だが、人間のところには居辛いんだ。だから商売する相手を変えようと思ってね。いや、ほんと。」
それをきくやいなやイレーヌ達は笑った。
「いや失礼。フフッ、まぁそうだろうな。胸を見れば分かる。人間でソフィーティア様を信仰するのは異端だ。今までよく無事にやってこれていたなお前達。」
イレーヌ達は笑ってはいるが、しかし馬鹿にするという風では無い。目下同情が集まっているような気さえジョンはした。
「愛しのソフィーティアに忠誠を、か。いやぁ、我らエルフの中でも、そこまで熱烈にソフィーティア様を信仰しているものはいないぞ。まぁここで立ち話もなんだから我らの村へ来い。人間は本来村に近づけたくもない所だが、お前達ならば長老も笑って許してくださるだろう。」
そう言ってイレーヌは踵を返すとジョン達についてくるように促す。どうやら胸のワッペンは想像以上に大したオマケだったらしい。
書いてあったことはともかく。
「全体進め!」
ジョンが号令をかけると、隊員達は揃って歩き出す。すると小隊長達がジョンの元に足早にやってきた。
「ちょ、隊長。エルフの姉ちゃんマジ美人じゃないッスか?パネェッスよあれ。」
フリッグは遠目にしか見えていないはずだが、どうやら美人だと言うことは十分認識出来たらしい。
「ひとまず様子見ですかね。しかし、まさか胸のワッペンにそんな事が書いてあったとは。」
ヨハンは胸のワッペンを見ながら言う。それにはジョンに限らず皆同感だ。
「でもまぁそのおかげで彼女たちに余計な警戒心とかは無いようですぜ。女神様も粋なプレゼントをしてくださるものですな。」
「まぁな。ワッペンはいつでも外せるが、しばらくはつけて置いた方がいいな。後はまぁ、今後女神様に対する不敬な言葉は厳にこれを慎むように。隊に徹底させろ。」
「了解ッス!でもまぁ多分、そんな奴いないと思うッスけどね。」
「まぁ、一応な。」
雑談しながらやや気楽にジョン達は進む。女神様の思惑もそれなりに見えてきたし、胸のワッペンのおかげですんなりと話が進んだ。
「ここが村の入り口だ。ジョンだけ入ってきてくれ。」
そう大きくもなさそうな村の入り口でイレーヌは止まった。どうやここが彼女たちの村らしい。
「一応監視と言うことで彼等が付くが、まぁ適当に休んで貰っていれば良い。ではジョン、行くぞ。」
「全員適当に休んでいろ。」
部隊に告げてジョンは装備を置いてイレーヌに付いていく。監視はイレーヌと共にいたエルフの狩人達。監視という名目ではあるが、どちらかと言えば村のエルフ達にこの傭兵団は危険じゃ無いと知らせる為のように見えた。振り返って見ると早速フリッグが監視に付いたエルフの女性に話しかけている。
「やれやれ。」
「お前の仲間達はエルフに対して偏見が無いんだな。お前もそうだが、確かに人間達の中には居辛そうだな。大抵の人間達は異種族に対して恐ろしいほど排他的だからな。」
「ふむ。」
小首をかしげてジョンは考える。思った以上に人間とそれ以外の種族との問題は根が深そうだと。
ソフィーティアはお仕置きと軽く言ったが、どうやらこのお仕置きとやらは想像以上に大々的な物になるかもしれなかった。
自分たちの世界でもそうだったが、自分達以外の完全に異なるコミュニティに対する攻撃性をジョンは知っている。だからジョンはヒューマニズムを盲信したりしない。ジョンの傭兵団の規律が厳しく設定されているのはその為だ。
(女神様が人間達にとって異端だとして、じゃぁあいつらは何を信仰しているんだ?)
ふと疑問がよぎる。ソフィーティアは確かにこの世界の女神なのだろう。異世界の神に干渉してジョン達をこの世界に連れてきたし、なおかつ生き返らせた。更にイレーヌ達が見てそれと分かるように外見も伝わっている。
(俺達がこの世界の人間だと騙ってもいずればれるし、聞かれたら正直に答えるか。その都度言い訳を考えるのも面倒だしな。しかし。)
イレーヌの後について村の中心、おそらくだが村長のところに向かっているのだろうが。その道すがら辺りを見回すとやはり男女ともに美人しかいない。目の前を歩くイレーヌにしたって、フリッグでなくとも声をかけたくなるだろう。
こんな状況じゃ無ければ、おそらくジョンも。
「着いたぞ、一緒に入ってきてくれ。」
道端で見つけた傭兵団の団長をいきなり長に合わせて良いのだろうかとジョンは他人事ながら思った。それと同時に、もしこれが胸のワッペンのせいであったとしたら、やはり女神は悪魔か何かの類いだったんじゃないだろうかとも。
いずれにせよ今は成り行きに任せるしか無い。ジョンは促されるままにイレーヌについて建物の中に入っていった。