第93話 試してみよう! 禁忌魔法!!
「ところで、二人はどういう戦いをするの?」
いろんな建物が、窓の外を前から後ろへ流れてゆく。
この世界、バスもあれば車もあるんだな。無論馬車ではない、人が運転する車だ。
今オレたちが乗っているこの〝魔動車〟は、ギルドの所有する特注品だそうで。
運転手を含めて最大8人乗りの座席はふかふかで、視界もバスとは低くまさに車に乗っているような感覚だ。
まだ公共機関やギルドでしか実用化されていないが、いずれは民間人も購入できるようになる予定だとか。
それはおいといて。
「主様は強いぞ。パワーもスピードも段違いで、空中含めて機動力も抜群だ。近接戦なら誰にも負けない」
「ほう、そいつは見ものだね」
エリナさんが鋭い目線をカナンに向ける。多分エリナさんも近接戦がメインなのだろう。
「おーちゃんもすっごく強いわよ? むしろおーちゃんの魔法こそ最強よ! 氷結魔弾術式だけでほとんど必殺の威力だし、いざとなれば切り札もあるしね」
「物理のカナンちゃんに魔法のオーエンちゃん。お互い支えあっているのねぇ。素敵だわぁ」
何やらうっとりとした表情でオレとカナンをみやるリナリアさん。
ぶつぶつと『どっちが受けなのかしらぁ』等と不気味な事を言っているが意味がわからない。気にしない事にしよう。
「じゃあ次はそっちの戦い方を教えてくれよ」
「そうだね。あたしはカナンちゃんと同じく近接戦闘がメインかな。それに合わせて炸裂魔法……触れたものを爆発させる魔法を使ってどんな魔物も粉微塵さ。巷で噂の爆裂剣姫とはあたしの事さ。リナリアも君たちも、あたしが守り抜いてあげる」
どや顔で語るエリナさんに対し、なぜかリナリアさんは無言で怪しげな笑みを浮かべる。
「ふふふ……守ってあげるだなんて言っちゃって……。エリナはねぇ、こんなでも実は意外とかわいい物好きなのよぅ。この間だってかわいいぬいぐるみを……」
「わーっ!? リナリアいきなり何を!!? 聞くなぁ! 聞かないでぇ!!!」
唐突にリナリアさんは、エリナさんの秘密を独り言のように暴露し始めた。
ぶつぶつと秘密を垂れ流すリナリアさん。
それを『へー、そんな趣味がー』と聞き耳を立てるオレたち。
そして顔を真っ赤にして半泣きでやめるよう聞かないよう懇願する、エリナさん。
あぁ、こりゃあエリナさんが受けなんだろうな。
目の間で繰り広げられる公開処刑に、どこかそんな事を悟るオレであった。
*
「ここからは徒歩でおねがいします。この先は関係者以外立ち入り禁止なので」
「ええ、ありがとうございました」
一時間ほど車で走って、目的の山脈の麓へ到着した。
街を抜けてからというものの、砂利を敷き詰めて踏み固めただけの細い簡素な道となり、それはもうカナンが怯えだしていた。幸い酔わなかったけど。
それはともかく、この先はどちらにしても徒歩じゃなきゃ登れなさそうだ。
ここからちょうど真上の森を抜けた先に野営地が設けられているらしい。先にこの依頼を受けていた冒険者たちがそこを拠点に戦っているのだろう。
「それじゃあたしが先頭で。飛竜以外にも魔物が集まっているそうだから」
「ちぇっー」
自分の出番が無さそうでちょっぴり残念そうなカナン。
だがまあ、カナンを楽しませられるような魔物はそうそう出てこないだろうしな。
オレたちはエリナさんを先頭に、森の中へ入ってゆく。とはいえ山の斜面なので、体力筋力貧弱なオレじゃあ……
「ま、まってぇ……はぁはぁ……し、じ、死ぬぅあぅ!!」
「しょーがないわね、私の影の中に入ってなさいおーちゃん」
「あうぅ……お言葉に甘えさせていただきます……」
困った時のカナ頼み。
オレはもう心臓と肺と脚が限界なので、影の中に思い切り飛び込んだ。
ふう……助かったぜ。このままだったらマジで死んでたかも。ほんとオレのこの体、貧弱すぎだろ。
「オーエンちゃんったらぁそんな事もできるのねぇ。羨ましいわぁ、わたしもエリナにおぶってもらおうかしらぁ?」
「はぁ……しょうがないな、ほら乗って」
「あらぁ、それなら遠慮なく乗らせてもらうわねぇ」
小さなリナリアさんが、大きなエリナさんの背中に掴まる。
その姿はさながら、妹に振り回される姉のようにも見えた。
その実、エリナさんよりリナリアさんの方が年上のようだけどな。
それから森の中をしばらく歩く。オレはカナンの影の中で、リナリアさんはエリナさんの背中に乗っている。実質歩いているのはカナンとエリナさんの二人だけだがな。
目的地はこの上にあるという野営地だ。
その道中、大きなトカゲのような魔物に遭遇したりもしたが、リナリアさんをおぶったエリナさんが片手で殴り飛ばしていた。
一応Dランクはあるそれなりの魔物だったようだが、エリナさんは素手の一撃で倒していた。
改めて、かなりの実力者である。
ランクはBだが、その実力は多分Aランク上位は固いだろう。
黒死姫に変身する以前のカナンであれば、互角か若干向こうに軍配が上がっていたかもしれないな。
今は圧倒的にカナンだが。
「みんな、見えてきたよ。あれがあたしたちがこれからしばらく拠点にする……」
斜面の上の方で木々が開け、テントのような簡易的な建物が見えてきた。
……のだが、エリナさんはそこでカナンに一旦止まるよう手で制した。
その理由は――
「なるほど、さっそく飛竜の群れが攻めて来ているのね。楽しませてくれそうね」
「やれやれ、休む暇もなさそうだ」
逃げ惑う冒険者。テントを爪で引き裂こうとする何頭もの赤い竜。
野営地が、おそらく下級の飛竜の集団に襲われていた。
「3人とも行くよ! 先の冒険者たちの救助が優先!!」
「腕が鳴るわね。出ておいでおーちゃん」
言われなくたって出てきますとも。
影から現実世界に降りたって、オレは影らしくカナンの後ろからサポートに回ることにした。身体能力が貧弱なのと、あまり大きな攻撃魔法を使うと他の冒険者たちを巻き込んでしまう恐れがあるからだ。
「はぁっ!!」
傷つき力尽きかけている冒険者を喰らおうとするワイバーンへ、カナンは細く鋭利な刀で首を切り落とした。
オレたちとリナエリたちは、一旦離れてワイバーンの群れと戦うこととなった。
お互いの戦いを邪魔し合わないようにする意図があるのだ。
――〝紅影〟
それがカナンの使っているこの刀につけられた名前である。旅立つ際にメルトさんに造ってもらった渾身の一振りなのだ。
日本刀を思わせる細く繊細な片刃は紅く、血に濡れると一層その妖艶さを引き立てる。
「ふふ……まとめてかかってきなさい!!」
首を落とされたワイバーンの体が地面に倒れこむ。
それを見ていた数体のワイバーンが他の冒険者への攻撃をやめ、一斉にカナンへ襲いかかってきた。
「くっ……逃げろお嬢さん!!」
ワイバーンとの戦闘で傷ついた冒険者の一人がオレ達に叫ぶ。
傷つきながらも気づかうなんて良い人だな。
だが、そんな心配は無用だ。
「ガアァァッ!!」
「……ふふっ」
カナンの口角が上がり、紅影の刃が一瞬ぶれる。
すると、無策にもカナンに正面から低空飛行で飛びかかってきた三匹のワイバーンがぐらりと体勢を崩した――次の瞬間。
――バツンッ
ワイバーン三匹の体が同時に、大量の血飛沫と共にばらりと賽の目のようにばらけてしまった。
カナンの絶対切断は武器や爪で直接攻撃せずとも、刃の延長線上5メートル以内ならば劣化した〝斬撃〟を発生させる事ができるようになったという。
〝斬撃〟の威力は比較的低く、直接攻撃と違い何でも斬れるという訳ではないが、下級飛竜の肉体程度ならば問題なく刻めてしまえるようだ。
すなわちカナンの間合いは見た目よりもはるかに広く、並の相手ならば近づく事さえ叶わないのだ。
たとえ近づかれたとしても、カナンの怪力と速度と防御不能の絶対切断の前に、不利な立ち回りを強制させてしまうのである。
近・中距離の戦いにおいて、カナンを相手にする敵には同情するな。我が主ながら恐ろしいぜ全く。
「ガアッ!!」
む、ドラゴンらしく火球を吐いてきた。
それも一匹だけでなく、上空から何匹もの飛竜がだ。カナン相手には遠距離の攻撃が最善と判断したのだろう。
「おーちゃん」
「わかってら」
カナンなら生身でもあの程度の火球は大したダメージにはならないだろうが、一応オレの力も見せておかないとな。
【〝氷壁〟】!
オレたちを円球状の薄氷が包み込み、炎の弾を防ぎ打ち消した。
「さすがおーちゃんね」
そう言うと同時に、カナンはオレを抱きかかえて火球の煙がまだ立ち込める中【空中跳躍】でワイバーンどもの高度まで飛び上がった。
「おーちゃんにあげるわ」
オレに魔法で殲滅しろって話か。地上ならば周囲を気にしなけりゃいけないが、空中なら話は別だ。
「了解したぜ我が主様」
魔法に大切なのは、イメージだ。
ただ圧縮した弾を飛ばすだけじゃない。カナンから聞いた、昔読んだ本に書かれていたという高等術式を、オレならば――
〝広域瞬間凍結〟
眼下のワイバーンと大気がみるみる白くなってゆく。ぱきぱき音を立てて凍ってゆく……!
大気を構成する物質が瞬時に気体から液体となる――。
「……へ?」
その後、何か様子がおかしい事に気がついたときには全て遅かった。
一瞬何か白い光が見えた次の瞬間――
ドッッッカーーッッッッッン!!!!!!!!!!
「きゃあっ!?」
吹き荒れる轟音に、たちまちオレたちは吹き飛ばされてしまった。
咄嗟にカナンが空中跳躍で逃げながら庇ってくれなきゃヤバかったかもしれん……。
――オレのイメージでは、一帯の空気ごとワイバーンの群れをカチコチに凍てつかせるつもりだった。
だが、現実は違った。
途中まではイメージ通りだった。周りの空気ごとワイバーンを凍てつかせる事自体には成功したのだ。
問題はその後。
【明哲者】さんの解説いわく、冷えて液体となった空気が、ワイバーンが放とうとしていた火球に反応し激しい爆発反応を起こしてしまったという。その結果があれだ。物理の勉強って大切だな……。
「おーちゃんすごい……なんだかよくわかんないけど、新しい魔法ね!!!」
「は……はは……」
幸い、上空だったのと液化した空気が少なかったため地上に被害は無かったようだ。少し離れた所で戦っている二人も、驚いてはいるが影響は無さそうだ。
しかしこれ、普通に禁忌の類いなんじゃ……。
ともあれ、この術式はもう2度と使わないと心に誓うのであった。
おーーーかわっっっ!!!!!




