第79話 ふなたび
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んー……天井が高いなぁ。お外から射し込むが眩しくて、もう朝である事を実感させる。
あぁ、ここってメルトさん家じゃないのか。旅先の宿……ホテル? とにかく高級そうな所のだな。
「おはようおーちゃん」
「おはよ主様」
やっぱりオレを抱きしめていたカナンが、横になったままそっと頭をなでなで。なんという事もないけれど、それがなんだか気持ちいい。
「えへへ……」
「ふふふ……ほんとおーちゃんったらかわいいわね」
目が覚めてもしばらくお布団のなかでゆっくりする。この時間が1日の間で一番リラックスしてると思う。
それから10分くらいしたら、のそのそと動き出してベッドから降りた。
やっぱ踏む度に罪悪感がするくらいふかふかなカーペットだな。
「ん、やっと起きたか」
「おはよルミちゃん」
「おは……どうしたんだ主様、オレに目隠しなんてして?」
ルミレインのベッドの方を見ようとしたらカナンに後ろから両目を塞がれた。
……何かと思ったら、どうもルミレインは今全裸らしい。
ただ理由はオレが元男だからだとかではなく、嫉妬だそうだ。もっと自分の体にもドキドキしてほしい(要約)というが、11歳のカナンにそれはどうなんだろうか?
カナンの事は好きっちゃ好きなんだけど、そういう風に意識してしまうのはなんだかまだダメな気がする。
まあこの事は適当に誤魔化しておいてと
「――さて、今日は船でネマルキスへ行く予定」
「ふ……ね? そ、それだけは乗りたくないわあぁぁ!!!?」
近くの街灯にセミのようにしがみついて抗議するカナン。
朝食も済ませて宿をチェックアウトした矢先、ルミレインが改めて説明をしたらこんな事になった。
ちなみに朝食の内容はベーコンエッグトーストとコンソメスープとハーブサラダだ。美味しかったな。
え、そんなのどーでもいいって? そうだな。
「船に遅れるからはやくして」
「船に乗ってくれたらオレがなんでもしてやるからっ!」
「嫌よ、もうあんな地獄はこりごりなのよ!!!」
困ったな。この様子じゃ当分動きそうにないし、力ずくも難しそうだ。オレの力じゃびくともしないし、ルミレインなら多分無理やり連れていけるけど街灯ごと引っこ抜いてしまいそうだし……
そういやアスターが魂喰の真価がどうのこうのと言ってたな。気軽に欲しい能力をゲットできる能力だとか。
耐性系の能力はオレとカナンで共有されるみたいだし、試してみるか……?
えっと、能力の獲得に必要なのは願う事だよな。
船酔いが治る能力……三半規管を強靭にしたい……
《能力:【三半規管強化】の獲得を観測しました。対象:オーエン カナン》
おっしゃきた、成功だ。
三半規管を強くしてバランス感覚や酔いに対して強くなるという、いたってシンプルな能力。
「うぅ……おーちゃんこれ信用してもいいの?」
「大丈夫だ。……多分」
あくまで強化なのでどこまで耐えられるかは分からないけど、船酔いくらいならなんとかなるんじゃなかろうか。
とにもかくにも、カナンはしぶしぶながら街灯から離れてくれたのであった。
*
豪華客船……ではないけれど、それに近いくらい巨大で装飾の美しい帆船が港に停まっていた。いわゆるガレオン船ってやつか?
「あれに今から乗るのか、オレ達?」
「そうだ」
「不安だわ……」
あれって本当に乗ってもいいものなのか?
貴族専用とかじゃないの?
ほら、今乗ってる人たちみんなお高そうな服を着てる人たちばかりじゃない?
「今は貴族の者らが乗る時間。すぐに一般客が乗る時間になる」
らしいけど、なかなか恐ろしい感じが拭えない。
ともあれ貴族らも全員乗り込んで、いよいよオレ達の乗る番になった。
ただでさえ大きいのに、内部は例によって空間拡張で更に広くなっている。
指定の客室へと入ると、別にそこまで豪華という訳ではなかった。ベッドは二つで窓つきだが狭い部屋。とはいえここで1日過ごすには十分である。
「甲板に出てみるか? 潮風が気持ちいいぞ」
「うん、お外にいた方が気持ち悪くならなそうものね」
「そう。ならボクも行く」
新鮮さを味わったら、甲板へ出る為にオレ達は部屋を出ようとした――が、その直前にカナンの様子が変わった。
「――ぐ……そんな、まだお昼前なのに……?」
「吸血衝動か?」
瞳が紅く染まり、口を押さえてしゃがみこむカナン。3日に一回くらい来るこれにはもう慣れたものだが、旅先で起こるのは初めてだな。
「う、ん。ごめんねおーちゃん……すぐ終わらせるから……」
「謝ることないって。すまんルミレイン。先に甲板行っててくれないか? 少し二人きりにしてほしい」
「……わかった」
なんかすごい死んだ魚のような目つきで見られてたけど、後で説明すれば納得してもらえるだろう。ルミレインなら。
「はぷっ」
「んぅ……」
ベッドに横たわったオレの首筋に、辛くない痛みが入ってくる。
うぅ……何だろうこの胸がきゅっとする感じは。
今まではメルトさんの家という気の置かなくて済む場所で済ませていたが、ここが公共の場という事もあるのだろうか。
別にいけない事をしている訳ではない。カナンの生理現象なのだから、仕方ないのである。
それでもドキドキするのはなんでだろう。
『こんなデッケエ船初めて見たぜ! やっぱ大国はすげえな!!』
扉の向こうの通路で、冒険者とおぼしき若い男の声が聞こえてくる。
他人がいる場からたった1枚の鉄板を隔てた空間で、カナンに馬乗りにされ血を吸われている……。
だ、ダメ……。想像したらなんかすっごいゾクゾクしてきたぞ。どうしよう……
「今日はいっぱい血が出るわね、おーちゃん」
「あうぅ……」
ぎゅっと抱き締めるカナンに身を委ね、オレは目を閉じた。
「ふぅ……ふぅ……」
「大丈夫おーちゃん?」
いつもの倍くらい吸われた……。回復薬を飲んだのにまだちょっとくらくらしてる……
「だいじょうぶ……はやく行かないと……」
「しょうがないわね、私がおんぶしてあげるわ」
「うぅ……」
なんという屈辱……。それでも動けないのでやむなしにオレはカナンの背中に乗せてもらう。
あぁ、主様の髪いいにおい……
すると、ぐらりと船体がゆっくり揺れた。ちょうど出港したようだ。
オレを背負ったまま通路を抜けて、ようやく甲板へと登ってきたカナン。
オレに気を使ってゆっくりと階段を登ってくれた。ありがとう。
うーむ、他にも冒険者がいっぱいいるな。
それもそうか。
今、トゥーラムルとネマルキスを繋ぐ交通路のひとつが封鎖されているらしい。理由は強力な魔物が国境付近に多数出現したからだと言うが、そのせいでこの船を使う人が増えてるとか。
「おーちゃん大丈夫? 辛くない?」
「平気だ。だいぶ落ち着いてきた」
そっとカナンの背中から降りて、自分の足で立ってみる。ちょっとふらつくけど歩けそうだ。
「おーちゃん見てみて! お魚が跳ねてるわ!!」
カナンは初めて見るものに興味津々だ。そういえば船に乗った事なさそうな様子だな。奴隷時代に何度かありそうな気がするが、その辺はどうなんだろう。
ま、無理に聞くつもりは無いけどな。
それよりルミレインを探さないと。
広大な甲板を探索していると、色々な人々の色々な声が聞こえてくる。ネマルキスの温泉が楽しみだとか、トゥーラムルは良い所だった。あるいは――
「ほう。あの黒髪メイド服のガキ、なかなか上物の魔人じゃねーか」
「ケケケ、売っぱらったらいい値になりそうだ」
――な、なんだ今の声?
どこかから突きつけられる、オレを値踏みするような声とねっとりとした視線。
き、気持ち悪っ!? オレをそういう目で見てるヤツが同じ船に乗ってるのか……なんだか鳥肌が立ってきた。ほんとに気持ち悪い……。
「……ん」
「主様……」
オレの気持ちを察したのか、カナンはそっと肩を抱き寄せてくれた。
穢らわしい視線からオレを守るために、オレがカナン以外のものにはならないと見せつけるために。
とはいえ幸いこれといったトラブルはなく、オレたちはルミレインとも合流して船内探検を楽しんだ。
船の上の刺激的な1日を過ごし、オレは甲板で嫌な視線に晒された事も忘れてぐっすりと眠れましたとさ。
そして翌日。
「とっても似合ってるわ」
「あぅあぅ……」
着替えて軽く朝食を済ませ、支度を整えていたら背後からカナンに捕まってしまった。
それから頭を弄くられ、鏡を見たらなんとツインテールにされてしまっていたのだ!
さらさらで柔らかいオレの黒髪が側頭で纏められ、それはそれは自分でも悶絶する可愛いさになっていたのである。
「私と同じサイドテールの方が良かったかしら?」
「あぅ、これでいいよ……」
オレにはサイドテールよりこっちの方が似合うと思う。ってまた心が女の子寄りに……!
あぁ、元々超絶美少女だったオレへ、更にあどけない雰囲気が加わっていつもの9割増しで可愛いくなってる。
男のオレが悔しくも自分でカワイイって言っちゃうくらいにはカワイイのだ。
うぅ、またカワイイって言われて胸がゾクゾクしてる……。
それはおいといて。
朝早く甲板へ出てみると、いよいよ灰色がかった山々が海の向こう側に見えてきた。
が、なんだあの一際高くとんがった、山……か?
「あれはネマルキスを象徴する〝霊峰イセナ〟。標高は10000mをゆうに超えてる」
って事は、やっぱりもうすぐ到着か! おらワクワクっぞ!
「あの山、ずいぶん不思議な形をしてるわね?」
「ふん。あの霊峰は大規模なカルデラ噴火によって大地が立ち上がってできたもの。その原因は――」
――世界屈指の火山地帯であり魔素の濃い強魔地帯でもあるネマルキス。
ルミレインが解説してくれたその原因は、とても興味深いものでもあった。
「大海の女神、明星の女神。
かつて二柱の女神同士が、ここで星の環境を変える程の争いを繰り広げた」
――と。
イチャイチャを見せつけられるルミちゃんの気持ちやいかに。
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