第77話 新たな目的
「んふっ……んふふふふふっ……!」
それはそれは至福な表情でプリンアラモードを口に運ぶ、赤髪サイドテールの少女ルミレイン。
オレ達が後ろにいても全然気づかないあたり、相当夢中になってんな。
「ル~ミちゃんっ!」
「ふょっ!??!」
うわ、なんかめちゃくちゃ驚かれた。変な声まで出てたし、マジで気づかなかったようだ。どんだけ甘いものに盲目なんだよこのJK。
「いらっしゃいませー! あっ! カナンちゃんとオーエンちゃん! 久しぶり!」
「久しぶりレベッカちゃん。ぷりんあらもーどを二つくれる?」
オレ達は馴染みのカフェ、ステラバックスへと足を運んだ。
夕方が近いからか人も少なく、カウンター席に三人並んで座った。
それにレベッカさんも変わりないようでちょっと安心した。
「こっ、こほん。ここへ来たって事は、踏ん切りがついたって事?」
「そうよ。私は冒険を続けるわ」
そう、オレ達はこの宣言をする為にここへ来たのだ。
辛いこと目にたくさんあって、たくさん泣いて、まだまだ乗り越えられたとは言えないけれど先に進むと決めたのだ。
「そうか。では、明後日の正午に町の中央広場で集合するけどいい?」
「かまわないわ」
「はいはーい! ぷりんあらもーど二つおまちです!」
そんな会話をしていると、レベッカさんが両手にとても美味しいものを持ってやってきた。
久しぶりの……ぷりんあらもーど!
「はわわ……」
「ふふ、おーちゃんったら」
銀色の匙でしゃくった金色の柔い生地を口に入れると、瞬く間にとろけてコクのある甘味がいっぱいに広がって……。
嗚呼……しあわせっ……♡
しばらく甘いものを食べてなかったからか、骨の髄にまで染み入るような幸福感た。ルミレインの気持ちが少し分かった気がするなぁ……。
「ふん……」
「よしよしおーちゃん。帰ってからもいっぱい遊びましょうねーっ♡」
*
……で、帰ってきて夜ごはんを食べたのはいいけど、お風呂の前に遊びたい事があるらしい。
……カナンの言う「遊び」っていうのは十中八九オレを玩具にしたもので……。
「――さておーちゃん。わかるわよね?」
「あぅ……一思いにやってくれ……」
脱力したオレの肩に後ろから腕を回し、カナンは横から頬を赤らめて微笑みかける。そうして、ゆっくりとうつ伏せにベッドへ沈んでゆく。
抵抗は無意味。なのでオレは全てをカナンに委ねていた。
「いい覚悟よ」
「ふえぇ……」
そしてカナンはおもむろにオレの髪の中に顔をうずめてきた。
……息遣いが荒い。
まるで猫のようにすごく吸われてる。
――獣王の臓物の臭いを直に嗅いでしまったから、オレの香りで口直し(鼻)をしたい。
そんな事を言ってたけど……これは思ったより……
「うぅ、まだやるの……?」
「まだ始めたばかりよ? あぁ、でもそんなおーちゃんもカワイイっ♡」
ま、まだ始まったばかり……? ぎゅっと抱きしめられて、うなじにカナンの息がかかる。
いつも寝る時も同じようにされてて慣れてるはずなのに、なぜだかドキドキが止まらない。
目を閉じて、ただ耐える。
辛くはなく、むしろ気持ちがいいくらいだ。だからこそ、耐えなければならない。
「……あのねおーちゃん」
ぞくぞくする感覚に抗っていると、オレの後頭部に顔を埋めていたカナンが声を出した。
「なあに主様……?」
「……私の夢、ほんとうは私を虐げてきた連中を見返してやりたいだけだったかもしれない。明星の女神様に認められたいなんて、どうでもよかったのよ」
「主様……?」
淋し気に、それでいてどこか力強く震える声でカナンは言った。
するとオレを抱きしめる力が一層強くなる。
「でもね……、私決めたの。明星の女神様に勝って、コルちゃんを生き返らせるわ」
力を認めた者の願いを叶えるという明星の女神。
神様といえど死者を生き返らせるなんて、そんな事ができるのだろうか。
彼女は一体何者なのだろうか。どんな見た目をしているのだろうか。
そもそも存在しているのだろうか?
けれど、今はそれにすがる他は無い。
「そっか……主様。オレも抱きしめていい?」
「いいわよ」
力を抜いてくれたカナンの腕の中で、オレは体をあお向けに回す。
するとカナンの優しい顔が真上に浮かんでいた。
カナンがオレだけに見せる、柔らかい表情。
「オレも行きたい。主様と一緒に……」
「ふふ、素直なおーちゃんも大好きよ。絶対に置いていかないわ」
ふんわり甘い主様のにおいに包まれて。
……あぁ、この気持ちはなんだろう。
ずっとこのままでいたい。カナンと絶対に離れたくない。離れたら死んでしまいそうな、そんな気持ち。
きっと同じ気持ちをカナンも抱いているのかも。
これからカナンがあと少し成長したら、関係の一線を越えてきそうな気がしている。そうなる事をどこかで望んでいる自分がいる反面、少し怖い。
今のこの関係が、壊れてしまうんじゃないかという不安がある。
「大好き……私だけのおーちゃん」
「もっと、ぎゅぅーってして……」
思わず子供みたいな声が出た。けれどそれに抵抗を感じる事はなく、オレは主様と二人だけの甘い時間に身を任せるのであった。
*
どこからともなくオルゴールの音色が、子守唄のように優しく切ない旋律を奏でている。
黄昏とも暁ともつかない淡い光が射し込み、壁を構成する8柱の天使たちを象ったステンドグラスを透き通り輝かせる。
そんな美しい円柱形の塔の中で、オレは椅子に座っていた。
……久しぶりに来たな、ここ。
「よっす、久しぶりなのだー!」
「おう、久しぶり。無事だったか」
以前、自分だけ残ってオレを助けてくれたアスターだが、なんとか生き延びていたようだ。安心だ。
「結構ヤバかったのだ……。もうカナンちゃんの魂に飛び込むなんて事はしたくないのだ……」
「あの時はありがとうな。しかしヤツは……あのエレボスとかいうアレは一体何だったんだ?」
黒い無数の手のような形をした、実体の無いバケモノ。
オレがカナンの魂の中でアレに襲われた時、アスターが助けてくれたのだ。
「エレボス……。アレはカナンちゃんの中に巣食う……別人格のようなものなのだ」
「今も主様の中にはアレがいるって事か」
「そうなのだ。けれど取り除く事はできないのだ。
なぜなら……いや、何でもないのだ。忘れてほしいのだ」
えぇ? せっかくいいところまで話してたのに、なんでまた。
……。
よほど話したくなさそうな様子だ。理由があるにしろ、無理には聞かないでおくか。
「さて、せっかくここへ来た事だし、また能力を作るか」
「いや、もうそれはあまり必要ないのだ」
「え?」
え、え?
能力作んないの? なんで?
と、オレが困惑すると、アスターはオレたちが立っている円柱の足場の下を指差した。
「あれは……まさかこれって全部……」
「そう、カナンちゃんが食べた魂なのだ」
仄かに光る透明な球体が、溢れんばかりにこのステンドグラスの塔の中に溜まり尽くしていた。
黒死姫が虐殺し、食らった狂信国の民。
25万人の命がここに……?
「カナンちゃんはもう〝魂喰〟を使いこなせているのだ」
魂喰を……?
言われてみれば、最近ここへ来なくても勝手に能力を獲得している事が何度かあったような。
「――能力とは、強い願いが魂の形に反映された存在なのだ。
だから魂が成長すれば、容量が増えて新たな能力を獲得できるのだ」
「……要するに、メモリが増えるって事か」
「う、うん? だいたい合ってるのだ。……多分。
けれど、魂の成長はめったに起こる事じゃないのだ。大半の者はアビリティを多くても数個しか所持できないのだ」
普通なら数個。
確かに今まで戦ってきたやつらも能力を10個も持っている奴はいなかったな。
……いや、でもカナンとオレは耐性含めて10個以上持ってたぞ?
今でこそ〝刈り取るもの〟に綺麗に纏められてしまってるけど。
「〝魂喰〟の真骨頂は、吸収した他人の魂の容量を奪って能力を作り出す事なのだ」
「容量を……ってまさか!?」
「……そうなのだ。今やカナンちゃんとキミは、ほぼ無尽蔵の魂の容量を持ってるのだ。それに、獲得に必要な〝強い願い〟のハードルもかなり下がってきているのだ」
だからか。獣王と戦った時にあんな都合の良い耐性を獲得したのは。
……じゃあアスターの仕事ってもう無くね?
「のだっ?! なんかすごく失礼な事を考えられてた気がするのだ! それでもわたしにはまだ仕事が……仕事はっ……?!」
あ、ヤバい。泣く。
アスターが泣いてまう。
「びえええええぇぇぇっっっ!!!!」
ごめんって!?
いくら宥めて謝っても、アスターはしばらく泣き止むことはなかったのであった。
外伝を新作として書こうかと思っています。
「おーちゃんカワイイ」
「ほんとおーちゃんカワイイ」
「おーちゃんをもっと摂取させろ」
「続きが気になる」
等と思っていただけたら、ページ下部の【☆☆☆☆☆】をタップしてもらえると作者が狂喜乱舞します。
感想やレビューなんて来た日には自我を失って発狂してます。




