第75話 弱肉強食
なんとレビューを2つも頂いちゃいました!
びっくりして死ぬかと思いました!
「さっさと仕留めてお昼ごはんにしてやるわ!!」
「クハハハ、ほざけっ! それはワガハイのセリフだ!!」
さっきはカナンに手も足も出なかった自称獣王の人面獅子だが、カナンと戦える策でもあるのだろうか。
「それがわかるのは、勝負が決してからよっ!!」
凄まじい速度でカナンが駆け出した。
一気に接近して一撃で頸を折るつもりのようだ。
その目的に獣王マルドティアスは気づいたらしい。
「ならば接近されなければ良いだけの事っ!!」
《解析中……。個体名:マルドティアス は能力【思考加速(5倍)】と能力【瞬発強化】と能力【獣王爪】を発動しました》
おおっ、明哲者さんいつの間に実況するようになったんだか。
まあ今は好都合。ヤツが瞬発強化と思考加速を使ったのは、恐らくカナンの素早さに対応するためだろう。そして【獣王爪】というのは――
『伏せろ主様!!』
「了解おーちゃんっ!!」
腰の力を抜き、カナンは上半身を崩れるように前に倒した。
直後、図上を鋭いものが風を切って通過し、後方にあった樹を斬り倒した。
「やるな!! ワガハイの爪を避けるとはっ!」
――【獣王爪】
それは、【竜爪】に近い能力のようだ。
腕を包むように、鋭い爪を備えたもう一本の腕を作り出す。そんな能力だ。
竜爪と比べると細いものの、リーチは倍以上ある。
しかも元々巨体の獣王だ。かなりの射程で、安易には近づけなさそうだ。
そう、カナン以外が相手なら。
「バラバラになるがいい!!」
獣王が乱れるように爪の連撃を繰り出す。
それをカナンは身を翻して避けてゆき、接近を試みる。
「動きが見え見えなのよっ!!」
カナンは止まらない。更に加速し肉薄する。
もう嫐る事は考えていない。
一撃で仕留めて終わらせる。ただそれだけだ。
《解析中――》
「!!」
しかし、カナンはせっかく詰めた間合いをすぐに離してしまった。
「……いいわ、そうじゃなきゃつまんないもの!!!」
「クク……どうした、来ないのか?」
……やはりカウンター狙いか。
懐へ入る隙を見せたのはわざとのようだ。
よく見れば感じ取れる、ヤツの巨体を包む透明な結界。明哲者いわくあれは風魔法を利用したもののようだ。
「無闇に突っ込むのは得策じゃなさそうね」
1度退いたカナンは地面に落ちていた握り拳大の石を軽く上へ放り投げて、足をバットのようにして石を獣王へ蹴り飛ばす。
それを獣王は避ける素振りも見せず、石は直撃したように見えた。
だが、石は獣王に当たる直前に砕けてしまった。
……やはりか。
あの結界は、範囲内に入った物体を自動的に攻撃するものらしい。
これじゃあ近接のカナンとは微妙に相性が悪いな。
『なあ、そろそろオレが……』
「ダメよ」
……そうですか。ダメですか。
まあ、あの程度の結界なら多少は不利だけど手も足も出ないってほどじゃないが。
「問題は無いわ! 何1つとして問題は無い!!」
「……!? 正気かっ、ワガハイの結界に突っ込んでくるだと!?」
一旦は距離を取ったものの、カナンは再び獣王へと一気に間合いを詰める。
一見無謀な行動に見えるが、カナンがそんな事をするはずは無い。
「ならば……上位風魔弾!!」
何かに気づいたのか、獣王は爪を振るって真空の刃を何発もカナンへと飛ばしてきた。
そんなものが今更簡単に食らうはずもなく、カナンは獣王へと更に近づこうとする。
しかし、上位魔弾の効果はそこで終わりではなかった。
「きゃっ!?」
突然カナンの体が宙に浮き上がった。
今の魔弾が地面に弾けた途端、炸裂して竜巻を巻き起こしたようだ。
巻き起こった竜巻にカナンはかなり上空へ飛ばされてしまった。
それに伴い、影の中にいるオレと距離を離されてしまった。でも、あとでおしおきされるのは嫌なので勝手に出る真似はしない。いざとなったらさすがに出るけど。
「空中ならば逃げ場はあるまい! 上位風魔弾幕!!!」
獣王の尻尾から、上空へ向けて鎌鼬の弾幕が放たれる。
カナンといえどさすがにこれほどの魔法は厳しいか……?
……いや、平気そうだな。
「あはっ! 楽しくなってきたわぁっ!!」
弾幕を回避すべくカナンは空中を縦横無尽に駆け回る。
【空中跳躍】により、カナンは文字通り足場が無い空中でも走って跳ぶ事ができる。オレ達にとって空中は逃げ場が無い場所ではないのだ。
だが
「つっ……!」
一発、風の刃に掠って脇腹を抉られてしまう。
そして弾幕を身を翻して避けつつも、カナンは地上へまっ逆さまに落下してしまう。
「狙い撃ちにしてくれるっ!」
それを隙と見たのか、獣王は爪に魔力をタメる。
強い攻撃を放つつもりらしい。
――そう、これこそがカナンの狙い。何も心配はいらない。
「……にひっ!」
加速っ!
カナンが落下する速度が突如として速くなった。
否、カナンは落下しているのではない。
空を何度も逆さに蹴って、地面へ向けて跳躍しているのだ。
「な、なんだとぉっ!?」
空中で急加速したカナンは、流星のごとく獣王へと突っ込んでいく。
「もらったぁ!!」
【竜鎧】
これは、獣王のものとは別の方向で【竜爪】の上位互換と呼ぶべき能力である。
肘から先のみを覆う竜爪に対し、竜鎧は全身に同質の気の塊を覆わせて防御もできる。
これならば、多少の魔法は簡単に無効化できるのだ。例えば獣王が纏っている結界だとかも。
「くっ! 上位風魔弾っ!!!」
獣王は風の弾をカナンへ放つが、今更単発で当たるはずもない。
弾をもう一発放つよりも先に、獣王の頭へカナンの爪の攻撃が炸裂した。
「ぐぎゃあああっっ!!!!」
肉を抉り、骨を削り、獣王の頭に赤い裂傷を刻みこんだ。
「……チッ、浅かったわね」
脳天を貫くつもりだったようだが、僅かに逸れて顔面を抉りとるだけになってしまった。それでも大きなダメージであることには変わりないが。
「よ……よぐもワガハイをぉ……」
顔面の右半分が欠けて瀕死の獣王へ、カナンは無情に竜爪を向ける。
「苦しそうね? 今とどめを刺してあげるわ」
会話が成り立つ相手だろうと、カナンもオレも殺す事に何の躊躇もない。
あるいはそれは、苦しみから解放してあげるカナンなりの慈悲なのかもしれない。
「ワガっ……ハイはあぁ! この地上の支配者になるものであるっっ!! こんな所でえぇぇっ!!!」
「あなた、大結界から出てきたのね? 悪いけど、あなた程度じゃ支配者になんてなれないわよ」
「年端もいかぬ小娘風情がほざくな! ……諦めぬぞ、ワガハイは諦めぬ!!」
「そういうのいいから、さっさと死になさい!」
うつ伏せに倒れこんだ獣王へ、カナンは竜爪を振り下ろす。
今度こそ決着がついた――かに思えた次の瞬間。
「がはっ?! い……いきがっ……?!」
『どうした主様!?』
「……」
カナンの声が聞こえなくなった。苦しそうに口はパクパクとさせているが、一切の音が聞こえない。
カナンの足元にはよく見ると魔法陣が刻まれている。
ヤツは風――則ち空気を操る。
……まさか!
「ぐ……危なかった、ワガハイをここまで追い詰めたのは貴様が初めてであるぞ?」
『主様っ!!』
喉を押さえて瞳を充血させ、カナンはとうとう震えながら膝をついてしまう。
――
獣王は、予想外の一転攻勢に驚きつつも確信した。
これは、獣王が咄嗟に設置した〝真空を作り出す結界を生成する〟魔法陣に、見事カナンが引っ掛かったのだ。
「ワガハイを追い詰めた事は褒めてやるが、所詮この世は弱肉強食。真の王者こそが常に勝利するのである!! クァッハッハッハッハ!!!」
真空の結界の内部で力なく倒れこむカナンを見て、獣王マルドティアスは勝利を確信した。
「ふぅー……この程度の傷、時間さえあれば簡単に癒せるのである」
獣王の顔面の傷がみるみる内に癒えてゆく。
能力【無限再生】により、獣王は驚異的な回復力を発揮したのである。
とはいえ不死身ではない。
仮にカナンの一撃が脳天に直撃していれば、再生する前に絶命していただろう。
――仮に、の話だが。
「所詮はニンゲンの限界などその程度。ワガハイの糧になる運命なのである」
念のため、獣王は動かなくなったカナンの体に尾の蠍の針で猛毒を打ち込んだ。
強力な神経毒で、人間の致死量を遥かに越える量がカナンの体内へ注ぎ込まれた。
そして――
「あーーーーー……」
獣王は、激しい戦いを繰り広げた敵の成れの果てを一口で飲み込んだ。
「弱肉強食。やはりワガハイこそがこの世界の支配者に相応しい。
次はニンゲンの棲家で女子供を何匹も踊り食いにしてくれよう!」
近くに街がある事を察知し、獣王は駆け出した。
獣王マルドティアス―― 彼が仮にこの国と正面から戦ったとすれば、滅亡寸前まで追い詰める事が可能であろう。
――仮に、の話だが。
ドクン――
「モゴッ……なんっ……だ!?」
突然の違和感。突然の吐血。
腸を切り刻むような耐え難い激しい痛みが、獣王の腹を内側から突き刺した。
――彼の誤算は3つ。
カナンが最期まで人間であると信じていたこと。
カナンを飲み込み体内に入れてしまった事。
そして、カナンがまだ奥の手を隠し持っていた可能性を考慮しなかった事である。
「〝オウカ〟」
腹の底から逆流するように、自らの喉の奥から口の外へと何かが勢いよく飛び出した。
「オゴッ!? ばっっか……な??!」
それは、黒いガンレットを備える巨大な両腕。
そしてそれが、内側から体を引き裂かれる獣王が最期に見た光景となったのであった。
獣王くんは次章の舞台と関係あります。
次回はまたイチャイチャさせようかと考えてます。
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