第72話 なにげないいちにち
カナンちゃんヤンデレ化してきます。
今日も今日とて日が昇る。
「おはよおーちゃん」
「おはよう主様」
抱いて抱きしめられながら、オレとカナンは布団の中で朝の挨拶を交わす。
そしてベッドから起き上がろうとすると……
くうぅぅぅ……
「そういや昨日は何も食べてないじゃん!」
あまりにも強烈な空腹感がオレを襲ってきた。
お腹が背中に貼り付きそうなくらいオレの胃袋が飢えを主張している。
「そうね……私はあんまり食欲が……」
「……じゃあ、一緒に食べるか? いつも通りだけど」
「うん……」
のそのそと腰の重いカナンを引きずって、オレは部屋を出る。
そうしていつものリビングへ辿り着くと、テーブルには既に朝食が用意されていた。メルトさんがあらかじめ作ってくれたのだろう。
「おや、おはようさん。そろそろ呼ぼうと思ってたんだ」
「おはようメルトさん」
本当にこの人はいい人だ。コルダータちゃんの友達だからって一月以上も衣食住を提供してくれた上に、精神的に動けなくなってしまったカナンとオレをこうして家に置いてくれている。
「ほら、冷めない内に食べな」
「じゃ、いただきます。ほら主様も」
「……いただきます。もぐもぐ……ぅ……?」
「どうかしたか?」
ふと、食べ物を口へと運ぶカナンの手が止まりった。その顔には怪訝な表情が浮かんでいる。
「しない……」
「なんだって?」
「味が、しない。わかんない……」
味が?
1度カナンにオレの人化召喚を解除してもらい、体の感覚を共有させて確かめてみる。
オレには味が分かる。カナンの五感はひとつも欠けていない。となると……
『とっても辛かったもんな』
「うぅ……ごめんなさい、せっかく作ってくれたのに……」
「目の前で辛い事があったんだから気にしなくて平気さ。……次は香りのするモノを作ろうか」
『ほんとうにありがとう、メルトさん』
いつもいつもの分を込めて、念話だけど改めてお礼をする。
カナンも味がわからないのに何とか完食していた。えらい。
*
「さて、今日は何をして過ごそうか?」
部屋へと戻り、ベッドの中へ潜り込もうとするカナンにオレはそう聞いてみた。
「お外には、出たくない……。何をしたいかわかんない……」
「そっか。じゃーあ、お部屋でくつろいでようか?」
「……おーちゃんがしたいならそうするわ」
辛い時は無理して動く事もあるまい。
それでも少しでもカナンに元気になってほしい。
だからオレは、カナンの為に奉仕をするつもりだ。
「――これはりんごって読むのよ」
「なるほどなるほど」
オレは今、カナンに絵本を読み聞かせてもらっている。
お部屋でカナンにすりすりされながらぼんやりしていると、飽きてきたのか本棚から絵本を取り出してオレに読み聞かせ始めた。
ストーリーは、シャクヤという女の子がりんごをいっぱい収穫してきて、密かに恋心を寄せる少女とアップルパイを作る、といった内容だ。百合かな?
で、読ませてもらっているのはいいんだが……
「……なあ、悪いとは言わないけど、なんかちょっと近くない?」
「……おーちゃんが側にいないと不安なの」
近いっていうか、後ろから羽交い絞めにされてるというか。
「あぅ……悪い、今無性におトイレにいきたくなっちゃったんだけど……」
……尿意がヤバい。
離れたくなさそうだったから我慢してたけど、もう無理。女の子の尿道の短さを嘗めてはいけない。
「いいけど、お外は危ないわ。私もついていってあげる」
「ぁ……ふぇ?」
――ちょろちょろとナニかがせせらいでいる。
「あぅ、あんまり聞き耳立てないで……。恥ずかしいから……」
便座に座って尿意を放出しながらも、扉の外が気になって仕方がない。
だって……
「だって、中におーちゃんがいるってわかんないと怖いんだもん……」
扉の向こうには、耳を澄ませてせせらぎを聞いてるカナンがいる。
初めはトイレの中にまで一緒にいたいと言っててそりゃあもう焦った。
何とか説得して扉の外で待ってもらうようにはしたけど……。
「おーちゃんの、かわいい音……」
「だから聞かないでぇっ!」
*
おトイレを出てカナンにくっつかれながらお部屋に戻り、また読み聞かせ。
その他にも、字母表を見ながら何冊も絵本を読んで、簡単な単語程度なら理解できるようになってきた頃。
窓からカーテン越しに射し込む淡い光。
いつの間にか夕方時になっていた。
「ふーっふーっ……はい、あーん♡」
夕食。粥やスープなど、比較的固形物が少ない料理が食卓に並んでいる。メルトさんに感謝だな。
オレは食欲のないカナンの為に、匙ですくったスープを息で冷ましてカナンに差し出してみる。
ちょっとでもカナンに喜んでもらいたく、オレはいつも以上に可愛く接してみた。内心抵抗なくやってる自分が恐ろしい。
「あーん……むっ」
そっと、大きく開けられたカナンの口の中へ粥を乗せた匙を入れてあげる。
そして口が閉じられたら、唇の隙間から空の匙だけが引っ張り出される。
「あれ……?」
「どうした?」
「……ちょっとだけ、ほんの微かにだけど味がわかる気がする」
口をもごもごさせて、今日一番の笑みを見せるカナン。
「とっても美味しいわ! もっとちょうだい!」
どうやら、オレが食べさせたものの味は辛うじて分かるようだ。同じものでも直接食べたら味がしないようだし。
……そんなにオレが好きって事か? 照れちゃうじゃん。
「ふふふ、まだまだいっぱいあるぜ。はいあーん!」
「あーん!」
そんなこんなでゆっくり完食し、夜も更ける。
「メルトさんごちそうさまでしたー!」
「あいよー!」
少しはカナンも元気が出ただろうか。お腹も膨れて、リラックスしながらお部屋へと戻る。
「それじゃあさっそくお勉強の続きをしましょう?」
「いや、先にお風呂入ってからにしようぜ主様」
ごはんを食べたらお風呂。
いつもの習慣である。
「やだ。おーちゃんと離れたくないし……」
いつもは嫌がるオレを引きずってでも入るお風呂を断るとは。でもお風呂にはどうしても入れたい。なら……
「じゃあ、オレだけお風呂入ってくる」
「や、やっぱり私もいく!!! いかないでぇ!」
*
部屋へ戻ってきた。
いつもよりやや長風呂だったかもしれない。
特にカナンにイタズラされる事はなかったけれど、ずっとぴったりオレにくっついてくるから別の意味で大変だったかもな。
「さっぱりしたねー、おーちゃん」
「あぅーっ、少しのぼせたかも……」
頭がぼんやりする……。
「今日はありがとうおーちゃん。なんだか少し気持ちが楽になった気がするわ」
「おぅ、それなら良かった」
カナンがオレの頭をなでなで……えへへ、なんだか嬉しいな。
「ねえおーちゃ――うぐっ!?」
「ん、どうかしたのか主様?」
「うぅ……がうぅっ!!」
「おわっ?!」
直前まで穏やかにしていたカナンがまるで獣のように豹変して、ベッドに腰かけるオレに飛びかかってきた。
抵抗するつもりはないけれど、凄まじい力でベッドに押さえ込まれてしまう。
「はあぁぁ……」
金色の瞳が紅く染まっている。
カナンの口が大きく開かれて、滴るよだれがオレの顔に垂れてきた。
これは……吸血衝動か。最近ご無沙汰だったから、その分溜まってたのかもしれない。
それこそ、こうして理性が飛ぶくらい。
つぷんっ。
「んっ……」
鋭利に伸びたカナンの白い牙が、無防備にさらけ出したオレの首筋へ容赦なく入ってきた。
甘い痛みが……きもちいい。
「んくっ……んくっ……んくっ……」
カナンの喉が、何度も口の中の液体を胃へ流し送る。
オレの血が、カナンの体の奥へ流されていく。
「……美味しい?」
「うんっ……んくっ……甘くてっ……んくっ……とまんないっ」
オレの首にむしゃぶりつくカナンの様子が、とってもかわいい。
念のためオレが失血しないよう枕元にポーションの瓶を3本くらい収納から取り出して置いた。
これで何の気がねもなくカナンに……いや、主様に好きなだけ血を吸わせられる。
「よしよし……今日はどうだった?」
「っぷはぁ。おーちゃんのおかげで少し辛さを忘れられたわ。ありがと、おーちゃん」
カプッ
再び首筋に牙が刺さる。
あぁ、主様の気持ちを少しでも楽にできたなら、とっても嬉しいな。
そうして血を抜かれて冷たくなっていく体とは裏腹に、オレの気持ちは温かくなっていくのであった。




