第71話 ただの悪い夢じゃない
新章です。短いと思います。
「〝オウカ〟」
柔らかくて優しい朝陽の光が窓から射し込んでくる様子が、目を覚ましてから最初に見た光景だった。
目の前には、我が家のいつものベッドに腰かける白いワンピース姿のカナンの姿があった。
ゴスロリ姿のオレとは対照的だ。
「う……おはよ主様」
「おはようおーちゃん」
うーんん、なんでオレここにいるんだっけ。確か狂信国とかいう所に連れていかれて……。
「先に起きてたのか?」
「ううん、私も今起きたとこよ。ところで……コルちゃんは、どこかしら?」
コルダータ、ちゃん? 辺りを見渡してみるも、どこにも姿は見当たらない。
そうだ、全部思い出した。けれど――
「コルダータちゃんは……」
「そう、よね。全部、悪い夢じゃなかったのね……」
コルダータちゃんがどうなってしまったのか、分かっちゃいるけど言葉にできない。
「おーちゃん……」
すると、カナンがまとわりつくようにオレに抱きついてきた。
ぎゅっと胸の中に顔を埋めており、表情は分からない。けれど、どこか濡れている。
「……」
今はオレがしっかりしなきゃ。
オレはただ、何も言わずにカナンの頭を抱き締める事しかできなかった。
しばらくそうして過ごしていると、部屋の扉が2度のノックの後に開けられた。そこに立っていたのは――
「ん、二人とも目が覚めた……ようだね」
「ルミレイン……!?」
と、メルトさんだった。
メルトさんの手にはコップが二つ乗せられたお盆があり、オレ達の為に持ってきてくれたようだ。
「コルーの為に、戦ってくれたそうだね。ありがとう……」
そう言ってメルトさんが差し出してくれたのは、以前にも飲んだ生姜湯だった。
「ありがとうメルトさん。主様も飲むか?」
「……うん」
ようやくオレの胸から離れ、目元の赤いカナンと一緒に温かい生姜湯を口にした。
ほんのり甘くて体に染みる味だ。
「う……?」
「ん? どうした主様?」
「ううん、なんでもない」
何か気になる事があるみたいだったが、何でもないのならそれはそれでいい。
「ごちそうさまメルトさん」
メルトさんは空になったコップを受けとると、そのまま部屋の外へ出ていった。
どうやらルミレインとオレ達の話の邪魔になると思ったらしい。
「……二人に聞かせたい事がある。けれどそれは、気持ちの整理がついてからでいい」
「……少し気分が落ち着いてるから、今でも構わないわ。おーちゃんもいいわよね?」
「問題ない」
オレ達が了承すると、ルミレインは少し張り詰めた様子で話し始めた。
「結論から言う。君達は〝特S級討伐指定モンスター〟……すなわち人類の脅威であると各国から見なされた――」
そう切り出されたルミレインの話は、どれも記憶に無いものだった。
戦略兵器魔法を優に越える破壊力を持つ雷が、狂信国を地図上から消滅させた。
他にも、数千キロ離れた国からも確認できるくらいに巨大な赤い雷の柱が、海底に広大な穴を開けた。
それもこれも、全て〝黒死姫〟と呼称される魔物の仕業である。
黒死姫は、史上17体目の〝特S級討伐指定魔物〟に発生から僅か半日で登録された。
――ところが出現から一時間後、黒死姫は海上で忽然と姿を消してしまったという。
「……君らなら解るだろう。黒死姫の正体は――」
「……私、よね?」
……思い出した。
全てを擲ち、カナンと一緒に〝影葬〟を発動させた事を。
オレとカナンを完全に同一化させ、カナンの潜在能力を暴走させる能力。なお暴走時の記憶は無い。
解ってはいたが、あれはまさしく禁忌だったようだな。
「……死者数は25万人を越える。これを聞いて何か思う事はある?」
「……微塵も無いわ。百万の有象無象よりコルちゃんの方が大切だったもの……」
カナンは気丈に振る舞っているようだが、その内側はきっと今にも溢れ出しそうな悲しみが満ちているに違いない、
「オレも特には何も」
カナンと同じく、オレの中でもコルダータちゃんと25万人の命の天秤は掛けるまでもない。
そんなオレ達にルミレインは何も言わず、ただ静かに頷くだけだった。
それから少しの沈黙の後、ルミレインは更に話を続けた。
「……コルダータの肉体はまだ死んでいない。ティマイオスに乗っ取られたまま、デミウルゴス教団の別支部で傷を癒してる」
「コルちゃんがまだ生きてるのっ!?」
「……生きてるのは肉体だけだ。あれはもうコルダータではない」
肉体だけ。つまり、魂はラクリスの奴に完全に破壊されてしまったという事だ。もうどこにも、コルダータちゃんは居ない。
「うぅっ……コルちゃん、ぐすっ、ごめんね……」
「主様……」
耐えきれなくなり、カナンはまたオレに泣きついてきた。
ホントはオレだって泣きたい。だが、それでもオレが泣く訳にはいかないのだ。大切な主様の為にも。
「……ボクは当分この街に滞在する。踏ん切りがついて旅を続けるかどうか決まったら、いつものカフェに来て」
「そうか。行く前に教えてくれ。暴走してたオレ達を止めてくれたのは、多分ルミレインなんだろ? なんでそんなにオレ達を助けてくれるんだよ?」
そんなオレの問い掛けに、ルミレインはごく短く返した。
「別に……ただの、スイーツパーティのお礼」
そうして、ルミレインは気を遣ってか部屋を後にしたのだった。
「うっ、ああぁぁぁ……ごめんねぇっ! ごめんねコルちゃん……!」
「よしよし……」
他人の目を気にしなくなり、カナンは決壊するように一気に泣き出した。
そしてオレは、小さくてか弱い主様を小さな胸で包み抱く。
「ぐすん、ごめんねおーちゃん。こんな私なんかに……」
「構わない。主様はとっても頑張ったんだから、今は好きなだけオレに甘えてくれ」
「あ、うう……。うああああん!!」
止まぬ嗚咽。初めて見る、カナンのぐしゃぐしゃな顔。
笑っているように口角を上げつつも、かっと見開いた眼からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ出る。
……主様にはオレが必要だ。どんな時も、隣で支えてやらないと簡単に壊れてしまうから。
「よしよし……ずっとオレが側にいるからな……」
――コルダータちゃん……ごめんな。
今は少しだけ待っていてくれ。いつか必ず、体を取り返してやるからな。
*
んむ……いつの間にか夕方になってる。
あれから寝ちゃってたみたいだ。
オレはベッドでカナンに抱きつかれながらあお向けに寝ていた。
「……うぅ」
カナンはまだ寝ているようだ。悪い夢を見ているのか、顔を強張らせ時折かすれ声を発している。
「主様……」
カナンの甘い香り……。
オレは顔の下にあるカナンの金髪を撫でて、そっと抱き締める。
「おー、ちゃん……?」
「目が覚め――あうっ?!」
目を開けるなりカナンは、オレを勢いよく自分の胸へぎゅっと抱き寄せてきた。
「おーちゃんだけは……おーちゃんだけはもう、いなくならないで……」
「……オレは主様をひとりになんてしないよ」
何か怖い夢でも見たのだろうか。オレがいなくなる夢だとか。
「ほんとうに? 約束よ?」
オレの事を不安げにぎゅっと抱きしめる様子は、カナンがまだ幼い女の子である事を痛感させる。
「約束する。オレはずっと、主様の側にいるって」
強く抱きしめるカナンに応えるように、オレもぎゅっと精一杯強く抱き返す。
「おーちゃん……大好き」
瞳から雫を滴らせ、カナンはオレを一層強く抱き締めた。
大好き、か。
オレは全てを主様に捧げるつもりで側にいる。
現状のものは主従契約ではないらしいが、もし上書きができるならそれに変えてしまっても構わない。
そんなオレに与えられる〝大好き〟という言葉は、あまりにも甘く甘くとろける蜜のようで。
「ずっと、こうしていたいな……」
しかし本当なら、ここにコルダータちゃんもいるはずだった……。
少し嬉しい反面、やっぱり悲しみには抗えない。
そう思いながら、オレは嗅ぎ慣れたカナンの匂いに包まれ三度目の眠りへ誘われるのであった。
久しぶりにイチャイチャを書けて満悦なのです。キスさせようかと思ってたら規約でダメらしく落ち込んでます。




