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第69話 U.N.オーエンの慟哭

 咲いた。


 白くて小さい鈴のような花が幾千万、見渡す限り続く闇空の地平線にまで咲き乱れていた。

 それは雪融けの雫のように甘く優しくて、そして凍てつく殺意の香りを纏っていた。


 その花は、帰らぬ人を待ち続ける少女の心の様子そのもの。

 雪のように白く冷たい花畑の中心に、少女は舞い降りた。


 少女は星の浮かばぬ夜空に溶け込んだ黒いドレスを纏い、七色のステンドグラスのような翼をはためかせる。


 それはまるで、総ての者へ等しく死を告げる天使――




「あ……あぁ……こんな……そんな……」


 この世界に紛れ込んだ異物(ラクリス)は、考える事を拒絶していた。


 しかし非情にも、彼の本能はこの現実を理解してしまっていた。

 己の最期の切り札があっさりと破られてしまった事に。その先に待ち受ける確実な死を。


 ラクリスが心象で彼女につけた傷や欠損した肉体が、服ごとみるみるうちに癒えてゆく。

【超再生】を有する彼女にとって、もはや内臓や四肢の欠損はかすり傷と同義なのだ。



「い……いやだいやだいやだっ、死にたくないっ!!」


 現実を認識したラクリスは、少女に背を向けて逃げ出した。

 もはや勝ち目は無い。プライドも何もかもかなぐり捨て、ただ生きる為に逃げた。


「ぐううぅ……! クソっ! 能力(アビリティ)も〝転移陣〟も使えないっ……!!」


 逃げ場は何処にも無い。空間そのものが外界から隔離されているのだ。

 逃げ惑う哀れな兎に捕食者(それ)は追いかける訳でもなく、ただ冷たい視線を向ける。



 少女はもう、壊れた玩具(ラクリス)に飽きていた。


 飽きた玩具はどうするか?


 彼女は腹が減っている。



「あぐっ?!」


 とさりと、白い花畑の上でラクリスが不自然に転んだ。

 咄嗟に残された片腕で受け身を取り、立ち上がろうとする。


 しかし、そこでラクリスは気づいてしまった。


「な……んだよコレ……?」


 掌が黒く染まっていた。

 否、掌だけではない。全身の至るところが、掴まれたかのように黒い闇の手形に侵食されていたのだ。


「がっ!? いだいいだいいだいいぃぃぃっ!?!?」


 そしてその認識と同時に、激しく冷たい痛みが遅れて全身を襲う。


 ラクリスは今、彼女に喰われているのだ。



 ――心象顕現『晨星落落』


 それはカナンの心の有り様そのもの。

 内部に招待された者は、結界内どこにでも湧き出す闇に全身を貪られ一瞬で塵と化し闇に融けてしまう。


 だが、なまじ抵抗力のあるラクリスはじわじわと少しずつ体を侵されてゆくのだ。




「いやだ、死にたくないぃっ!!」


 己の体中に広がってゆく闇に、ラクリスはなす術もなくただただ深い絶望を味わっていた。

 闇はやがて全身を覆い、とうとうその顔にまで侵食が進む。


「だすげ……だずげでだれがあぁっ……! おでがい……だすげでっ!!


 祈りは神には届かない。

 無意味で無価値な汚ならしい言語の羅列を吐き出して、底の無い闇へと呑み込まれてゆく。


 見下していた17番目の少女に、永劫の闇へと引きずり込まれてゆく。


 呼吸すらもう許されない。


「死にたくないっ! 誰か……おかあさん……だすげておかあさぁぁぁぁん!!」


 闇に呑まれる寸前、ラクリスが最期に口にした言葉。


 それは前世で唯一人自分を愛していたにも関わらず、『クソババア』呼ばわりし蔑み続けていた女への祈りであった。







『縺ゅ�繧�』





 ゴクンッ





 怪物は魂を喰らう。


 気高いものほど、あるいは腐っているほど。そして恐怖に満ちているほど、魂は美味い。


 しかしそんな美味なる餌を喰らっても、怪物が満足する事はない。


 そして誰もいなくなった『晨星落落』の中で、怪物は静かにぽつりと戯言を囁く。




『ア……ワたシ、キレい?』



 怪物に感情は無い。ただただ欲望のままに命を喰らう。

 獲物を喰らうが為に、怪物は常に合理的な手段を選ぶ。より強きものを屠るために、強い力を求める。


 すると、純白の花(スノードロップ)たちが揺らめく世界の中心に、いつの間にか一本の剣が突き刺さっていた。


 紅蓮の闇を思わせる赤黒い刀身のそれは、彼女の生前に親しい鍛冶師に打ってもらった未完成の(・・・・)魔剣だった。



 彼女がそれを引き抜くと、カナンの心象(セカイ)はひび割れるように砕け、元の闇夜に広がる灰と瓦礫の荒野が現れた。



 ――まだ食べ残しがいる。


 沖へと出港した船に、あるいはまだ破壊されていない遠くの街々に。


 怪物は餓えるがままに、本能の命ずるがままに命を求めて飛び去った。











 ――小さな騎士(おにんぎょう)が十人いました。

 1人が呼吸の仕方を忘れちゃって。

 残りは九人。








 *







 ――ダメですカナちゃん……。このままじゃほんとうに……バケモノになってしまいますよ……。


 ダメです……あぁ、わたしの声はもう二人に届かないみたいです……。



 それでも……お願い……。どうか……。



 カナちゃんとおーちゃんを……どうか助けてください……。


 かみさま……。


 明……星の……。









 《――個体名:コルダータ のアクセス権限を取得……成功。【聖哲者】より要請を発信中……。受諾されました》










 *







 ――足りない。まだ、腹は満たされない。


 ラクリスを殺してから黒死姫は、数十分かけてザイオンと呼ばれる島に存在する全ての命を喰らい尽くした。


 可愛らしい悲鳴も慟哭も、全部ぜーんぶ飲み込んで、魔人から虫一匹に至るまで全ての命を刈り取った。


 ここにもう用は無い。


 それよりも、海の遥か向こうにここより多くの(エサ)の気配を感じる。


 もっともっと喰べたい。


 お腹が空いた。


 喰べたい。足りない!


 もっと! もっと……もっとよこせ!!!


 少女は飛び立った。

 海の向こうにいる人々の命を求めて。


『ア……ア��アァ�アアァ���ア�ァッ!!!!!』



 夜の大海に響き渡る黒死姫の咆哮。

 それは獣のような激しい怒りを吐き出し、そしてどこかに悲しみを孕んでいる。


 理性なき化け物(マオウ)は、激しい(いかずち)を落とし海中の生物を殺しながら、時速数百キロで大陸を目指す。


 もしも彼女が大陸に上陸すれば、いくつもの国が抵抗虚しく消滅し、数千万人が犠牲になるであろう。


 強度階域にして第6域(タイラント)という、並の魔王にも匹敵するSSランク冒険者が数十人束になって、辛うじてまともに渡り合える化け物。

 第8域(デストロイ)……特S級モンスターとはそれほどまでの脅威なのだ。


 しかも黒死姫は極めて好戦的である。


 他の特S(ランク)よりも危険度は遥かに上だ。


 魔人を含む人類を大陸から絶滅させる可能性すらあり、既に大陸では複数国間で緊急対策会議が行われていた。





 ――嗚呼、はやく喰べたい。


 もっと……もっと強くもっと早く……合理的に命を刈り取るにはどうすればいいか。


 バラバラにして……


 細かク千切って……


 磨リ潰シて……





 ……?





 突然、黒死姫は海上で進みを止めた。



 ――何だろうこの奇妙な気配は?



 空気が熱い。そして、なぜだか眩しい。


 そう思った黒死姫が気配のする上空を見上げた、その時だった。



『……!?』



 それは、朝日と勘違いする程に白熱した光球だった。


 太陽のように明るい光の塊が、恐ろしい速度で黒死姫めがけ真っ直ぐに降ってきた。


 黒死姫が咄嗟にそれを避けると、光球は熱で沸騰する海面直前でピタリと静止した。

 そして、小さく縮んでゆく光の中から1人の少女が現れる。


「……どうでもいい奴は見捨て、気に入った者は救う。それがボクだけの正義」


『ア……』


 彼女は赤いパーカーと黒いショートパンツというあまりにも軽い格好をしていた。


「後者。……気が済むまで、ボクが相手をしてやる」


 そしてサイドテールに纏めた赤髪をかき上げて、ルミレインは面倒臭そうに黒死姫と対峙した。



『繝ォ繝溘■繧�s騾�£縺ヲっっ!!!!』


「何かと思って来てみれば。コレを目覚めさせるとは、アイツらめ何てことを……。全く、これだから人類種は嫌いなんだ」


 ルミレインは腰に納めた剣の柄に右手を添える。


 ――その刹那、黒死姫の視界からルミレインが消えた。

 それは瞬きにも満たない、ほんの一瞬の出来事だった。



「……修行を始めようか、二人とも」



 耳元にその声が届くよりも速く、ルミレインは剣を鞘に収めた。




 〝絶対切断(ザンテツケン)




 ピシリと黒死姫の頸から音がする。


 そして次の瞬間、その頸は血飛沫と共に宙を舞った。

マイクラ楽しくて執筆が疎かに……

もっと更新速くするよう努力しますので許して……。


さて、今章も佳境です。ルミレインちゃんの実力やいかに。

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[一言]  口裂けは止めよう。(震え)
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