第63話 それでも届かない
まだ終わる訳にはいかない。
「これは契約よ! 私の寿命を半分あげるわ! 出てきなさい、〝影魔召喚〟!!」
愛しいその名を呼んだ途端、私の足元に映る影の中から異形の怪物が溢れ出す。
黒いコートを纏い、手足には甲冑のような物を着け、頭部は金属質な竜の頭骨に覆われ、そして背中にはとても大きなコウモリの翼をはためかせていた。
『……おま、寿命を半分っておい!?』
「おーちゃん……お願い。お説教は後で聞くから、もう一度だけ助けて」
『あー、色々言いたい事はあるが……了解だ』
四方八方から襲い来る武器の大群に対し、おーちゃんは私を抱えて結界を展開した。
「馬鹿な、魔霊は確かに――」
「オレは不死身なんだよ!」
剣と結界がぶつかり合い、ギョリギョリと変な音を立てる。
そしておーちゃんは、青い半透明の結界を展開したまま翼をはたいて飛び立った。
「結界が……凄いわおーちゃん!」
『ああ、これなら安全に接近できそうだな』
おーちゃんが移動すると、丸い結界もそのまま一緒についてくる。ルミちゃんとの修行中はこんなことできなかったのに。
そしておーちゃんは、結界で防御したままラクリスの元までたどり着いた。そしてその大きな腕でラクリスに掴みかかる。
『全て見ていた。主様の裡からお前がしたことを。お前、コルダータちゃんを……よくもっ!!』
「ははっ! 殺したよ、それがどうしたんだい? 冒険者どもだって有害な魔物を殺してるでしょ? それと一緒だよ!」
『……お前の声にはうんざりだ。もう、喋るな……二度と喋るな!!』
おーちゃんの手の中にいるラクリスが、闇と氷の塊に呑み込まれる。
それだけじゃない。地面に氷の棘をいくつも作り出し、そこへ叩きつける。
『何もかも、ナニモカモ……! お前もろとも消し去ってやる! 凍闇徹甲砲っ!!!!』
氷に閉じ込められたラクリスを、黒く冷たい砲弾が直撃した。
そして――
ドゴォォォォン―――!!!
浜辺どころかこの港町ごと瞬時に消滅させてしまう程の黒い爆発が、夜闇に巻き起こった。
『まだまだっ!! 凍闇徹甲砲! 凍闇徹甲砲!! 凍闇徹甲砲ッッ!!!』
*
おーちゃんの魔力の大半を消費して放たれたそれらは、この地域一帯を更地にするどころか中に村をひとつ作れそうなくらい巨大なクレーターを形成した。
海から水が流れ込み、ここはいずれ小さな入江になるだろう。
「ありがと、おーちゃん」
『はぁ……主様。寿命の半分を契約に使うなんて、オレは望んでないからな? もっと自分を大事にしてくれよ。ほい、回復薬』
「ありがとう。でも、寿命を削ってでもやんなきゃ確実に殺されていたわ?」
やれやれと呆れながらも納得した様子のおーちゃん。
ともかく、これでラクリスは倒せたのだから、海を渡って帰るだけね。
「おーちゃん、部分召喚で海を渡るわよ? コルちゃんは私に掴まって――あ……」
……そうだった。
もう、どこにもコルちゃんは……
ずっと考えないようにしていた現実を突きつけられる。
その事実に、私の心は耐えられなくて。
「あのねおーちゃん……私……わた、しは……これから……どう、すれば……うぁ……うわああああああああん!!!!」
『主様……今は外へ逃げよう。どこか落ち着ける所で一緒に暮らそう。お互い、悲しみと向き合えるまで、ずっと……』
いつものカワイイ姿じゃない、感情の見えない悪魔の姿のおーちゃんに、私は悲しみをぶつけるように抱きついた。
……硬くて冷たい。でも、温かい。
おーちゃんよりも私の方がお姉さんだといっつも見栄を張っていたけれど、本当はおーちゃんの方がずっと大人だったのね。
本当はおーちゃんも悲しいはずなのに。
「うわあぁぁぁん!! ああぁぁ……」
私はただ、優しいおーちゃんに包まれて泣き叫んでいた。
だが
「そーゆーのにはまだ早いんじゃない?」
入江となったクレーターの方、未だ立ちこめる土煙の中からそれは聞こえてきた。
あり得ない――
それがまず、感じた事だった。
「言ったはずだよ、俺には効かないって」
『ば、馬鹿な……!? 確かに魔弾を直撃させて仕留めたはずだ!?』
ラクリス……? なんで生きているのよ? あれほどの爆発を食らいながら、無傷……?! しかも、その服にすら一切の乱れが見当たらない。
「確かに当たったね。爆発にも巻き込まれた。でも、俺には効かなかった。それだけさ」
『効かない……だと? お前は何なんだ!?』
「ふふふ……さっきの話の続きだよ。君が吸血鬼をベースに複数の不死者の因子を組み込んで造られた魔人なら、俺はまた別の化け物がベースになってるのさ」
自身へ対する一切の害を無効化し、天より降り立つ世界の天敵。
脳裏に一つの可能性が浮上するも、それを認めるのは、あまりにも――
『お前……まさか……』
ばさりとラクリスの背中から大きな翼が広がった。
それは、まるで孔雀のような虹色の翼だった。そしてラクリスは、笑いながら絶望的な真実を言う
「俺は虹翼の使者の魔人なんだよ」
虹翼の使者――
それは、数百年周期でこの世界に襲撃してくる怪物。白い体色に虹色の翼を有し、神の力を宿した異質物を除くありとあらゆる害を無効化するという。
あり得ない。
だが、目の前にそれが立っているのだ。
理不尽の塊と呼ぶべきこの化け物は、両の手を開いて無邪気に笑った。
「君らだってなかなかだよ。何度潰しても何度も起き上がってきて、本当にしぶとい。さすがの俺もイライラしてきた所さ。だから、そろそろ本気を出す事にしたよ」
ラクリスが軽く息を吸い込む。ニヤリと口角を上げて、これから何をしようとしているのか分かってしまった。
『しっかりしろ主様! 逃げるぞ!!』
「あんなの……どうすればいいのよおーちゃん……」
あぁ、絶望とは……こういう事を示す言葉なのね。
私を抱えておーちゃんが逃げようとするけれど、ちょっと離れた所で逃げられる訳がない。
世界はなんて理不尽なのかしら。
「今度こそ終わりだよ。
『心 象 顕 現 ――〝刀槍矛戟〟』」
世界がラクリスの魔力に塗り潰される。
そこはまるで、荒野のような風景だった。
中心に立つラクリスの周りには、剣、刀、槍、斧、鎖、ケンジュウ、あとは見たことのない様々な金色の兵器がずらりと並んでいる。
「最期に教えてあげるよ。この世には、どんなに頑張っても届かないものがあるんだよ。さようなら、17番」
そう言って放たれた無尽蔵の武器兵器の軍勢に、抗う術は無かった。
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