第62話 人造魔人
コルダータちゃんの結末は初めから決まっていました。
わたしのこめかみに、筒状の何かが押し当てられます。
これはケンジュウという武器なのだと、白い男の子が笑いながら説明しました。
もう、逃げられない。せっかくカナちゃんが作ってくれたチャンスを、わたしは捨ててしまったのです。
それでもわたしは、カナちゃんとおーちゃんを見捨てる事なんて……できなかったのですから。この行動をとった事に悔いはありません。
……ああ、ずっとずっと一緒にいたかったです。
二人と会う以前、かつては死のうと考えた事もありました。けれど、今はもう死にたくなんてありません。
三人で、この世界の果てにまで行ってみたかった。
ごめんなさい、カナちゃん。
約束、守れそうにないです。けれどせめて、その心の中で……。
「カナちゃん。わたしのこと……忘れないでくださいね」
本当はもっといっぱい言いたい事があるのに。2人に出会えて幸せでした。ずっとずっと大好きですって。
それだけの言葉では、言い表せないくらいに愛しくて。
それだけの言葉を、言う事すら許されなくて。
カチリと引き金に指を掛ける音がしました。
この言葉は届かない。間に合わない。わかっていても、言い留める事なんてできなくて。
……いやだ、やっぱりわたし消えたくな――
パァン!!
耳もとで弾ける大きな破裂音。それを認識したのと同時に、わたしという存在は深淵の奥底に消えてしまうのでした。
*
赤い花が咲いた。コルちゃんの紫色の髪の下から、中身が溢れ出すように。
花を咲かせたコルちゃんは、力が抜けたように崩れ落ちて、そのまま……動く事は無かった。
「コルちゃん……どうしたのよ、なんで動かないのよ……」
たった今まで喋っていたのに、今まであった宝石みたいな瞳の光が、消えてしまっていた。いくら手を伸ばしても、もう届く事は無いのだと知ってしまった。
「ふふん、いくら高度な治癒魔法を持っていても、脳髄をぶち抜かれれば普通死ぬよね。あの上位魔霊も核と魂ごと潰したし、後は君だけだね。カナちゃん」
「あ……あぁぁ……」
「ああ、そうそう。
これはティマイオス様からいただいたこの特別製の弾丸でね。〝魂を粉々に破壊する〟って効果があるのさ。つまり、もうどこにもコルダータちゃんはいない。この世にも、あの世にもね!!」
「死ね……死んで。いや、殺す!!」
「はは! 泣けよ叫べよ! 情けなくさぁ!!」
お腹に穴が空いているというのに、この怒りが、この悪意が、痛みを私に感じさせる事を許さない。
「さて、コルダータちゃんの大事な肉体は本部に送ってと。〝転移陣〟」
コルちゃんの体が消えた。おーちゃんの次元収納みたいに格納したか、別の場所に転送したのかもしれない。
「返せ……コルちゃんを返してよ!!」
「返す訳ないじゃんバーカ!」
憎い。この身が真っ黒に焼けてしまいそうなくらいに。
ラクちゃん……いや、このラクリスというふざけた存在を、根底からバラバラにしてしまいたい……!
《能力:【絶対切断】の獲得を観測しました》
おーちゃんが持っていた能力の【明哲者】が、新たな力の発現を声で知らせる。
おーちゃんも、コルちゃんも。私の大切なものがみんなみんな奪われて。奪われてばかりの私には、もう私しかいない。
パキン
私の体を縛る金色の鎖を、今得た能力で切り裂いた。
【絶対切断】は、ありとあらゆる物質の硬度を無視して切断できる力。
その絶対的な刃は、魔霊すら切り裂くという。
――これなら殺せる。
「鎖を引きちぎったのか……? お腹に穴が空いてるっていうのに、まだまだこれからだった訳か!」
「それがっ、遺言かしら?!」
一気に距離を詰め、絶対切断を纏わせた魔剣でラクリスに斬りかかる。
「学習しないね、俺には効かないんだよ17番」
金色の剣で受け止められてしまう。
絶対切断をまだ完全には使いこなせていないからか、やはり簡単には届かない。なら、何度だって斬れるまで叩き斬る!
ガキン!
「ん、剣が折られた?」
「油断したわね! 食らいなさい!」
防御のために掲げられた金色の剣を切断し、そのままラクリスの生身にも突き刺さる――と思ったら
「ま、これも効かないけどね」
「なっ!?」
拳で、素手でこれを受け止めた!?
まだまだ扱えていないとはいえ、絶対切断を受け止めるなんて……
「ほらほら、頑張って」
魚の一団のように空中を泳ぐ金色の剣の大群が、私へ降りかかる。おーちゃんもいないし、結界も使えない。
いや、まだ諦める訳にはいかないわ!!
私に従え絶対切断!!
何度も何度でも。金色の剣の大群を魔剣一本で削りきり、ラクリスの元にたどり着く。私が剣を振るうと面倒臭そうに軽く対処するだけのようだけれど、その油断が命取りになるのよ!!
「うーん。少しだけお話しようか?」
「あ゛? あんたと話す事なんて無いわよ」
「そう言わずにさ。幼なじみのよしみだろ? まあそっちが話す気無くてもいいけどさ」
こんなやつと幼なじみだなんて虫唾が走るが、その通りである。
だが、話をする気なんて毛頭ないので攻撃を続けた。
「俺たちはこの国にある〝孤児院〟で育ったよね。何の疑問もなく、大切に育てられて」
「……」
……嫌な事を思い出させるわね。
あそこでの事は、もう思い出したくもないのに。
「考えた事はないかい? 自分の実の親は、どこで何をしているんだろうって」
「……無いわね。そんな事どうでもいい」
「ふふ、実は君は捨てられた訳じゃないんだよ。俺もみんなも、初めから親なんていなかったのさ」
足元を狙って水平に薙ぐ。ひょいと跳躍して避けられた。
……意味のわからない事をべらべらと。
「吸血鬼、首無死姫、呪殺死鬼、食屍大鬼、 飛空竜……
これらは17番、君の元になった魔物や不死者たちさ」
「……何が言いたいのよ?」
それには薄々気づいていた。
明哲者を得たおーちゃんなら、多分もっと早くに気づいていたかもしれない。
心臓を狙った刺突を放つも、やっぱり避けられてしまいふたたび距離をとられてしまう。
「――人造複合魔人。複数の魔物の因子を重ね合わせ、人為的に強力な魔人を造ろうって実験の結果生まれた生き物。それが君だよ」
「……あっそ」
どうでもいい。けれど、実の親がどこで何をしているのか考えた事が無いと言うのは、嘘よ。
どうして私は魔力が無いのだろう、とか。どうして私を産んだかと、恨んだ事さえあった。
「孤児院にいたみんなも同じ実験で産まれた人造複合魔人さ。けれどみんな二次成長期が近くなると、その身に溢れる膨大な魔力に耐えきれず焼け死んでしまったんだけどね」
――新しい親が見つかった。
そういって居なくなった子は、つまりそういう事だったのね。つまりシオちゃんはもう……
「その中で生き残ったのは、俺とお前だけだった訳さ。俺は特別な魔人でね、魔力の制御も何もかも他より秀でている」
「……」
「それに対して17番は、そもそも暴走する魔力が無かっただけ。
あったのは多少強い生命力と、いくらかの耐性だけ。魔力が無いから元となった魔物の力も簡単な魔法さえ使えない。
君は人体実験にしか使い道の無い完全な落ちこぼれだった訳さ!!」
それはまるで、パズルのピースが全てはまった時のようだった。
私の中にある様々な疑問が、たった今完結した。
この怒りも、あの日の苦しさも、全てが造られたものなのだと。
知った所で、もはやどうでもいい。
私にはおーちゃんがいた。コルちゃんがいた。造られたものではない、大切なものを得た。
それを今度は奪われた。
「……話は終わりかしら? べらべらべらべら長ったらしいわ! さっさと死になさい!!!」
「終わりだよ。お話も、君もね」
遠くにいるラクリスへ接近しようと試みると、再びあの金色の剣の一団が私を追尾してくる。斬り捨てても斬り捨てても数が減らない上に、速度もある。
「きりがないわね……!」
「そっちこそ、しぶといったらありゃしない」
よく言うわ。わざとらしくすぐには殺さずいたぶってるくせに。
趣向を変えよう。そうラクリスが言うと、今度は槍を上空から矢のように降り注がせてきた。その速度は、剣よりもはるかに速い。
「ふうん、避けるようになってきたね?」
極限の痛みが、私の意識を研ぎ澄ませてくれる。おかげで何とか槍と槍の合間を縫うように紙一重で回避する。この痛みが無ければ、思考加速込みでも避けきれなかったかもしれない。
そうして、ようやく油断しきったラクリスの懐へ潜り込んだ。
「今度こそ!!」
「はは、いいよやってごらんよ!!」
な、防御すらしない? 確かに絶対切断の前に防御は無意味ではあるけれど……
いえ、考えても仕方がないわね。確実に当てるわ!
両手を開き無防備なラクリスに、私は全力で斬りかかった。
パキィィン――
形容しがたい、何か金属がぶつかるような音が生身のラクリスの体から聞こえた。
「ほら、やっぱり俺には効かないんだよ」
「嘘……」
防ぐどころか、私の渾身の一撃が直撃しても全くダメージが通らなかった。
見た所結界すら張っていない。
呆然としていた一瞬、でも油断は無かった。
「くあっ!?」
「あはっ! 引っ掛かった!!!」
頭上や空中にばかり気を取られ、突然地面から生えたきた金色の槍に右脚を貫かれてしまった。
そしてそれを見たラクリスは、ゲラゲラ笑いながら更に無数の剣を私にけしかけるために召喚する。
まずいわね……右脚を動かせないどころか、感覚さえ無くなってきた。
血も流し過ぎて、頭もろくに回らない。
「今度こそ、とどめだよ」
「くっ……」
四方八方逃げ場の無い、剣と槍の弾幕。防ぎきる事はおろか、片足を失った今では避ける事さえ難しい。
くそう、くそう……!
『――わたしの夢は、ふたりとずっと一緒にいる事ですから!』
そうよ、契約はまだ終わっちゃいないわ。
声は聞こえていなくても、きっと消えてなんていないわ。
魂の奥底で、おーちゃんの意志を感じる。
おーちゃんと私の繋がりは、並みの契約では作り出せないほど深いのよ。それこそ、魂すら共有するくらいに。
魂を破壊した? 核を潰した? その程度で死んじゃうタマじゃないわ。
「これは契約よ、私の寿命を半分あげるわ! 出てきなさい! 〝影魔召喚〟!!」




