第57話 来訪者
ん……ずいぶんぐっすりと眠ってしまった気がする。
真っ暗だから朝なのかまだ夜中なのかわかんないな。
今の時間はどのくらいだ? えーっと――
《只今の時刻は午前7時28分です》
あっ、明哲者先生ありがとうございます。
というか前から思ってたけど、1日の長さや一年の長さとかって地球と一緒なのね。覚え直さなくていいから楽だけど。
「朝だってよ、二人とも」
「むにゃ……おーちゃんおはよ」
「おはようです」
固くて冷たい場所で寝ていたからか寝起きの悪そうな二人だったが、コルダータちゃんの治癒魔法で気だるさは解消されたようだ。
オレ? オレは、二人の体が固くて冷たかったら同じようになってたかもな。
それからコルダータちゃんは地上へ顔を出せるくらいの穴を開け、そこからカナンが外をひょっこり見渡した。
「敵は……いないわね。二人とも出ても大丈夫そうよ」
「おっけー」
もそもそ地中から這い出して、朝日を浴びながら体を伸ばす。こんな状況でなければとても気分が良くなっていたに違いない。
「目標はこの島からの脱出よ。どこでもいいから、ここにはいたくないわ」
「同感だな。だがどうやって脱出する?」
「わたしがコルちゃんを抱えて海上を飛んで行く事は可能かしら?」
「そいつはどうだろう?」
手っ取り早いやり方はそれだろう。海の上をずっと飛んでいく。
けれど、それにはいくつもの問題点がある。
《狂信国ザイオンに近い国と距離を検索中……情報の取得に成功しました。
『〝豊穣国バルアゼル(外部地域)〟北北西におよそ1300km』
『〝トゥーラムル王国〟南南西におよそ1680km』》
特に近い2か国でさえこの距離だ。ハッキリ言って、そこまでたどり着くまで二人の体力が保たないだろう。
途中に島でもあれば休めもするが、都合よくある保証は無い。
更に――
《ザイオン近海は特S級魔物〝暴風大竜鱶〟の縄張りです》
そこまでの間に特S級の魔物が潜んでるんだってよ。
空を飛べる巨大な鮫で、暴風を司るとか。
ちなみに特S級とは、もはや人類が太刀打ちできる次元ではないという位置付けの魔物が含まれる所だ。Sを略して『特級』とも呼ばれるとか。
ともあれ、今のオレ達でも勝てないレベルの魔物に襲われるリスクを犯してまで行くのは最終手段だ。他に安全な策があればそれを利用するべきだろう。
例えば、狙われないような仕組みを持った船とか。
―――
真っ白で豆腐みたいな質感の建物が立ち並ぶ、三日月状の大きな湾。
内陸部は村や街で、海岸側は港となっているようだ。大きな白い木造船がたくさん海上に浮かんでいる。
「気付かれないでしょうか……?」
「きっと大丈夫よ。それにもしバレても私達なら何とかなるわ」
真っ白なローブを羽織った人々の行き交う街の外で、同じ格好をした二人がそんな会話をしていた。
この島の人々はみな真っ白なローブを着るしきたりみたいなものがあるようだ。
オレ達三人も、荒野に建っていた無人の教会からローブを拝借して着てみたのである。幸いサイズは何とか合ったので、違和感は無いと思う。
さて、この港街までやってきた理由。それは、国外への逃走手段を模索する事だ。十中八九船に忍び込む事になるだろうから、どの船なら他国にまで行けるのかを知っておく必要がある。
「二人は街の入り口で待ってろ。オレが行ってくる」
「何でよおーちゃん? 一緒に行きたいわ!」
「よく考えろ、二人とも指名手配されてんだぜ? ローブ羽織ってても身長や体格までは誤魔化しきれないし、万一を考えてまだ連中に姿を知られていないオレの方が、安全に情報収集ができると思うんだ」
「むむ……それはその通りだけど……」
口を尖らせて不服そうな表情を浮かべるカナン。そこへ肩にコルダータちゃんの手がポンと乗せられる。
「大丈夫ですよ。ああ見えておーちゃんはとってもしっかりしてますし、すぐに戻ってこれますって」
「そうそう、すぐ帰ってくるから安心して待っててくれよ」
「でも……わかったわ。危なくなったらすぐに戻ってきてよ? 絶対よ? 絶対お願いね?」
良かった。過保護な気もするが、何とか了承してもらった。
それから、若干涙ぐみながら見送るカナンとコルダータちゃんを後に街へと足を踏み入れる。目指すは船着き場。出港間近の船がどれなのか知りたいのだ。
「いらっしゃいいらっしゃい! ティマイオス様の加護を得られるこの〝聖水〟がお安いですよーっ!! 今ならなんと1本30000ゴルド! 更にティマイオス様の前々代の器の遺灰もついてきます!!」
「うっへぇ……」
「おっ、そこのお嬢ちゃん! 良かったら見ていかないかい?!? 聖水の試飲もしてるよ!!」
「あぅ?! え……遠慮しときますっ……!」
うわぁ……。オレは水入りのビンがうず高く積み上げられたお店の前を走って過ぎた。
いきなりヤバい通販番組みたいな屋台がいっぱいなんだけど……。
「〝器〟の少女が逃げ出したそうですよ」
「せっかくティマイオス様の依代になれるのに、そのありがたさがわからないなんて愚かですねぇ」
お店通りを過ぎると、港に通じそうな幅の広い道に出た。
そこで聞こえる話題はやはり、コルダータちゃんの話だった。道行く人たちがそんな会話をしている。
それにしても、本当に〝魔人〟だけの国という感じだな。皆、耳が長かったり角が生えていたり、あるいは尻尾が生えてもいたりする。
オレもちょろっと尻尾を出した方が溶け込めそうだな。
最近は尻尾が長くなり過ぎて、下着にしまいきれなくなってきてるんだ。
「――今回の〝器〟、我々と同じ魔人の癖にティマイオス様を信じてないらしいよ? 下等な人間に媚びでも売るつもりかな」
「なにそれ馬鹿じゃん。ティマイオス様を信じてさえすれば幸せになれるのに。さっさと捕まらないかなー」
まあ、色々な言葉が聞こえてくるな。だがいちいち腹を立てていては埒が明かない。ここにカナンがいたら、間違いなくキレて手がつけられなくなってただろう。連れてこなくて正解かもな。
「ティマイオス様の御心だけが正義! ティマイオス様の御言葉だけが真理! 他は全て穢らわしく邪悪なるものであり、聖なる力で滅しなければなりません! お嬢ちゃん、貴女もそう思うでしょう!?」
「……うぇっ!?」
「神の御力はいずれ必ずや邪の化身たる下等劣等人間種を根絶やしにしてくれるでしょう! さあ貴女も祈りなさい! 我らの裁きの刻は近い!!!」
え、何!? 宗教勧誘!?
このエルフっぽいお姉さん恐い!! 特に目が恐い!!
「ご、ごめんなさい! そーゆーの間に合ってるんで!!」
「ああ、哀れな子羊にティマイオス様の救済があらんことを……。祈りなさい! 祈りなさい!」
あれはヤバい。思わず走って逃げ出しちゃったけど、追いかけてきてたらどうしよう。
「……うあっ!?」
「あら、お嬢ちゃん大丈夫?」
おっと。人ごみをくぐり抜けていたら人にぶつかってしまい、バランスを崩して尻もちをついてしまった。
そこへ手を差し伸べてくれたのは、薄いピンク色の髪の大人の女の人だった。
周りと同じく真っ白なローブを頭まで纏っているが、隙間から顔半分と髪が覗かせている。
「……どうしたの? わたしの顔に何かついているのかしら?」
「あぅ、いえ何でもないです。お気遣いありがとうございます」
「ちゃんとお礼が言えるなんて、しっかりとした子だね。偉いよ」
偉いって言われちゃった。
嬉しい……じゃなくて、この人どこかで見たような気がする。どこだったか……?
「それにしても、お嬢ちゃん1人? もしかして迷子?」
「いや、違う。お姉ちゃんに頼まれておつかいに来ているんだ」
「そうなのかー、すごいねぇ」
なんかほわほわする。悪い気分じゃないけど、胸の奥がむずむずするような……ええい! これ以上オレをほわほわさせるな!!
「あ、ありがとう。ところで船着き場へ行きたいんだけど、道を教えてくれないか?」
「船着き場に行きたいの? 奇遇だね、ワタシもちょうど向かっていた所よ」
この人も船に乗るんだろうか。手を引かれ、海辺へと向かう。
街の中心から離れる度に人もまばらとなっていった。
「……あの子に似てるね」
「へ?」
ふと、静けさに水滴を垂らしたように彼女はぽつりと呟いた。
似てるって、一体誰と?
「少し前にね、お嬢ちゃんによく似た雰囲気? いや匂いかな。近くて似た感じの女の子と仲良くなったの。けれどちょっとした事情があって、会えなくなっちゃった」
「……何で会えなくなったんだ?」
「ふふ、それ聞く? けれどそうね……仕事の都合、とだけ言っておくわ。縁があればきっとまた会えるはずよ」
彼女の顔はフードに隠されてよく見えない。けれど、そんなに悲しそうな表情はしていないように思えた。
「着いたよお嬢ちゃん」
「わざわざありがと。
……せっかく知り合ったんだし、名前を聞いておきたいけどいいか?」
「名前ねぇ。……先にそっちから名乗ってくれたら教えてあげる」
何でニヤニヤしてるんだこの人。オレを誰かに似ているって言ってきたけど、逆にこの人はうちのカナンに似ているな。
「……オーエンだ」
「オーエンちゃん? ふふっ、良い名前だね」
「そっちは?」
オレの問いかけに対し、すっと息を吸った彼女はオレに自らの名前を明かす。
「ワタシの名前は……染井 芳乃よ」
「そめ……え? えっ!?」
「変わった名前でびっくりしたでしょ?
何故ならワタシは異界からの来訪者……いわゆる異世界人ってやつなんだ」
めあ。めありー? なにそれ? 何そーれ!?
異界からの使者! メアリースー!
『更新おっそ』
『続きが気になる』
『いっそ毎秒投稿しろ』
『エタるんじゃねえぞ……』
『おーちゃんカワイイ嫁にしたい』
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