第55話 月が蒼いですね
研究施設の天井を突き破り、上空へ飛翔するオレとカナン。
眼下に広がる野原に建物はほとんど見当たらず、ちらほらと高木や小さな教会のようなものが点在するだけである。
なお、魔力を温存する為、部分召喚で翼だけカナンの背中から生やしている。
『ホントにこっちで合ってるのか?』
「間違いないわ!」
コルダータちゃんの居場所がそもそも分からないのだが、なぜかカナンは「ずっとあっちにコルちゃんの気配がするわ!!」と確信しており、他に手立ても無いためそれに従う事にした。
そして、オレはカナンにずっと気になっていた事を聞く。
『……なぁ主様。そろそろ、教えてくれないか? ――この状況について、知っている事を』
「そう……ね。ずっと黙っている訳にもいかないわ」
カナンは重荷の降りたような表情を浮かべる。そして知りうる全ての情報を、共有する脳を経由してオレの中へ送り込んできた。
―――
狂信国ザイオン。
それが、この島の通称である。
ただし国と言っても厳密に国家としては認められておらず、あくまで自称である。しかし、その規模は小国と呼んでも差しつかえ無い程だという。
そして、狂信という名の通り住み着いている人々の大半がとある神を信仰している。
その神の名は『ティマイオス=ヤルダバオト』
これを唯一神とし、七女神を含め他の存在は神と認めないという徹底ぶりだ。
この宗教の教えは、魔石を持たない『人間』は悪で、魔人は正義という事に尽きる。
――魔人であれさえすれば正義。故により強い魔人を産み出す為に、残酷な生体実験を秘密裏に行っているという。
おそらくは9つになるまで〝孤児院〟とやらにいたカナンも、初めから実験動物にする為に飼われていたのであろう。
孤児院でも、魔法の使えないカナンへの風当たりはとても言葉では言い表せないひどいものだった。
凄惨ないじめを受け、カナンは孤児院の図書室に籠るようになる。そして外の世界について書かれた本を読み漁り、次第に虜になってゆく――
『――大変だったんだな』
「……今は楽しいわ。おーちゃんとコルちゃんがいるもの」
『あぁ。だからこそ、三人でまた笑い合えるように絶対助け出さないとな』
敵の目的はコルダータちゃんが主で、カナンは偶然一緒にいたから連れてきたみたいだ。
「――おーちゃん! あそこの建物からコルちゃんの気配がするわ!!」
『その周りは……街か! 悠長にはいかなさそうだ。突っ込むか?!』
「それがいいわ! ちょっと乱暴に行く!!」
眼下に広がるは、白く質素な建物の並ぶ海辺の街。湾から内陸へ向かうにつれて高台が階段状に重なりあい、まるでシチリアのような光景であった。
そしてその階段の最上段に、ひときわ巨大な建造物がそびえ建っている。
城……? いや、神殿だな。他と同じように白いが、金ぴかな装飾と見える窓全てにステンドグラスが施された、豪華な建物。
その最上階へ向けて、真っ直ぐに突っ込む――!!
『身を小さくしろ。邪魔な壁はオレが壊す!』
「おーけーよろしく!!」
部分召喚で一瞬だけオレの拳を出現させ、目の前を阻む壁を殴り壊す。
ミシッ……ドゴォンッ!!!
粉っぽい白い土煙が舞い、粉々に消し飛んだ壁の向こう側には、カナンの言った通りコルダータちゃんが白い台座に座らせられていた。
ただ、なぜか両手両足を縛られ、目隠しまでされた状態である。
「コルちゃん! 助けに来たわよ!!」
「カナちゃん? 良かった、無事だったんですね!」
何とか無事そうだ。カナンはコルダータちゃんを拘束するものを全て取り外し、お姫さま抱っこ状態で再び飛翔した。
*
「――わたしの魔石……ですか?」
「多分そうよ。自称とはいえ、まさか神様にまで狙われるなんてね……」
荒野を飛翔しながら、カナンはコルダータちゃんと話し合う。
その内容は、デミウルゴス教の神さまとやらが、コルダータちゃんの肉体を乗っ取ろうとしている旨だ。
他の人間の体ではダメとすれば、やはりコルダータちゃん自身が特別だと考えられる。更に言えば、コルダータちゃんの体内にある魔石はかなり特別なものらしいのだ。
1週間くらい前だろうか、メルトさんにその話を聞かされたのは。
――コルダータちゃんはかつて、魔石を欠損した状態で生まれてきた。魔人でありながら魔石が無いと、体内の魔力を制御できずいずれ熱暴走を起こし焼け死ぬという。
そこでメルトさんは、コルダータちゃんに適合する亡き恩人のものを移植したそうだ。
その時、ガイズやらいう貴族に巨額の金を借りる羽目になったのだ。
「――神も何も関係ないわ。私の友達を傷つけるなら、絶対に許さない」
地上に降り立って、身を隠せる場所を探している最中。ふとカナンが半ば独り言に呟いた。
「……カナちゃん? どうしたんですか、ぼーっとして?」
「あ、いえ何でもないわ。それよりもう夕方ね。どうやって一晩過ごそうかしら?」
黄昏に緋色の光が地平を照らす。近くに建物は見当たらず、所々まばらに木が茂っている程度だ。
とはいえ、他に身を隠せそうな場所は無いので、そこで夜を明かす事にした。
「コルちゃん顔色悪いわよ? どうしたの?」
「この腕輪をつけさせられてから、なんだか力が出なくって……」
「ふーん、ちょっとそれ見せてコルちゃん」
ふむ、確かにコルダータちゃんの右手首に白い陶器のような腕輪がつけられている。
カナンを拘束していたような、魔法の発動を制限する魔道具だろうか?
だがまあ――
「わ、こんなにあっさり?」
お、いけた。魔法を制限する魔道具まで次元収納には放り込めるとは。ホント便利だな、この能力は。
唯一の欠点は、意識を持つ対象は収納できないってくらいだろうか。
「〝オウカ〟」
「あぅあ!?」
唐突に幼女フォームで召喚され、思わず変な声が出てしまう。
い、いきなりでビックリしたぁ……
「なんでオレを……?」
「冷えてきたから暖をとるものが必要なのよ」
「……名案ですね!」
そりゃあ暗くなってきた上に林の中だし冷えるけど、暖ってまさか……
「察したようね、おーちゃん」
「朝までわたし達にぬくもりを与えるお仕事です!」
なんて仕事だよっ! 朝まで二人に抱かれて過ごすなんて……なんて?
……いつも通りだな。
いっつも毎晩オレはカナンかコルダータちゃんにむぎゅーっとされて眠っているのだった。もはや抱き枕。なるほどこれが枕営業ってヤツか。
「久しぶりのおーちゃん……最高です!」
「至福の一時よ」
「あぅ……」
大きな木の洞の中で、オレは二人に物理的に挟まれて夜を過ごしていた。
いつもはベッドで横向きに挟まれてるのに対し、今回は座った状態である。
なんだか二人の顔の位置が高い……
普段よりも一層、オレの体は小さいのだと実感させられる。
そもそもカナンやコルダータちゃんだって、幼女と呼んで差し支えないんだけどな。
「見て、お月様が登ってるわ」
「本当ですね。とっても綺麗です」
そんなこんなで夜を更かしていると、枝の隙間から蒼い月光の柱が何本も射し込んできた。
ああ、何度見てもこの世界の月は本当に〝青い〟
「ホント、泣きたくなるくらい蒼いな」
柔らかい月の光に照らされながら、オレ達は久しぶりに3人揃って一夜を共にするのであった。
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