第54話 不吉な予感
コルダータちゃん目線です。
ピンク色の壁紙と赤い絨毯の上に、金ぴかな装飾の家具が並ぶステキなお部屋。わたしはどこかのお姫さまにでもなったのでしょうか。
いいえ、違いますね。あの白髪の男の子に無理矢理ここへ連れてこられ、閉じ込められているのです。
雲のようにふかふかな天蓋カーテン付きのベッドに寝そべり、わたしはここからの脱出について考えます。
正直、外へ出られない事以外は何の不自由はありません。
お風呂もお手洗いもありますし、食事も1日三食貴族しか食べなさそうなくらい豪華なものが、鉄格子になっている扉から差し入れられます。
けれどそれでもわたしは外へ出たいのです。
あの時おーちゃんが負けた後、カナちゃんはなぜかその場にぱたりと倒れてしまったのです。
その後ラクリスと名乗る男の子は、わたしにお注射をし、動けなくさせてきたのです。お注射の中身は毒か何かでしょうか。毒ならわたしの魔法で解毒できるのですが、その後付けられたこの腕輪のせいなのか魔法が使えなくなってしまいました。
だから、強引に壁の形を変えて抜け道を作るだとかそういう手段がとれないのです。また、ゴーレムのユーナもおーちゃんの収納の中に入れたままです。
ああ、おーちゃんとカナちゃんに会いたい……
何処へ連れていかれたのでしょうか。
「こんばんは、コルダータ様。夕食をお持ちいたしました」
「ありがとうです……。あの、わたしはいつここから出られるのですか?」
「それについてはお答えできません」
ここへ来て3日目。何度もこの白いローブを纏った女の人に同じ事を聞いていますが、返ってくる言葉もいつも同じです。ですが、ひとつだけ答えてくれた事もあります。
「ここは何処なんですか?」
「ここは……〝聖教国ザイオン〟です」
ザイオン。噂で少し聞いた事があります。なんでも怪しげな神さまを狂信する物騒な島国だとか。そんな国へ、どうしてわたし達は誘拐されて来たのでしょう?
それ以上の事は、聞いても答えてくれませんでした。
それからわたしが食べ終わると、お皿をどこかへ片付け居なくなってしまいます。
また、1人……。
暇です。とにかく暇です。
本棚に1冊だけ『デミウルゴス聖典』やらいう宗教関係の本が入っていましたけど、胡散臭くってとても読む気にはなれません。
いよいよ本当にやることがありませんね。
嗚呼、あの時みたいに……また、カナちゃんがわたしを助けに来てくれないでしょうか。
――
おや、今日はちょっと様子が違いますね。
4日目になり、いつもの女の人が何やら白い衣装みたいなものを持ってきて、わたしに着ろと言いました。
彼女の着ているものの素材を数ランクアップさせて、豪華にしたローブですね。体にぴったりフィットして違和感はありません。
が、ここでわたしは自分の姿を確認する事もなく、後ろから目隠しをされてしまいました。
一応抵抗はしたのですが、あっさり組伏せられてしまいました。
「私が手を引くので、ついてきてください」
「どこへ行くのですか?」
「お答えできません」
むむ……従うしかなさそうです。
――しばらく手を引かれ、階段をいくらか登りきった所で数人くらいの声が聞こえてきました。
どれもなんだか『神のウツワ』だとかよくわからない事を言ってるみたいです。
(ティマイオス様があのような肉の塊を器に……)
(肉の器など穢らわしい事であるが、ティマイオス様の意思ならば尊重せねばならん)
ウツワウツワさっきから何の話なんですか?
わたしがそのウツワとやららしいですけど、同化ってどういう事?
全然わからんです。
おっと、今度は誰かに担ぎ上げられて運ばれてます。案の定わたしの抵抗は無意味みたいですね。
それから、両手足を縛られて硬い椅子に座らされている感覚があります。さっきまでお姫さま待遇だったのがまるで嘘みたいです。
……あ、あれれれ?
人の気配が消えちゃったんですけど。何ですか、放置プレイですか? カナちゃんにされるのは嬉しいですけど、見ず知らずの人にされても全然興奮しませんよ。
あーあー、誰か来てくださいよー!!
あー……
あー?
なんだか耳鳴りがします。
鼓膜の中に綿でも詰め込まれたかのような閉塞感と、風の唸り声みたいな音。
時間が経過するにつれ、だんだんと強くなっていきます。
「うぐぅっ!?」
するとその時突然、全身をひどい窮屈感が襲いました。
息をするにも精一杯で、まるでわたしの体に何かが無理矢理入り込もうとしているかのようです。
「う……ごほっ! うぇおえぇっ!」
『……?』
ん? ひどい眩暈と圧迫感で思わず吐きそうになった時、何か声が聞こえた気がしました。
ひどい気分です……幻聴まで聞こえてくるなんて……
『おかしい……なぜ体を奪えぬ……』
「ふぁっ!?」
幻聴じゃなかった!!?
ひどくしゃがれたおじいさんの声が、頭の中に響いてきます。一層気持ちが悪いです。
『ならば……』
「や、やめてください! わたしみたいな幼い女の子に手を出すなんて、変態ですよ!? このロリコンめ!!」
悪寒がして思わず柄にも無い事を言ってしまいました。え、わたしがロリコン? 何の事でしょう。
『――魂を破壊する』
――っ!?
ヤバいです。なぜかはわからないんですけど、胸の奥で何かが大音量で警鐘を鳴らしています。
『魂心破壊――』
「やめ……助けてカナちゃーーーん!!!」
大きな声で、助けを求めました。
あの日みたいに、ヒーローみたいに駆けつけてくれると信じて。
そして――
ビキビキ……ドゴン!!
目隠しで見えないですが、右側の壁が何やら吹き飛んだようです。何やらと言っても、思い当たる理由は一つしかありませんけど。
「コルちゃん! 助けに来たわよ!」
「――カナちゃん? 良かった、無事だったんですね!!」
「そっちこそ大丈夫かしら? 何かされてない?」
「今しがたされてた所ですけどね。……あれ、わたし以外にここ誰かいませんでした?」
背中から黒い翼を生やしたカナちゃんに目隠しを外してもらい、周囲を見渡します。
けれどもさっきのしゃがれた声の主はどこにもいませんでした。
特に何も無い、白くて狭く薄暗い部屋です。幼女を監禁するにはぴったりかもしれないですけど……
「変ですね……?」
「コルちゃん以外誰もいなかったわよ? とにかく、誰か来る前に早くここから脱出しましょ!」
「……は、はい!」
……あれは一体何の声だったのでしょうか?
わたしは不吉な予感を覚えつつも、カナちゃんに抱えられこの場を飛び立ったのでした。




