第53話 神の器
粉々に砕けた敷居窓の向こう側で、白髪の少年が蠱惑的に頬笑む。
「お手並み拝見といこうか!」
オレの存在をものともせず、白髪の少年は大きく踏み込んでカナンへ斬りかかる。
それをカナンは収納から取り出した〝魔剣〟で受け止めた。
にしてもどこから出したんだ、あの金色の剣は? オレみたいに収納から取り出したのだろうか。
「ははっ、強くなったじゃん。〝17番にしては〟」
〝上位氷結魔弾〟!!
オレの指先より至近距離から放つ、氷の凶弾。
炸裂すれば広い範囲に攻撃を与えられる技だが――
「あっぶなっ。でも効かないよ」
なっ!?
魔弾を剣で跳ね返しただと!?
炸裂せずに跳ね返された弾を、オレは咄嗟に〝解除〟した。
実は魔法はある程度の制限はあるが発動者の意思で消す事が可能である。
しかし、この狭い場所で火力や範囲の大きい魔法は危険だな。カナンが巻き込まれかねない。なら――
「あれ? 魔霊ちゃん引っ込めちゃったんだ」
赤黒い魔剣と金色の剣が激しくぶつかり合い、火花を散らしながら互いに応酬を重ねる。
剣の技量は向こうが上だが、力はカナンが勝っている。けれどそれも圧倒的という訳ではない。
ややカナンが劣勢。一瞬の隙を突かれそうになったその時――
「わっ!」
ギキィンッ!!
カナンのみぞおちへ刺突しようとする剣の刃を、オレの巨大な黒い拳が通過してへし折った。
チッ、少し外したか。直撃させるつもりだったんだが、まだ制御が甘いな。
――ここでオレの悪魔形態で戦うには少し狭すぎる。かと言って幼女フォームだと瞬殺されるだろうし、オレは部分召喚でカナンの補助に回る事にした。
「助かったわおーちゃん」
『お礼は後で聞く』
さて、ラクリスの攻撃手段たる剣をへし折ってやった訳だが、どう出るか?
「ふうん、やるじゃん。続けよっか」
げっ、持ってる剣一本だけじゃないのかよ。しかも全く同じ見た目の、金ぴかなやつ。
まあ、そりゃあそうだよな。カナンの剣だって予備のストックあるし。さすがに魔剣の予備は無いけど。
『そこだ!』
「おおっと!」
カナンと剣を交えるラクリスに、オレも部分的に権現させた拳の攻撃を同時に押し付ける。全力でないとはいえ実質的に2対1の状況下だが、それでもヤツはオレ達相手に余裕そうに立ち回っている。
「それにしても、気になるなぁ。魔力の無いゴミ屑だった君が、どうやってこんな上位魔霊ちゃんを隷属させたの?」
「あ? 隷属なんてさせてないわよ。奴隷でもあるまいし」
『そうだ。オレは好きで主様に使われてんだ。勘違いすんな』
「……くくっ。会話は嫌いじゃないみたいだね」
掴み所の無いヤツめ。
剣でカナンと互角以上に渡り合ってる上に、オレの攻撃を全て紙一重で避けやがる。おまけに会話も不快感たっぷりだ。さっさと倒してコルダータちゃんの所へ行きたいというのに。
「そっちが質問に答えてくれたんだから、俺も何か教えてあげないとね。んー、そうだ。君たちのお友達の話でもしよう」
「……何?」
その言葉を聞いて、一瞬だけカナンの手が止まる。明らかに大きな隙だったが、ラクリスは多分あえてそこを突かなかったのだと思う。
「コレラ……いや、コアラだったかな? いやそうだ、コルダータちゃんだったね。気になるだろうから教えてあげる。彼女はまだ生きてるよ」
「私にそれを教えて何のつもりよ? それに、まだってどういう意味かしら?」
「つもりも何も、優しさだよ。あとね、〝まだ〟って事は〝もうすぐ〟死ぬって意味だよ。厳密には魂が死ぬんだけどね」
あ゛?
コルダータちゃんの魂が死ぬだと? それをコイツ、こんな嬉しそうに語りやがって。
「……絶対に死なせない。ここであんたを倒して、私が助けに行く」
「はは、威勢だけはいいね。そんなキミにもう1つ良いことを教えてあげよう」
「どうせ私にとって悪い事なんでしょ? 聞きたくないわ」
「良いことだよ。とぉっても素敵な話さ」
ニヤニヤとラクリスは嬉しそうに、それでいてどこか純粋に悪意無く話し始めた。
「これって秘密情報なんだけどさー、デミウルゴス教の神様って今はヨボヨボなおじいさんの体してんだよね。それが次の新しい体はカワイイ女の子って、テンション上がるわー」
「何よ……新しい体ってコルちゃんの事かしら?」
「そうだよ。コルダータちゃんは無意味に死ぬんじゃない。我らが偉大なる〝神〟ティマイオス=ヤルダバオトに器を明け渡して死ぬのさ。だからむしろ光栄じゃない? そんな凄い娘と友達だったなんて、誇りに思いなよ」
唐突に聞き覚えのある宗教の名前が出てきたんだが。
というかコルダータちゃんが、神の器だと……?
まてまて、つまりなんだ? これからヨボヨボのおじいさんにコルダータちゃんは体を乗っ取られるって事?
……きっしょ!!!!
「……おーちゃん、アレを出して」
「おや、本気になったかな?」
カナンはラクリスと距離を取る。
ラクリスは余裕あり気に追撃を行わず、興味深くこちらを観察していた。
『ほら、急いで飲めよ』
「ありがと」
次元収納から取り出した、赤い液体が入った小ビン。
カナンはその中身を急いで飲み干した。
「それは……血かい? 吸血鬼の因子があるとは聞いていたけど、さては飲むほどにパワーアップでもするのかな?」
「……正解よ。全力であんたをぶっ飛ばして、コルちゃんを助けに行くわ!」
「全力か。いいだろう、なら俺も敬意を持ってそれに対する事にしよう」
カナンの体に力が満ちる。ほのかな万能感に導かれ、意識が澄んでゆく。
オレがカナンの意思と同調を深める度に、それらの感覚はより強く深くなっていった。
「少しだけ俺の力を見せてやる」
「こっちのセリフよ」
ラクリスの周囲に、手に持つものと同じ金色の剣が数本浮かび上がる。
宙に浮くそれらは、ラクリスを守るかのように周囲を飛び回っていた。
――これがラクリスの能力か。
【明哲者】で見ても詳細はわからないが、多分剣を何本も複製して自在に操るだとかそんな辺りか?
「おーちゃん、アレをやるわよ」
『OK』
意思の同調。それにより、カナンの思考がオレの中に流れ込み、何をしようとしているのかすんなり理解できる。
主様とより一体になれている感じがして、この感覚とても好きだ。
「はああああっ!」
カナンは拳に練り上げた力を集束させる。
魔剣は収納にしまい、拳1つで戦う――
――ように見せかける。
「拳だけで俺に勝て――違う、まさかっ!?」
「もう遅いわ、道連れよ!」
壁に拳を衝突させ、激しい衝撃を生み出す。
同時に、ダメ押しとして天井へオレの拳も炸裂させる。
ビキビキと壁と天井中に亀裂が広がってゆく。
「建物を崩落させて俺を……! そうくるか、だがそうは」
『させねーよ! 凍りつけ!!』
「しまっ……」
よし。一瞬の油断の隙に、ラクリスを魔法で氷の中に封じ込める事に成功した。相変わらず氷の周りで金色の剣が降り注ぐ瓦礫を防いで回っているけど、それが手一杯でオレ達の相手をするどころじゃなさそうだ。
『今の内に逃げるぞ』
アイツを倒すのは後回しでいい。そう言って血の気の多いカナンをなだめながら、崩落する建物の中でオレはカナンを抱えこむ。
そして、瓦礫の雨を浴びながら強引に上空へと飛翔していったのであった。
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