閑話 希望の悪夢
初めての割り込み投稿です。普通に最新部分に等されてたら消します。
夢を見た。
――肌寒い風が私の隠れているしげみをざあざあと鳴らす。
……ラクちゃんはもう行った?
見つかったらまたひどい目に遭わされる。
だからこうして隠れているのだけど……あら?
ふと、私はしげみの側の土の中に、小さな球根が埋まっているのを見つけた。私がこのしげみに駆け込んだ時に、土が削れてしまったみたい。
ところでこれは何の球根かしら?
うーん、本で見た覚えがあるわね。白っぽくてこの形、スノードロップね。そういえば毎年この辺りに咲いていた気がする。
香りが好きなのよ。あの甘くて落ち着く独特な香り。
けれどそろそろ可哀想だし、早く埋めてあげないと。
それにしても……そうね、お花が咲くまでここで私が育ててみようかしら?
*
毎日の楽しみができた。
図書室で本を読む他に、私しか知らない花園のお世話が。ただお水をあげたりするだけだけど、綺麗なお花を見る為ならそれだけでも楽しいの。
けれど、今それはおあずけ……。
暗い暗い、今は使われていない埃まみれで空っぽの倉庫。その中で、私はいつもの〝儀式〟に耐えていた。
「ほら、もっと頑張りなよ! 冒険者ならもっと痛い思いをしてるんだよ?! 旅をするんだろ!?」
「う……うぅ……」
口の中が鉄の味でいっぱい。頬が響くように重く傷んで、ひどい眩暈と耳鳴りがする。
そんな中で辛うじて、倒れかかっている私の顔を恍惚と眺める白髪の男の子――ラクリスことラクちゃんの整った顔が見えた。
「良い顔だね、17番!」
ゴスッ
私の髪を引っ張りながら、ラクちゃんの膝が私のお腹に突き刺さる。
内臓を掻き回されるような感覚と痛みが交互に来て、直後に口から黄色い胃液が溢れだす。
「あーあーあー、ダメだよ17番? 使われていない倉庫だからって、床を汚しちゃあ?」
「けふっ……えほっ……」
「おやおや? おやすみにはまだ早いよ?」
意識が遠退いていく最中、ラクちゃんは懐から取り出した小瓶の蓋を開けて私に中身を飲ませた。清涼感のあるこの香り、いつもの下級回復薬だ。
「起きたかい? 続きをやろうか!」
さっきまで全身を包んでいた苦痛が、すっかりと消えている。ポーションの効能によるものだ。
ラクちゃんは私をある程度痛め付けると、こうして傷を癒してまた痛い目に遭わせるのだ。
「どうして……」
「どうしたんだい? 聞こえないなぁ?」
「どうして私ばっかりっ……!!」
投げやりな気持ちで、非力な私はラクちゃんに殴りかかった。
けれどそれはあっさりと受け止められてしまう。
「反抗するんだ? 魔法も使えない出来損ないの17番の癖に?」
そうして、また私はラクちゃんが満足するまで痛め付けられた。
助けを呼んでも届かない。届いた所で助けてくれない。
私は、なんで魔力を持たずに生まれてきちゃったんだろう……。
「覚悟しなよ? 悪い子にはお仕置きが必要だからね」
その後の顛末は、深く語るまでもない。
*
体に傷は残らない。
だから言っても誰も信じない。
唯一信じてくれていた、味方をしてくれていたシオちゃんはもう居ない。
「17番。ラクリスくんを叩いたそうですね。友達とは仲良くしなくちゃダメですよ、謝りなさい?」
先生ですらこれだ。
みんなラクちゃんの言う事ばかり信じる。
――
雪がちらついてたある日。スノードロップの様子を見に行くと、茶色い土の下から白くて小さな芽がたくさん出てきていた。
「わぁ……かわいい……!」
私はいつも通りスノードロップちゃんたちに、井戸から汲んできたお水をあげたり土に砕いた卵の殻を撒いてみたりした。こうすると土壌が良くなるって本で読んだの。
それから、ここではない遠くのお話を聞かせてみた。
「――でね、ネマルキスっていう所には温かいお湯の湧く〝おんせん〟っていうのがあるのよ! こういう寒い日はおんせんに浸かってみたいわねー!」
いつの日か、ここを出たら世界を見て回ってみたい。明星の女神さまに、一目会ってみたい。
そんな願いと希望を、私は芽吹いたばかりのスノードロップに乗せて祈るのであった。
――
冬も更けて、寒さが一層厳しくなりつつもどこかに春の香りを感じられる季節。
孤児院では毎月、テストが行われる。
私の一番嫌いなテストだ。
「あの特別な〝的〟に水魔弾を当てなさい。詠唱の内容に関しては授業で学んだもの以外でも構いません。
成績上位者にはごほうびがありますよ」
木に掛けられた丸い的を指差す先生の他に、白衣を着た大人の人が何人かがテストを見に来ている。試験官かしら。
「しつもーん! 的に当てるだけでいいんですかー?」
「えぇ、それだけですよ。ただし水魔弾限定です。頑張ってください」
他の子の質問に、先生は上辺だけの笑顔で応える。
水魔法も何も、私はそもそも魔力自体が無いからどうしようもない。辛うじて雷魔法の適正はあるらしく、静電気程度なら出せるけれど。それだけだ。
「よっしゃー!! おれが一番乗りだぜ!!!」
まず一番に飛び出したのは、孤児院一のお調子者のハイゴブリンの男の子、11番だった。青い肌で、元々水の適正があるらしかった。
「〝我が命の鼓動は水雫となりて、我が目標を穿きたまえ〟――下位水魔弾っ!」
詠唱と共に彼の手の中でリンゴくらいの大きさの水玉が生成され、その後に的へ向かって勢いよく発射された。
……魔法を使えるなんて羨ましい限りよ。
「コントロールと威力共にバランスが良く素晴らしいですね」
「へへーん!」
誇らしげに胸を張って嬉しそうだ。
「次はあたしがー!」
次の子もいとも簡単に水魔法で的を穿いてゆく。
その次の子も、そのまた次の子も。
そうしてとうとう、私の順番がやってきてしまった。
「真面目にやればできますから、頑張りなさい」
それは励ましのつもりかしら?
嫌味にしか聞こえないわ。
「〝我が命の鼓動は水雫となりて、我が目標を穿きたまえ〟……」
私は手の上に水の弾が浮かび上がる光景を強くイメージして、体内の魔力を抽出する詠唱を行った。
けれど案の定、私の手の上には一滴の水滴すら現れなかった。
「どーした17番? こんなの簡単だろ?」
「だよねぇ、できて当然だもの?」
簡単で当然な事さえできない私の気持ちなんて、こいつらは考えた事もないのだろう。
ラクちゃんみたいに手は出してはこないけど、助けてもくれない。
自分より下のものを見て、自分を安心させている。
「はぁ……真剣にやらないのなら時間の無駄です。次の子に順番を譲りなさい」
「……」
みんながクスクスと私を嘲笑っているのが聞こえてくる。
……このくらい、慣れたものよ。
「じゃ、次は俺の番だね」
私の後に名乗り出たのは、嬉しそうに微笑むラクちゃんだった。
すれ違いざまにラクちゃんはポンと私の肩に手を置いて
「17番。後でじっくりやり方を教えてあげるよ」
言われなくても分かる。この後、私がどうなるのかなんて。
「〝我が命の鼓動は水の刃となりて、我が目標を切り裂きたまえ〟……中位水魔弾!」
「な……中位!?」
ラクちゃんの手元に注目が集まる。
圧縮された水の玉が、鋭い刃物のような形になって的へと飛んでいった。
水の刃は的を貫通すると、その後ろの木々にも穴を開けていった。
「あ、ごめーん。やり過ぎちゃったかな?」
「すっ……凄いねラクリスくん!!」
「あたしなんてまだ下位しか使えないのに、尊敬しちゃう!!」
……ラクちゃんは恵まれている。
いくら練習しても何も出て来ない私と違って。
*
咲いた。
白くて鈴みたいな可愛いお花がいっぱい、孤児院の裏の森の中に。
甘くて上品な良い香りが、辛い事を忘れさせてくれる。
半年くらいお世話をした甲斐があったものね。色々辛いけれど、ここにいる間だけはそれらと無縁でいられるのだから。
「ありがとうね……こんなに素敵で可愛いお花を見せてくれて……」
今この時間だけは、ゆっくり嫌な事を忘れて過ごせる。
ぼんやりとスノードロップの香りを楽しみながら図書室から持ってきた本を読んでいた、その時だった。
――それら全てを否定されたのは。
「あれー? そんな所で何をしているんだい、17番?」
「ら……ラクちゃんっ!?」
嘘でしょ?
なんでここに……?
「ふーん、綺麗な花だね。君が育ててたの?」
「う……うん……」
否定は許されない。
ラクちゃんの言葉に、私は肯定せざるを得なかった。
「勝手な事をしちゃダメじゃないか? これは没収だね」
「えっ……!!?」
くしゃっ
目の前が真っ白になった。
ラクちゃんの足が、健気に咲き誇るスノードロップちゃん達を押し潰していた。
何度も執拗に、くしゃくしゃになるまで踏み潰した。何度も、なんども。
「や、やめてラクちゃん!! お願い、私は何度でも叩いていいから!! その子たちはやめてっ!!!」
「くっ……あはははははははははははは!!!!! 最高の顔だよ17番! ほらもっと見せてよ!!」
私だけのお花畑と費やした日々を目の前で踏みにじられても、私には何もできなかった。
「〝我が命の鼓動は火の粉となりて、我が敵を焦がしたまえ〟――下位炎魔弾」
「もうやめて……おねがいっ!!!」
嬉しそうに微笑むラクちゃんの手から、潰されたスノードロップちゃんへ炎の玉が放たれる。
火はあっという間に燃え広がり、私の想いを無情に焼き尽くしてしまった。
「くっははははははははははは!!! やっぱ俺ってホント魔法の才能あるわ! 君もそう思うよね?!」
「あ……うあぁ……」
――これは夢だ。
「さて、次は17番の番だよ?」
もがく私の髪を引っ張って、ラクちゃんはいつもの真っ暗な廃倉庫へと向かってゆく。
――きっと悪い夢だ。
「いつもに増して良い顔をするね、17番!」
視界が紅く滲んでゆく。
眼から紅色の混じった雫が滴り落ちる。
――これはただの夢なんだ。
おーちゃん……コルちゃん……助けて――
――――
「――はぁっ……!? はぁ……はぁ……」
夢……だったの?
汗で全身びしょびしょで、まだ心臓がばくばく張り裂けそう。
薄暗いいつものお部屋。私の顔を心配そうなコルちゃんが横から覗きこんでいて、私の腕の中からおーちゃんが見上げていた。
「……悪い夢を見たのか主様? 凄いうなされてたぞ」
「そうですよ。尋常じゃなく苦しそうで、心配してましたよ?」
大丈夫よ私。
もう、あそこへ戻る事は無いのだから。全ては終わった事。今の私には信頼できる二人がいるから、怖がらなくていい。
「ありがと……大丈夫よ、ちょっと悪い夢を見ちゃっただけ」
「そっか……辛かったらいつでもオレをぎゅってしていいからな」
「ひとまずカナちゃんが大丈夫そうなら良かったです」
二人の事を心配させちゃったわね。
汗だくのお洋服を替えて、もう一度眠るとするわ。
今度はきっと、良い夢を見れると信じて。
もう、私は一人じゃないのだから。
プロットだけあって執筆を忘れていた話をもったいないので完成させました。
ちなみにスノードロップの表向きの花言葉は『希望』です。
 




