閑話 すいーつぱーてぃー
感想いっぱいもらっちゃった! うれしいなぁ!
ここにはお鍋もフライパンも、かまどもなにもかもが揃っている。
何より、ガスじゃないけどボタン一つで火のつくコンロまである。
思っていたよりも近代的な設備のキッチンだ。
「さーて、スイーツ作るにはどうすればいいのかしら?」
「おいおい、まずは何を作るか決めてから材料を調達するとこだろ?」
……ねぇ、うちの主様ってホントに料理できるの? なんか不安になってきたんだけど。
*
明日は楽しい楽しいスイーツパーティー。甘党武力お化けのルミちゃんをみんなで喜ばせよう! という名目だ。
それに備えて、可能な限り今日中に料理を作っておきたい。
ちなみにメルトさんはお庭の小屋で鍛治仕事に没頭中だ。
迷宮でゲットしたアダマンタイトや魔鋼を渡したら「あ゛~あ゛っあ゛ あ゛ーほっほ!」等と嬉しそうに奇声を発しながら魔剣とやらを作ってるそうだ。水を得た魚かな。
さて、今回作るものはクッキーとプリンである。まあ、この2つなら材料さえあれば簡単に作れるな。さほど難しくはあるまい。
で、その材料を調達するため、オレ達はとある場所へやって来た。
「いらっしゃいませー……あら、3人とも久しぶり」
「おはようですレベッカさん」
久々のカフェ……ステラバックス。その女店主であるレベッカさんとオレ達はあいさつを交わす。
ここは冒険者も通う知る人ぞ知る静かな甘味処だ。迷宮へ入る前は、ほぼ毎日ここへ通っていた事を思い出す。
これからもきっと、この街を後にするまでは常連に居させてもらうのだろうな。
「レベッカちゃん、久しぶりの所で悪いのだけど、頼みたい事があるの」
「なあにカナンちゃん? 何でも言ってみて?」
さっそく本題を切り出したカナン。
手作りで甘味を作りたいから材料が欲しいという旨を、その道のプロであるレベッカさんに伝える。
「――そっかそーか。3人になら材料を分けてあげてもいいよ」
「えっ?」
……マジで?
実のところ、仕入れ先を教えてもらってそこで買おうかと思っていた。なのに直接譲ってもらえるとは、なんてお得な話だろうか。
「3人とも運が良いよ。あたしの発注ミスで色々な材料が余ってて困ってた所なの。ただ、それでもさすがにタダであげるって訳にはいかないからね。少しだけ働いてもらうよ?」
「働く……って?」
*
「い、いらっしゃいませぇー!」
「おやまあ、ずいぶん可愛い看板娘ちゃんだこと」
「あはは……ありがとうございます」
働けと言われ、てっきり店内で色々するのかと思ったら、オレはまさかの客寄せちゃん。
お店の入り口でにこにこしながら道行く人にいらっしゃいませと声をかける簡単なお仕事です。
お客様はみんなオレを、「可愛いねぇ」「えらいねぇ」と口を揃えて褒めてくれる。
そう言われるの別に嫌じゃないけど、なんかむずむずするんだよな。
ちなみに、カナンとコルダータちゃんは店内で注文や配膳の手伝いをしている。
にしても、なんかオレが客寄せ始めたらたくさんお客さん来るようになったんだけどなんでだろ?
「――さて、3人ともとっても助かったよ。はいこれ、約束の材料一式ね」
「ありがとうございます」
お昼くらいまでお手伝いをして、お礼にお菓子の材料をたくさんもらった。
持ちきれるのかと心配されたけど、目の前で収納を使って見せたら更にたくさんもらってしまった。使いきれるか不安になるくらいな量だ。
まぁ、オレの収納に入れておけば腐ったりしないから問題無いけどな。
そんなこんなで材料を確保できたオレ達は、お家へ帰ってきてキッチンに立つ。
ピンクのエプロンを身につけて、手も清潔にして準備ばっちり。
「クッキーを作りたいわ!」
「おっけー。オレもクッキーなら作り方わかるし、一緒にやろう」
という訳で、オレ主導でバタークッキーを作る事になった。さほど難しい工程は無いし苦労はしないだろう。
まず、お砂糖とバターを混ぜ合わせる。
「お砂糖……これねっ!」
それに卵黄をまぜまぜ。更に小麦粉を入れてさっくりまぜまぜ。
「良い色になってきました。おーちゃん、それから?」
ある程度まで混ぜ合わせたら、細長く生地を伸ばし冷暗所に30分くらい寝かせる。混ぜすぎないのがコツだっけな。
うん、ここまで簡単な工程だ。失敗する要素が無い。
この30分の間にプリンを作り始めてもいいけど、やることを増やしても2人を混乱させても困る。
何より時間はたっぷりあるので、30分間贅沢に時間を潰して待っていた。
そうして時間が経ったら、取り出した生地を均等に切り分けてゆく。2人とも興味深々だな。
「焼くのは私に任せてっ!!」
後は、オーブンで加減を気にしながらじっくり焼いて完成だ。カナンがやたら自信あり気にやらせろと言うので、やむなくやらせてみる。
さてさて、美味くできたかな?
な?
……え?
何これ……? おかしいな、材料にチョコレートなんて使ってないはずだけど、なんでこんなに黒いんだ?
じゃりっ
「もむもむ……え゛ぅ゛っ!?」
や、闇魔法……?!
口に入れた途端、名状しがたき味のようなものが口の中を這いずり廻って――ぐぉぉっ……舌がこわれる!?
「おーちゃん!? どうしたのっ!?」
今なら軍手だって美味しいと感じられる気がする……。一体何でこんな事に……
嗚呼、まさか自分の唾液に救いを求める日が来るとは。
しかしそんな唾液すら焼け石に水だ。
「ゲホッゴホッ……まっ、ますだ―……なんで……」
「しっかりしてくださいおーちゃん!! そんな、なんでこんな事に……」
「あら? これってお塩? ……ごめん、私がお砂糖と間違えて入れちゃってたみたいだわ」
し、塩……。
そうか、たった今悟った。
うちの主様は破滅的に料理がへたくそなんだと。
調理過程に触れた食べ物を、無条件で劇物へと変えてしまう能力……
「おーちゃんっ! しっかりしておーちゃん!!?」
「コルダータちゃん……後は任せた……あぅっ……」
「そんな……? おーちゃぁぁぁぁぁぁん!!!?」
*
数分後、意識を取り戻したオレは何とかスイーツ作りを再会したのだったが……
「ねえおーちゃん? ビンに詰めたミルクを振り振りするのに、一体何の意味があるのかしら?」
「バターを作ってるんだ。さっきの毒……独創的なクッキーにバターの大半を使ってしまったからな。定期的に冷やしつつ、そのままずっと振り続けてくれ。大切な役目だぞ?」
バターができるまで、仕方ないのでプリンを作ろうと思う。
作り方はまあこれも簡単。クッキーよりは色々手順があるけど、難易度はさほど高くはあるまい。コルダータちゃんなら料理の心得があるし、カナンよりは手伝えている。
熱したフライパンにお水とお砂糖を入れてさっと色がつくまで温めたら、カラメルソースが出来上がる。
これをカップの型に入れて、氷水で冷やす。ちなみに味見用と合わせてカップは5つ準備してある。
「カラメルソースってそうやってできていたんですねー! びっくりです!」
お次はプリン液を作るぞ。
お鍋にミルクとお砂糖を入れて、沸騰させない程度に温める。お砂糖がしっかり溶けたら、冷ましてからかき混ぜたタマゴをこれに入れてまぜまぜ。
しっかり混ざったら、こし器に通してダマになった卵白とかを取り除く。ザルみたいなやつだな。
道具がしっかり揃っていて、思ってたよりかなり便利だ。
後はこれをさっきのカラメル入りの型に注ぎ入れて、型ごと沸騰した鍋で温めたら、冷やしておしまいだ。
「うわっ、すごく美味しいです!! おーちゃんほどお料理上手なら、きっと良いお嫁さんになれますよ」
「よ、嫁……!?」
プリンの味見をしたコルダータちゃんがニヤニヤしながら言う。
そこへ、更にカナンが畳み掛けてきた。
「ふふふ……さすがは私のお嫁さんね!」
は、はは……ちょっと何言ってるのかわかんなーい!!
おーちゃんには聞こえませーん!! だって幼女だもーん!!
――そしてさっき作り損ねたクッキーを今度こそ完成させ、パーティー準備は完了だ。
ただ、材料がけっこう余ってるのが気にかかる。そもそも使ってない材料もあるし。シナモンとか、タルト生地とか。
「うーん……もう一品作りたいな」
「なぁに? 私も手伝うわ!!」
バターにシナモンに、タルト生地やえとせとら。
よーし、ちょっと挑戦してみるか。
おーちゃん頑張っちゃうぞ!
――
コンコン
我が家の扉を誰かがノックする。
はーいとコルダータちゃんの声に、ノックの主は「スイーツ食べに来た」とそっけ無く応える。
「ルミちゃんいらっしゃ~い!!」
「いらっしゃいです!!」
玄関の先には、赤髪をサイドに纏めよだれを垂らす少女……ルミレインが立っていた。
*
お花で飾り付けたテーブルにはクッキーやプリンの盛り付けられたお皿が置いてある。
「もむもむもむもむ……」
そこから口いっぱいにクッキーを頬張り、真顔で咀嚼しまくるルミレイン。
形容しがたいその表情は、美味しいと思ってるのかどうなのかいまいちわからん。
「ルミちゃん、美味しい?」
「ん……――おいしい!! 何これ、まさかお店以外でこんなに美味しいバタークッキーを食べられるなんて思いもしないよ!! それにこのプリン! あんまぁい!! 最っ高!!」
うわなんだこの人? いきなり笑顔とリアクションが爆発して、まるで人格変わったみたいだ。こわい。
「お気に召したなら何よりだぜ……」
「君たちは食べないの? せっかくのパーティーなのに?」
「それもそうね! 楽しみましょう!」
……ルミレインの言う通りだな。変に緊張してたせいで、パーティーの醍醐味を忘れてた。せっかく作ったんだし、楽しまなきゃな!
プリンもクッキーもたいへん美味い。オレがここまで料理ができるって正直オレが一番びっくりしてる。
前世のオレは何やってたんだろ。もしかして本当は女の子だったのか? 男じゃなかったのか?
……いやでも、自分のムスコを触ってた記憶を鮮明に思い出せるし違うだろ。うん。
「じゃーん! とっておきのバタースコッチシナモンパイだ!」
プリンとクッキーがお皿の上から消えた時、オレはここぞとばかりに大きな円型のパイを収納から大きなお皿の上に直接盛り付けた。
こいつを作るにはかなーり苦労した。オレのゴミカス筋力じゃちょっと大変な場面もあったし、二人に助けられながら作った自信作だ。
「え……これも作ったの?」
「三人で頑張って作った」
うおお、ルミレインの目がすげー輝いてる。初対面の時はまさかこんな顔をするなんて思わなかったな。
「は、はやく食べたいわ……」
「まあ待てって。今切り分けるから」
包丁を取り出して、飴色のパイを4等分にする。すると、じゅわぁっとジューシーな音とシナモンのふんわり甘い香りが広がっていった。
その場にいる全員が唾を飲む。
そこからはもう、至福の一時だった。
甘く蕩ける天使の祝福を食べ物にしたような、そんな天国のような体験を四人でじっくり味わったのであった。
「まんぞく……。まさかここまで良いものを食べられるとは、感謝する」
「また来いよ。そのうちもう一度作るから」
「楽しみに……してる」
うっとり満足げにテーブルにへばりつくルミレイン。
カナンとコルダータちゃんも、「こんなに美味しいもの初めて食べました!」と幸せそうだ。
オレもなんだか久しぶりにゆっくりできた気がする。
「……? クッキーがまだ少し残ってる」
「ん?」
ふとルミレインが、クッキーのお皿の上から何かを取って口に放り入れた。
一瞬見えたそれはなんだか黒っぽくて、禍禍しいような……
「お゛っ!? がほっ!? な……馬鹿な……!?」
「る、ルミちゃん!?」
みるみるうちにルミレインの顔色が苦しそうに紫色へ変わってゆく。
――オレ達が今まで出会ったどんな生物の中でも、間違いなく最強の存在。
そんな怪物でさえも、カナンの生み出した闇魔法の前には、諸行無常にぶくぶくと泡を噴いて倒れてしまうのであった。
これにて迷宮探索編は終了です。少し更新するまで空くかもしれませんが、気長に待っていただけると幸いです。
次章『晨星落落』もおたのしみに!!




