第49話 ただいま
白く眩い光に包まれて、気がつくとそこはもう迷宮の中ではなかった。
「ここは……本物か?」
さわさわと風で葉の擦れる音があちこちで響き、甘い独特な森の香りが鼻を抜ける。オレを抱えるカナンも、思わず戸惑いを隠せない。
どういう訳かオレ達は、迷宮の外に出されていたのだった。
あちこちに白い骨の散らばる、迷宮の入り口があった場所。
オレ達と、クラッドさん率いる冒険者たち。それと、その他の班の冒険者たちも同じように迷宮の外に出されてしまったようだ。
『言い忘れておったが、今回の迷宮は核が壊れたら内部の人間を送還するようにしてたのじゃ。優しいじゃろ?』
『先に言えよそれ。幻かと思ったわ』
というか、迷宮の外なのにまだ思念届いてるんだな。……管理者もしてるとは言ったけど、別にそれだけとは言っていなかったな。
どうせ正体を聞いても答えないんだろうし。
「――ねえ」
「うゎっ!?」
背後からいきなり誰かに話しかけられ思わず竦むカナン。
一体誰かと振り向いたら、ジト目でもじもじ見てくるルミレインが立っていた。
「ルミちゃん? 急にどうしたのよ?」
「スイーツパーティーの約束、守ってもらうから」
「あ、あぁ! スイーツパーティね!! もちろん忘れてないわ! 私のお料理の腕が鳴るわね!!」
あー。完全忘れてたなこりゃ。
身振り手振りで説明するカナンを横目に、コルダータちゃんがふとオレにアイコンタクトを送ってきた。
(カナちゃんって、お料理できるんですか?)
……知らんとしか言えない。
さすがに料理ができなきゃ、そもそもスイーツパーティーやろうだなんて言い出さないだろうし。……多分。
「明後日そっちの家を訪ねる。楽しみにしてるから」
何もかも見透かしたかのような紅い瞳でオレ達を一瞥すると、ルミレインはさっさとその場を去っていってしまった。
さて、突然外部に放り出されて混乱する大勢の冒険者が立ち竦む中、オレ達もクラッドさんに一声かけてから街へと向かうのであった。
*
「あれ……カナンさん!? もう迷宮攻略終わったんですか!?」
久々に街のギルドにたどり着くと、まず受付嬢のニーレちゃんが驚いた顔で反応してきた。
「まあねー。色々報告したいからギルマス呼んでくれるかしら?」
「はーい。ちょっと待っててくださいね」
そうしてニーレちゃんがバックヤードに入っている間に、オレはカナンにそろそろ降ろしてくれとお願いする。
ずっと抱っこは恥ずかしいもの。少ないけど他にいる冒険者の視線が痛い。
「お待たせ~。呼ばれて飛び出てエルムちゃん参上~」
「久しぶりねー。元気してた?」
「元気オブ元気。冒険者の半数が出払ってるおかげで仕事も減って、惰眠を貪れる生活だったのさ」
ふわぁと、大きなあくびを吐き出しながら応えるエルムさん。これでもここのギルドマスターである。
そんなエルムさんに、カナンは迷宮であった事を説明してゆく。
やがてオレとコルダータちゃんを飲み込んだ話に差し掛かると、突然エルムさんが話を制止してきた。
「ちょっとここでその話をするには問題があるな。続きは私の部屋で話そうか」
「いいわよ。行きましょう」
そうして執務室とは名ばかりの書類や菓子類散らばる部屋に入り扉を閉めると、再び話を再開した。
「例の小槌、恐らくは異質物だね。可能なら見せてもらえるかい?」
オレは次元収納の中からあの〝小槌〟を取り出して、机の上に置いた。
「叩かれた物体を小さくする……か。下手に触らない限りは安全そうだし、鑑定してもらうためこのまま〝財団〟に送るよ。三人ともいいね?」
「構わないわ」
別にさほど思い入れがある訳ではない。カナンと同じく、オレとコルダータちゃんも頷いてあの小槌をエルムさんに渡した。
それにしても、異質物は誰が迷宮に置いているんだろうか。
――迷宮内でコルダータちゃんに聞いた事を改めて思い出す。
「この世界の天敵である〝虹翼の使者〟への、ほぼ唯一の対抗手段なんです」
そう切り出された曖昧な話は、オレが【明哲者】を得た事により更に詳しく明らかになっていった。
虹翼の使者とは、数百年に一度この世界に軍勢で攻め入る存在だ。その名の通り、虹色の翼を持つ天使のような見た目をしているらしい。
そして、この世界におけるあらゆる武力を持ってしても、虹翼の使者の前には意味を成さない。
魔霊に物理攻撃が効かない理屈は、流動する液体を斬ろうとしても意味が無いようにそういう法則で成り立っているのだ。
しかし虹翼の使者は、この世界の理の外部の存在であり、物理法則はおろか魔法も能力も一切通用しない。
たとえ大陸が消し飛ぶ威力の魔法でも、傷一つつけられないのだ。
まさしく世界の天敵。
人類は幾度となくこの怪物により、滅びかけてきた。
では、なぜ未だに滅びていないのか?
そこで登場するのが、異質物である。
かつては神器とも呼ばれていた異質物は、この世界の神々の力を宿しているという。
ただし、どんな物にどんな力が宿るかは全く予測不可能である。
例えば、ある異質物は、歯ブラシに〝消滅〟の力が宿ったという。ブラシ部分に触れた物質を問答無用で消し去ってしまうとか。歯磨きできねえ。
分かりやすく扱いやすい武器や道具に宿るならまだマシな方で、大半が収容するだけで手一杯になるようなシロモノばかり。
それでも、虹翼の使者に一連の効果が通用する――すなわち唯一の攻撃手段であるため、ぞんざいには扱えない。
そのため、〝財団〟という組織が冒険者協会と連携しながら収容に着手しているという。
ちなみに、迷宮での出土が比較的多いらしい。
―――
「おかーさんただいまーっ!!」
「おかえりコルー。それからカナちゃんとおーちゃんも、1週間お疲れさん」
久しぶりの我が家。あぁ、心の底から暖まるような気がする。
ギルドで、手続きやら報告で時間を取られ、家に帰ってきたのは結局夜遅くになってからだった。
途中、お店で夕ごはんも済ませて、後はもうお風呂に入って眠るだけである。
「3人とも、本当にお疲れだねえ。土産話を聞くのは明日にするよ」
「助かるわ」
「ありがとうメルトさん」
そうしてオレ達3人は久々の我が家のお風呂を堪能した。いつも通り二人にオレがもみくちゃにされるのはもはやお約束。慣れたものだ。
それからお風呂を出てしばらくリラックスしていると、少し不安そうなメルトさんが妙な話を切り出してきた。
「一昨日……変な子がウチを訪ねてきたんだけど、コルーやカナンちゃんの知り合いかい? 透き通った白髪をした、年はカナンちゃんくらいの男の子」
「白髪の男の子? 私は知らないわね、コルちゃんの知り合いじゃない?」
「いえ、わたしにもそんな心当たりは無いですけど……」
「オレはあり得ないな」
オレは間違いなく違う。そもそも目覚めてからずっとカナンと一緒にいたのだから、そんな奴と知り合う暇なんて無いしな。
「そうかい。いきなり訪ねてきて『コルダータさんとカナンさんはいますか?』って聞いてきたのさ。変だと思ったから別の街に行ったって嘘ついたけど、正解だったみたいだね」
「怖いですねカナちゃん……変質者ってやつでしょうか?」
「そうねきっと変態よ。次来たら私がぶっ飛ばしてあげるわ!」
物騒なセコムだな。しかも相手は子供だろ? 話を聞くくらいならしてもいいだろうに。まあ、その時はオレがカナンを引き止める役なのだろう。
さて、今日も今日とて夜は更ける。
今夜も3人で一緒に眠りにつく。
いつの日か夢を叶えるその時も、こうしてずっと3人で一緒にいられるのだと、信じていた。
信じていたんだ――
迷宮編、完!!
次回は幕間のスイーツパーティーです!!
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