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第46話 ケテルベアー戦 その3

熱中症って、数日間辛さが続くものですね。

 さすがにアレにはまだ勝てなくない?

 思わずボクは、三人の事が心配になった。



 表面上は冒険者として探索中のボクではあるけど、この迷宮の管理権限にアクセスして、少しばかり他の場所を覗き見る事ができる。


 カナン、オーエン、そしてコルダータ。あの三人は既に、迷宮の核の近くまで来てるみたい。


 しかしそこで、ラプラスの作った趣味の悪い魔物(おもちゃ)と戦わさせられているようだ。


 あの熊は強度階域にして……第6域(タイラント)中位?! 並の魔王より強いではないか。ラプラスの奴め、三人を殺すつもりか?

 さすがに今の三人があれに勝てそうとは思えないし、少し手助けをしてあげるべきか?



 ……いや、やはりあの三人なら問題ない。何よりラプラスもギリギリ勝てるよう調整しているらしい。杞憂に終わりそうだ。


 もう少し見守っておいてやろう。







 ――






『グオオオオオオオッッ!!!!』


 「おーちゃんうるさい」


『アッハイ、すいません』


 見た目が変わっても、おーちゃんはやっぱりおーちゃん。私の言う事を素直に聞いてくれる。

 それに、普段はあんなにカワイイのに、本気を出すととってもカッコよくなるの。そのギャップも大好き。好きで好きでたまらないわ。


「頼りにしてるわ」


『おう。任せろ!』


 そうして私とおーちゃんは、遠くからこちらを見つめる肉熊へ向かって歩んでゆく。


 ――おーちゃんが言ってたけれど、あれはケテルベアーという魔物らしい。どこでそんなこと知ったのかしら。


 ま、なんでもいいけどね。



 「く゛ま゛あ゛ぁ゛ぉ゛ぁ゛っ!!」


 「ははっ! さっきはお世話になったわね!! 今度こそ殺してやるわ!」


 向かい合う、ケテルベアーと私達。あの肉肉しいグロテスクな見た目、なんとも美味しそう。


『――作戦通りでいいな? アレと力で張り合ってはダメだぞ。バフがかかってるとはいえ、危険過ぎる』


 「もちろんよ。確実に倒す為に、私も我慢するわ」


 作戦は、おーちゃんの持つ新しい能力(アビリティ)を、油断させたケテルベアーに発動させる事。

 だから、ある程度疲弊させつつも優勢だと思わせる必要があるの。


 ただ、思わせるまでもなく未だケテルベアーの方が格上だから、演技の必要はないけどね。


 「ぐま゛っ!!」


『魔霊のオレにそう来るか!!』


 悪魔形態のおーちゃんとケテルベアーはどちらも同じくらいの体格で、先に攻撃を仕掛けたのは後者。


 でも、魔霊であるおーちゃんに物理攻撃は効果的ではない。

 だから、おーちゃんは敵の物理攻撃に対する盾になってくれる手筈だ。


上位氷結魔弾(クリオガ)っ!!』


 「ぐまっ!?」


 おーちゃんはケテルベアーの攻撃を受け止め、その隙に翼から魔法を放った。

 炸裂した途端に急成長する氷の樹が、ケテルベアーの肉に根を張る。


 そして私は、おーちゃんの背後から追撃を仕掛ける。


 「喰らえっ!!」


 おーちゃんの魔法を宿した、闇の剣撃。その上血もたっぷり飲んできたし、攻撃力はさっきの比じゃないわ。


 「グっまっ!!」


 「いいね、いけるわ!!」


 大ダメージ……とまではいかないものの、攻撃がしっかり通る。その赤黒い体に一条の線が走り、そこから赤い液体が滲み出す。


 「ま゛ぁ゛っ!!」


『むっ……オレの後ろに隠れろ主様(マスター)!』


 ケテルベアーの全身に埋もれる眼球が、一斉にぎょろりと私を見た。



 キイイィィ――



 空気が震えている。


 嫌な予感がする。おーちゃんの言う通りにした方が良さそうね。

 言われた通り後ろに隠れると、おーちゃんは私を抱えあげてケテルベアーから距離を取った。


 ……その次の瞬間。


『あ、ヤバいかも』


 青い光線が一瞬だけ見えたその次の瞬間に、「ドォン」だなんて生ぬるい、皮膚が痛む程の轟音が私の肌を打ちのめした。

 あの光線、その姿でも使えるのね。しかも全身の目玉から何本も放っているみたい。おーちゃんが必死に避けてくれたけど、さすかに全て回避できた訳ではなさそう。


 「おーちゃん?」


『ぐ……すまん、少しかすった』


 あれ、おーちゃんの片腕がちぎれて無くなってるじゃないの? 何よかすっただけって。十分重症よ。


 「ぐま゛ぁっ!!」


『しまっ――』


 追い討ちをかけるように、ケテルベアーは傷を負ったおーちゃんに掴みかかり、何度も何度も殴り付け床に叩きつけ――



 ザフッ



 そしておーちゃんの体は、黒い煙と共に消えてしまった……ように見えた。


『……すまん主様(マスター)、しばらくアレを任せる』


 「いいのよ。これでいいの」


 作戦に犠牲はつきものよ。内心おーちゃんが傷つくのはとっても辛いけれど、背に腹は変えられない。


 私は懐から取り出した小ビンの中身を飲み干して、咆哮をあげるケテルベアーと向き合った。

 アレを相手に時間を稼ぐ。どうしたものかしら。


『――10秒だ。そこまで耐えてくれりゃ、デカイのを入れられる』


 「了解。私、頑張るわ!」


 よーし、10秒だけなら辛うじていける。

 おーちゃんの血をいっぱい飲んだおかげで、さっきよりも数倍私の身体能力は向上されてるの。それでもケテルベアーの膂力には遠からず及ばないけれど、それに対応する事くらいはできるわ。


「グムァァァ!!!」


 と、もはや可愛げ皆無な鳴き声を発するケテルベアーの叩きつけ攻撃を寸前で回避し、私はカウンターとして体表の眼球の一つを剣でトマトのように潰してやった。


 「あはっ!」


 「ま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 眼球を一つ潰され激昂したケテルベアーが、力任せに私へ殴りかかってくる。

 速度もパワーも、はるかに向こうが上。正面から受けたらまた大きなダメージを負ってしまう。


 「たとえどんなやり方でも、私はあなたを喰らって強くなってやるわ!」


 身を翻し、紙一重で一撃を避ける。

 魔法も使っていない攻撃なのに、凄まじい破壊力ね……。床がもうバキバキに原型を留めないくらいに割れてるわ。


 「ぐぅ……ま゛ぁ゛ぁ゛!」



 キイィィィン――



 ケテルベアーの全身に蠢く眼球の視線が一斉に私へと集まり、耳が痛くなるような高い音が鼓膜に突き刺さる。

 なるほど、またあの光線を放つつもりね?


 「――今よおーちゃん!!」


 そして光線を放つ予備動作中のケテルベアーの足元から――



 ドスッ



 ――闇よりも黒い槍が突き出し、その胸部を貫いた。


 「ま゛っ゛……ぁ!?」


『格上相手に勝つためにゃ、相手に隙を見せて油断を誘わせるのが一番だって教わったんだ。ルミレインにな』


 ケテルベアーの影の中(・・・)から現れたおーちゃんが、槍を握りしめて言った。


 全ては不意を突くために、倒されたフリをしていたの。


 おーちゃんの新たな能力(アビリティ)である、【潜影(せんえい)】。

 相手の影の中に潜り込み、身を隠す事ができる。また、影の中では魔力が拡散されず、その密度を簡単に高める事が可能らしいわ。


 簡単に言えば、魔力を影の中に溜めて溜めて大きな一撃をドカンと放てるって訳ね。


『氷結魔法で形成し、闇魔法を可能な限り押し込んで作った槍だ。不意のオマエを貫くくらい、簡単にできる』


 「ふうん。おーちゃんの魔法って武器も作れるのね。これから近接戦は拳じゃなくて武器でやったらどうよ?」


『確かにな。もっと魔法の解釈を広げた方がいいのかも』


 そう言いながら、おーちゃんは何度も何度もケテルベアーの体を槍で滅多刺しにする。

 ただし血は出ない。闇魔法が出血する前に血液を〝崩壊〟させてしまっているから。


 「ぐま゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」


『終わりだ。今、とどめを刺してやる』


 あれだけ恐ろしかった魔物も、二人で力を合わせれば倒せるの。やっぱり私とおーちゃんは二人で一つなのよ。


 そして地に伏せるケテルベアーの頭部へ、おーちゃんの槍が突き刺さる――


 が、しかし。


 「く゛っま゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」


『なっ!?』


 なになに、最期の悪あがき? 大声で叫んで一体、仲間でも呼んだのかしら?


 ……って、何あれ何あれ?

 仲間は呼ばなかったけれど、また不気味な事をやってくれたわね。


『何のつもりだ? 何をするつもりだ?』


 「ぐぅ……まぁ……」


 突然、私たちの周辺の床にいくつもの魔方陣が出現する。そしてそこへ、鼻が痛くなるほどに腐って生臭いそれが、浮き上がる。


 人、ゴブリン、魔物……


 それは、迷宮内で命を落とした、ありとあらゆるモノの死体だった。

夏バテでモチベーションが落ち込んでます……。

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[一言] おーぅ、くまさんその足掻きは美しくないな!
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