第45話 ケテルベアー戦 その2
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キュイィィン――
モーター音に似たものが聞こえたその次の瞬間、ケテルベアーの口に搭載された砲筒から強力な光線が放たれる。
「今よ!」
「ああ! 全力でやってやる!」
オレとカナンはそれをさせないために、ケテルベアーが隙の大きい予備動作を見せた途端、集中攻撃をおみまいする。
周囲への被害なんて無視した高火力の魔法に、カナンの怪力で斬りつけたりと、それはもう徹底的に。
「くま……くまあぁぁっ!!」
……だが、敵はあまりにもタフだった。
その小さな熊のぬいぐるみのような見た目からは想像できないくらいに硬く、そして物理的にとてつもなく重い。
オレの魔法もカナンの攻撃も、手加減なんてしていない。そもそもカナンの剣には闇魔法を付与してあるのだ。上位魔霊でさえ屠る威力を誇るにも関わらず、この憎たらしいぬいぐるみに対してはいずれも効果が薄く見える。
「それでもやるしかないよな!」
だが、全く効いてない訳ではない。少しずつではあるものの、ぬいぐるみの体に傷がつくようになってきたのだ。長期戦にはなるが、勝ち目はある。
――ハズだった。
カナンがケテルベアーの脳天めがけてとどめの一撃を放とうとした――その瞬間。
「くっ……く゛ま゛あ゛ぁ゛ぁ゛」
「えっ……」
――蝉の羽化を見たことがあるだろうか?
大きく成長した終齢幼虫が木の幹にしがみつき、その背中を縦にぱっくりと割って中から白い成虫が這い出てくるのだ。
幼虫から成虫へ、大きく姿を変える――
まさにその過程が、オレ達の前でも起こっていた。
「離れておーちゃんっ!」
「まっ……主様こそ!」
突然の異常事態に、攻撃を中断して距離をとる。
なんだなんだ……?
まるで風船に空気を入れるみたいに、ぶくぶくと熊のぬいぐるみの体が丸く大きく膨れ上がってゆく。
そして、玉転がしに使えそうなくらいにまで膨らんだ所で、その体にぴしりと切れ目が入る。
ずるずる……びちゃっ
脱皮……!?
中から出てきたものは、皮膚の無い筋肉剥き出しな巨大な肉の塊。赤黒い全身のいたる所に目玉がついており、口の中には楤の幹のような刺々しい黒い牙がびっしりと並んでいる。
もはや愛らしいテディベアの面影は皆無。唯一熊っぽさがあるとすれば、シルエットくらいだ。
「ぐま゛あ゛あ゛ぁ゛」
カワイイかわいいぬいぐるみは、恐ろしくグロテスクな姿へと変態を遂げてしまったのだ。
「第2形態って所か?」
「おーちゃん、私の後ろに――」
と、カナンが言いかけたその刹那の出来事。
オレもカナンも油断は一切無かった。強敵を前に、慢心ももちろん無い。
だが
だが
だが、相手は格上であった。
ただそれだけの事。
「主様っ!!」
ゴチャッ
グシャッ
鈍く嫌な音がした方向を見ると、後方の壁に、関節を不自然な向きに曲げ、大量の赤い血を流すカナンの姿があった。それはまるで轢き潰されたカエルのようで――
「主様?」
オレが呼び掛けても、手足の末端をぴくぴくと痙攣させるだけで返事は無く――
なんて……事だ……
オレの、オレのご主人様を、よくも……よくも!!
「殺してやるっ!」
腹の奥から熱いものが沸き上がる。
オレを同じように殴り潰そうとする肉塊に対し、強くどす黒い感情が、〝やれ〟とささやく。
もう、どうなってもいい。他の冒険者に見られてしまったとしても。
悪魔形態に――
「おーちゃん!!」
「んむわっ!?」
オレの意識を暗闇から引きずり戻すように、いきなり体が横へ引っ張られる。
すると、今まで立っていた場所にケテルベアーの豪腕が叩きつけられた。
「これは……ユーナ?」
「ア……ゥ」
何かと思ったら、コルダータちゃんが使役する赤いゴーレムの〝ユーナ〟がオレをお姫様だっこみたいに抱えていた。
相も変わらず超絶美少女な見た目をしている。
オレとそっくりな顔だけどな。つまりオレも美少女。
「おーちゃんをこっちに!」
遠くからコルダータちゃんがユーナへ指示を出す。
オレをコルダータちゃんがいる所まで担いで持ってくる。幸いケテルベアーは迷宮核から離れられないのか、深追いしてくる様子は無い。
「おーちゃん……あのね、カナちゃんが……」
言われなくても、何となくわかる。
一息つくと、既にそこにはカナンの体が横たわっていた。恐らく地操作魔法でこちらまで運んできたのだろう。
「主様……」
全身がひしゃげ、体のあちこちから骨が皮膚を貫通して突き出している。辛うじて息はあるものの、あまりにも痛々しいカナンの姿に思わず目を背けそうになる。
「カナちゃん、戻ってきて……!」
コルダータちゃんがカナンの体に触れた。
コルダータちゃんの手からカナンの全身へ、淡い光が木の根のように広がってゆく。
全身へまんべんなく治癒魔法をか送るつもりらしい。
「――けほっ」
カナンが小さく咳づく。
少し離れた所から冒険者たちが見守る中で、そして奇蹟は起こった。
「コル……ちゃん? あれ、おーちゃん……」
カナンが目を覚ました。
相も変わらずコルダータちゃんの魔法は凄い。飛び出していた骨も何もかも、完璧に元通りに治癒したのだ。
「あれほどの大怪我を一瞬で……」
「美しい……」
冒険者たちの方からそんな声が聞こえてくる。
どーだうちのコルダータちゃんは凄いだろう、と自慢している場合ではない。
「ああ、なるほど。私、死にかけてたのね」
「そういうことだ。ちょっとあの熊、オレ達でも倒すのキツくないか?」
「そうねぇ、でも本調子じゃなかったっていうのもあるわよ? 本気でやっちゃえば何とか張り合えそう」
本調子?
と言われて一瞬だけ意味が分からなかった。なるほど、またオレを喰おうという訳か。
「ふふ、そういう事。私の糧になりなさい、おーちゃん♡」
そう言いながら、カナンはオレを赤い瞳で見つめ、ペロリと舌なめずりをするのであった。
*
「本当にやっちゃうのですね? どうなってもわたし知りませんよ?」
「大丈夫。こういう事がオレの役割なんだから」
不安げなコルダータちゃんに、オレは笑顔で答える。
「じゃ、お願いコルちゃん」
「……分かりました」
コルダータちゃんが触れるエメラルドグリーンの壁が、ぐにぐにと大きな口を開けてオレとカナンを呑み込んだ。
その中は暗いが、ある程度広いスペースが確保されている。
わざわざこの中で行うのは、冒険者たちに見られないようにする理由からだ。
「じゃあ、やるわよ?」
「いいぞ主様」
明光石が照らす小部屋の中で、オレは羞恥心を殺して上半身の服を脱ぎ去った。
そしてカナンは、そんなオレを床に押し倒し、涎を溢れさせる口を開いて――
「んっ……」
ぷつんと首筋に刺さる、一条の痛み。
カナンの鋭い牙が、皮膚を突き破って侵入してくる。
それからゴクゴクとカナンの喉の奥へ流しこまれていくオレの血。
夢中になって首筋に吸い付くカナンが、こんな状況なのになんだか愛しく可愛らしく思えてきた。
「よしよし……っと、ちょっと休憩」
「ぷはっ……まだまだいけるわ!」
カナンに一旦吸血をやめさせて、オレは次元収納から取り出したポーションを飲み干す。
それから再び、また吸血をさせる。
――それを10回くらい繰り返し、ギブアップを申し出たのはカナンの方からだった。
「もう無理……うぅっぷ……お腹ちゃぽちゃぽよ……これだけ飲めば、あの熊くらい余裕よね……」
「あのなぁ、ちょっと飲み過ぎじゃないか? まあ、あの熊はあそこから移動しないぽいから少し休んでもよさそうだけど」
さすがにカナンがキツそうなので、少しだけ休む事にした。
――何をしたかったかというと、カナンの【吸血姫】による能力上昇を図るため、オレの血を大量に飲ませたのだ。
ちなみに外の冒険者達には、カナンが契約している上位魔霊を呼び出す儀式を行うと言ってある。
時間をかけてオレを召喚する――
と見せかけて、その大半はオレの血を美味しく吸ってたのだ。
実際は、一言オレの名前を呼べば出てこれるしな。
「――そろそろいけそう?」
「ふぅ、いける。コルちゃーん! おねがーい!!」
「はーい!!」
外で待つコルダータちゃんに、準備ができたと知らせる。
それを合図に、オレは久しぶりにカナンの中に戻った。
この、感覚はあるのに体を自分の思い通りに動かせない感じ。
初めて目覚めた時の事を思い出して懐かしいな。
ぐにぃと壁に穴が開き、カナンは一人でそこから出る。
向こうの冒険者らがこちらを訝しげに覗きこんでいるが、理由は大方オレがいなくなった事だろう。一応、後でどう説明するかは決まっている。
だから今、やることは一つだけ。
「〝オウカ〟っ!!」
『グオオオオオオオッッ』
オレとカナン。二人で一つの全力を出し尽くし、敵を殺す事だ。
多少死にかけても即死しなければかすり傷なのです。やべえ。
それとタイトルの末尾を少し長くしましたー。




