第44話 ケテルベアー戦 その1
けてるぐま
つぶらな黒い瞳に、体は栗色のふわふわに包まれて、首元には青いリボンを結んである丸耳の愛らしいテディベア。
……にしか見えない魔物が、開かれた大扉の合間からとことこ歩いて入ってきた。
「かっ……カワイイわ……」
「くまぁっ!」
そんなテディベアが可愛らしく一声鳴いた、次の瞬間。
ガガチャンッ! キュイィィン――
テディベアの口の中から、黒い砲筒のようなものがこちらに向けて押し出された。機械音と共にその中では丸く青い光が膨張し――
「全員逃げろ!!!」
「くっ……ま゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛っ!!!」
テディベアの口から、青い光の柱が直線上に放たれた。
それは砲筒の射線上を真っ直ぐ突き進み、集まっていた冒険者やオレ達の横をかすめ壁をえぐり取って
カッ……ドオオオンッ!!
そして、はるか後方で青色の爆発を巻き起こした。爆音と衝撃波が遅れて耳を殴る。
あれじゃあ、もはや兵器のようなもんだな。
「く・ま・あ・!」
カワイイ見た目に騙されてはいけねえ……。
あれは管理者の自信作とやらの〝ケテルベアー〟という魔物らしい。
「あ、あ、クソっ!! あのバケモノから俺様を守りやがれ下民どもぉっ!!」
「撃てぇっ!!」
怯えながら吐き捨てるベルナの言葉を無視し、クラッドさんは魔法使いの冒険者たちに合図をする。
「疾風剣!」
「氷刃!」
「炎矢!!」
「雷鳴槍!!」
様々な属性の様々な形の魔法が、小さな小さなテディベアの体へと殺到する。
まともに当たれば、悪魔フォームのオレでも危ういかもしれない程の激しい魔法の嵐が、眼前で巻き起こった。
「風穴斬!!」
更にクラッドさんが剣を一薙ぎすると、三日月状をした白い真空の刃がケテルベアーへと放たれる。魔法使い達の攻撃よりも、クラッドさんの一撃の方が強そうな印象だった。
「これでどうだ……?」
クラッドさんが目を細めて土煙の中を見つめる。
これほどまでの破壊力、さすがに無事では済むまい……と思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
「くまぁっ!!」
マジかよ。さすがは推定Sランク以上といった所か。とてつもなくタフだ。
テディベアは、再び口の中から砲筒を伸ばし、こちらに向ける。
その角度が、さっきとは違う……
さっきは若干上方向へ光線を発射していたが、今度は真下――床に向けて放とうとしている?
ドッバアァンッ!!!
「なっ!?」
放たれ床に炸裂した砲撃の爆風が辺り一帯を包み込み、多数の冒険者が巻き込まれる。
「――わたしがっ!」
咄嗟に、コルダータちゃんが地操作魔法を発動させる。
すると、爆風を防ぐ簡易的な壁がテディベアの周りに展開された。そのおかげで近くにいた大勢の冒険者が難を逃れたものの、それでも全ては防ぎきれず、いくらか大怪我をしてしまっている者もいた。
「お、俺の腕がっ!!?」
「痛い……助けて……」
手足がちぎれ飛んだり、あるいは全身に酷い火傷を負っていたり、全身を激しく打って気絶していたり。
だが、幸いにして、即死した者はいないようだ。これならコルダータちゃんの魔法で何とかなる。
それに、オレ達じゃなきゃあのテディベアとはまともにやりあえそうにない。
「怪我人をこちらに! わたしが完璧に治します!」
「何だって? まさか君は、部位欠損まで治療できるのか? 尚更美しい!」
無言で頷くコルダータちゃんに、クラッドさんが驚きと感動の表情を見せる。
怪我人を担いだ冒険者たちが、コルダータちゃんと一緒に後方の治癒部隊へと移動していく。
「ともあれ……これで戦いやすくなったな、主様」
「えー? もうおねえちゃんって呼んでくれないの?」
「別にいいだろ、皆奥に避難しちゃったから聞かれないし。それにめっちゃ恥ずかしかったし……」
「そう……」
オレの態度に、カナンはとても残念そうにため息を吐き目元を伏せた。
しょうがないな。
「……いいからやるぞ、おねえちゃん」
「ふっ……大好きよおーちゃん」
するとコルダータちゃんが展開した壁に亀裂が走り、弾け飛ぶ。そして中から、牙を剥き出しにしたテディベアがこちらを見据えていた。
「くま……あぁっ!!」
「……やるか」
そうして、オレとカナンはテディベアへと向き合った。
*
『一体何のつもりだ、ラプラス』
『んん? なんじゃ何者かと思ったら、ルミレインか。ひっさしぶりじゃのう、一体幾百年ぶりじゃ? まさかお主が冒険者として直接迷宮に乗り込んでくるとは』
『フン。この迷宮をここに出現させたの、わざと? 答えて』
『相変わらずつっけんどんな奴じゃのう。
そんなお主がそんな事を聞きにわざわざ妾に念話を送ってくるとはやはり、お主もあの二人を気に入ってるのか。珍しく意見が合うの?』
『……』
『はいはい、そうじゃよ、妾がわざと迷宮の枝を拡張させたのじゃ。
皆まで言うな、無論あの二人を成長させるためじゃ。……いや、三人かの? まさかあの魔石を持つ者と一緒におるとは』
『フン。ならいい。殺そうとしない限りは見逃す。それと、他の奴らはどれだけあの二人の事を知っている? 〝勇者の魔石〟だけなら皆把握していると思うけど』
『はは、ウケるのう! お主が積極的に接触してくるとは、何じゃ? いよいよ世界でも滅ぶのか?』
『……あながち間違いではない。だが、それをさせない為にボク達がいるのだろう。というか質問に答えて』
『はー、ヤダヤダ。妾は働きたくないのじゃー。その時が来たらお主に丸投げするわ。というか真面目にやる者なんて、お主くらいじゃろ』
『答えろ』
『……はあ、わかった。あの二人……いや、〝アレ〟の因子を持つ者については、妾とお主、そして〝コランヴァイン〟が好奇心から分身体で接触しておったようじゃな。あとは〝エリカ〟の奴もひょっとしたら、じゃの』
『そうか。ならばいい。念話を切る』
『何じゃ何じゃお主っ!? もう少し付き合うのじゃ! 今あの二人が核の側で戦っておる魔物は妾の自信作で……ってのぅ!!?
ひどいのじゃ! 一方的に話しかけてきたくせに! そんなんだからモテないのじゃ! 妾もだけど!!』
*
オレ達がケテルベアーに挑んでから、数分が経過した。
カナンの剣に闇魔法を付与し、オレは遠距離からカナンの援護を行っていた。
かなり硬いが、効かない訳ではない。
あの光線も、発動まで時間がかかるのでその隙に頭部を攻撃すれば中断させられる。
ので、時間こそかかるものの、何とか倒せそうな見込みが見えてきた
と思っていたのだが。
「主様っ!!?」
ゴチャッ
突如、カナンは強力な力に撥ね飛ばされ、地面を何度もバウンドし、鈍い音を立てながらはるか後方の壁へ吹き飛ばされてしまった。
受けたダメージも今までの比ではない。壁にめり込み大量の血を流すカナンは、完全に意識を失っていた。
クソ……どうなってんだこいつは!?
あの膂力、ひょっとするとうちのカナンよりも――
「く゛ ま゛ あ゛ あ゛ あ゛ 」
カナンを殴り飛ばした巨大な影が、オレの前に立ちふさがった。
管理者ちゃんはルミちゃんと同格ですー。




