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第36話 あーん♡

「あーん♡」


「あーん……」


 オレは今、催促されるままにカナンに朝ごはんを食べさせている。まるで雛鳥に食事を与える親鳥の気分だ。


 起きてからなんでか知らないけど、カナンが急に「ごはん食べさせてくれる?」とオレに要求してきた。まあ突然変な行動をしてくるのはいつもの事だな。ある意味いつも通りと言える。


「わたしも食べさせたいですー!」


「いいわよー。はい、あーん♡」


 それに加え、昨晩からコルダータちゃんの様子もおかしい。やたらカナンにべったりしてくるというか、上の空というか。

 カナンによる吸血が終わった後には回復薬(ポーション)を飲ませたし、たぶん貧血ではないと思う。


 うーん、オレもなんかまだ胸がモヤモヤしてる。




 さて、長い朝食を終え、昨日着た服を今日も着る。しかし、洗っていない訳ではない。

【清浄】という新たな能力(アビリティ)を使っているのだ。

 詳しい原理は説明すんのめんどいんで今はしないけど、ざっくり汚れとかを取り除いて綺麗にできるってやつだ。これでいつでも清潔を保てるのだ。


 ゴミもちゃんと回収したし、探索を再開しようではないか。


「いきますよー」


 コルダータちゃんが部屋の壁に触れる。

 すると壁はまるで生き物のようにぐにぐにと動いて、オレ達が通れるくらいの出口を作り出した。


「よーし、れっつごー!」


「おー!」


 オレ達は、一晩過ごした隠れ家を後にし、迷宮の探索を再開した。




 *




 ちょっとそこの角を曲がったら――

 出た。


「キシャシャシャッ!!」


「キャアアアっっ!?!?」


 めっちゃ大きい蜘蛛が。

 人間の子供くらいはありそうな、巨大な黒い蜘蛛。細い脚に長い毛をびっしりと生やし、胴体も悪い意味でモフモフだ。

 それを見たコルダータちゃんは思わず悲鳴をあげた。


「とりゃぁっ!」


「ギュシャッ……」


 そんなでかくてキモい蜘蛛も、カナンの前には一刀両断されるのであった。


「さすが主様(ますたー)、躊躇しないな」


「こいつも手応えないわね……」


 今の蜘蛛、オレが剣を扱えてもちょっと躊躇すると思うな。もう収納しちゃったけど。


 さて、今日もまあまあ歩いてきたけれど、カナンを満足させられるほどの魔物にはまだ遭遇できていない。

 昨日よりは多少マシかなという程度。


「そろそろお腹空いてきたわね……」


「そうですね。お昼にしましょうか?」


 そうか、もうそんな時間か。時計がないと時間を忘れそうになる。お昼のメニューは何にしようかな。

 そんな事を考えていると


「クソ! あのクソ役立たずどもめ! この俺に怪我をさせてしまうとは、使えねえ!」


 突如響く男の声。


「あら?」


 見覚えあるぞこいつ?

 昨日、迷宮の入り口で出会った生意気な冒険者じゃん。相変わらずつり上がった目でこちらを睨むように見てくる。


「お、お前らは!? へ……へっ、そのまままっすぐ行け! 運がよければ(・・・・・・)逃げ延びられるかもなぁ!」


 逃げる? なんか捨てセリフ吐いて去っていったけど、この先に強い魔物でもいるんだろうか。


「とりあえず警戒するに越した事はなさそうだな」


「ま、わたし達ならきっと大丈夫ですよ! この迷宮でもカナちゃんに敵う魔物なんてそういるはずありませんって!」


 笑顔でそう言うコルダータちゃん。

 どことなくフラグめいて聞こえるのは気のせいだろうか……

 気のせいだよな。


「ゴブッ!」


 オレの不安を煽るように、背後から魔物の鳴き声が聞こえてきた。んー、この可愛いげの無い声には聞き覚えがある。


「ゴブリン?」


 緑色の肌をした、子供くらいの体格の人型魔物(モンスター)

 そんなゴブリンがなぜか1体だけ、少し離れた所に立ってこちらを見つめていた。


「倒す……べきよね?」


「ゴブゥ!」


 カナンが剣を鞘から抜き出そうとした、その時だった。


「ゴバババ!!!」


「えっ――」


 突如、通路の奥や分かれ道から押し寄せる、溢れんばかりの数のゴブリン。大群はオレ達を呑み込まんばかりに迫ってくる。


「っ……(みなごろし)にしてやるわ!!」


 しかし、森で相対したゴブリンとは、一体一体の動きが、速さが、明らかに違う。

 だから、カナンの対応が一瞬だけ遅れてしまったのかもしれない。そして、その一瞬の遅れが命とりとなってしまった。


「カナちゃ――」


 隣にいたコルダータちゃんの姿が突如消えた(・・・)


 比喩でもなんでもなく、ゴブリンの群れに飲まれて見えなくなったという訳でもなく、本当にぱっとその場で消えてしまった。


「コル……ちゃん……?」


「コルダータちゃん……」


 刹那の動揺、思考の停止。

 それが再び、油断を生み出してしまう事となる。


「痛っ!? 主様(ますたー)……!!」


 一瞬の隙を突かれ、オレは肩の辺りを強く固いもので殴られた。

 初めは棍棒かと思ったけれど、実際には妙に小綺麗で装飾の施された小槌で―― それに気づいた時には、既に遅かった。


「やだ、おーちゃんっ!?」


 ぐにゃりと視界が歪み、意識が無理やり引き剥がされる。

 そして、カナンの呼ぶ声が聞こえたのを最後に視界が真っ暗になった。






 *





 お……ちゃん……


「おーちゃん!!」


 うっ……一体何が……


 ……そうだ、いきなり現れたゴブリンの大群に襲われて気を失って……それから?


 どこからか聞こえるカナンの声に呼び覚まされ、オレは意識を取り戻した。


 それにしても、ここは迷宮だよな? 何か柔らかくて温かみのあるものの上に寝かされているような……


「あう……主様(ますたー)?」


「良かった……! おーちゃん目が覚めた……!」


 目を開けて、体を起こす。

 すると、視界いっぱいに広がるカナンの涙で潤んだ顔が飛び込んできた。


「ん? なんだか……顔近くない? あれ? なんだこれ?」


 顔が近いから、オレの視界をカナンの顔が覆い尽くしている――

 その認識が間違いだと気づくには、そう時間はかからなかった。


「違うわ、おーちゃんの体が〝小さくなった〟のよ」


「は? そりゃどういう……え、えぇぇぇ!?」


 全く冗談きついぜ……と思ったけれど、肌色をしていて温かい地面は、どう見てもカナンの手のひらの上だった。デカイね。説明不要だね。


 それをカナンがじいっと覗きこんでいる。


 夢か……? 頬っぺたをつまんでみると、ちゃんとじんわり痛む。


「受け入れるのに時間かかりそうだけど……ひとまず、あれから何があった?」


「あのね――」


 事の顛末を巨人と化したカナンに聞く。するとカナンは、小指と同じくらいの大きさのオレをそっと肩の上に置いて語り始めた。





 オレが小さくされた事にすぐ気づき、拾い上げてくれたカナン。

 そのまま意識の無いオレをポケットに入れ、守りながらずっと戦っていたのだとか。


 どうやらゴブリンどもはカナンより〝小さくなった〟オレを優先的に狙い、隙あらば奪い取ろうとしてきたらしい。


 また、ゴブリン一体一体が森で戦ったものより数段強く、あれだけの数からオレを守るのは難しい。そう判断したカナンは、やむなく一時退却を余儀なくされた――



「……なるほど。多分コルダータちゃんも〝小さく〟されてゴブリンどもに連れ去られたんだよな」


「そうなるわね。今すぐにでも取り戻しに行きたいけど……そうよ、おーちゃん私の中に戻れないかしら?」


「ん、……ダメだできない。悪魔フォームにもなれないし……上位氷結魔弾(クリオガ)!」


 試しに魔法を撃ってみるが……

 ダメだ、威力もかなり落ちて、急所にでも当たらない限りゴブリン一体倒す事すら難しそうだ。


「ごめん主様(ますたー)……今のオレは足手まといにしかなんねぇ……」


 カナン1人なら、〝小さくする〟小槌にさえ気を付ければ鏖殺できるだろう。

 しかしここにオレがいるせいで、それができない。置いてけと言っても聞かないだろうし。


「……そうだおーちゃん、良いアイデアを思い付いたわ! 収納から回復薬(ポーション)を3瓶と、お水をコップ一杯出してくれるかしら?」


「ん? 良いアイデアって?」


「後で説明するわ」


 むう、仕方ない。

 カナンの肩の上で、オレは【次元収納】を試しに起動してみる。

 すると、ちゃんと通常の大きさの回復薬(ポーション)入りのビンが三つ床にごろりと転がった。


「良かった、これならできそうね」


 ポーションを何に使うのかと思ったら、そのままコルクの蓋をキュポンと開けて、ごくごくと3瓶とも飲み干してしまったではないか。爽やかな香りが鼻を抜ける。


 うーん、なんだか嫌な予感がするが、オレは続けてコップに熱湯を注ぎ、魔法で飲めるくらいの温度まで冷しておいた。


「んっ……ぷはぁっ!」


「……で、良いアイデアって結局なんだ?」


 お水を飲み干して満足気なカナンに問いかける。


「ふふ、ゴブリンどもの手に絶対届かない場所がひとつだけあったのよ。そこにおーちゃんを隠す事にしたわ」


「へえ……それって――へ?」


 え、え?

 なぜかカナンは肩に座るオレの脇腹を人差し指と親指でつまみ上げ、顔の前に持ってきた。なぜか、ぺろりと舌なめずりをしながらオレを見つめる。


「えへへ。ちょっと暗くて暑いかもしれないけど、終わったらすぐに出してあげるから我慢しててね?」


「え、ちょっ?」


 カナンの巨大な口が、オレの真下でゆっくりと水気のある音をたてて上下に開かれる。

 それから、広いピンクの舌の上を湿った吐息が通り抜け、オレの体に吹き当たった。


 〝絶対に手の届かない場所〟って、まさか――




「あーん♡」




「おいおい……冗談……だよな主様(ますたー)?」


 カナンは、もはやその口でオレの問いかけには答えない。それ自体が既に答えなのだから。


 全く、嫌な予感ほどよく当たる。


 そして、脇腹を支える二本の指がぱっと離されると、オレはカナンの中へとまっ逆さまに落ちていった。


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