第30話 死屍累累
マイクラ埋めました。これでしばらく執筆に集中できそうです。
2020.10/24 追記。
一部名称を変更しました。『術式解放』→『心象顕現』
釘を打たれるみたいに胸が痛む。脈と連動し、本当に息するだけでもめちゃくちゃ痛い。しかし、この体の持ち主のカナンはそんなもの感じていないかのようにリッチへ斬りかかっていた。
『見上げた胆力だ!』
「あんたを殺して喰ってやる!」
このまま1分以内にリッチを倒さねば、呪詛魔法とやらで死ぬらしい。
にも関わらず、カナンはとても楽しそうにリッチと剣を交えていた。
「捕まえる!!」
カナンと剣を打ち合う中、地面が隆起してリッチの足を捕らえる。
遠く離れた場所から、コルダータちゃんが魔法を発動させたようだ。側にはユーナやらいうオレにそっくりなゴーレムもいる。……前はなぜか裸で召喚してたけど、今回は鎧みたいの着せてるよ。良かったわ。
っと、そんな所よりリッチの方だ。
『ふんッ!』
まるでぬかるみから抜け出すがごとく、リッチは少し面倒臭そうに土塊から足を引き抜いた。
膂力もかなり高いようだな。筋肉ないくせに、カナンとまともに打ち合えるなんて相当強いぞ。
「これならどうっ!」
カナンは、剣撃を体をひねり勢いをつけて回転しながらおみまいしようとする。
『ダメだ主様それは――』
それは――と、オレが警告するよりも先に、剣を紙一重でかわしたリッチの蹴りがカナンの腹部に突き刺さる。
「がっ……!」
そのパワーは凄まじく、吹っ飛ばされたカナンが木造の家屋をいくらか突き破る程。
回転斬りは威力は高いが、比較的隙が大きい。同格以上を相手に無闇に使うべきではないと、ルミレインに言われていたはずだ。
「ごほっ、えほっ……」
『立てるか? キツかったらオレが替わるぞ?』
「ううん、まだいけ……ごぼっ!?」
突如、びしゃびしゃと口から赤黒い血が溢れだした。
かなり強い打撃だったとはいえ、ここまで内臓にダメージを与えるような威力じゃなかったはずだ。
――カナンの内臓を貪る侵入者がいなければの話だが。
「何よ……これ……」
違和感を感じ、カナンは服を捲ってお腹を見る。するとそこには、黒い鼠の骨のようなナニかが、カナンのお腹を突き破って奥へ奥へズブズブ音を立てながら入りこんでいった。
『ククク、我が術式の一つ〝黒死貪子〟だ。貴様の肉や臓物を腐らせ取り除き、5分後には骨だけにしてくれる。我の眷属はこうして造られるのだ』
「なら……〝オウカ〟!!」
すぐ側にまで来ていたリッチを、完全顕現したオレは地面から巨大な氷塊を生やすように生成して牽制する。
さすがに当たりはしなかったが、時間稼ぎにはなったようだ。
『黒髪の小娘の姿が見当たらぬと思ったら、それが真の姿か。上位魔霊とは驚いたが、出し渋る所を見るに何か制約があるのだろう?』
『さあどうだろうな。戦闘狂な主様に気を使ってるだけかもしれないぜ?』
『チィッ!』
もう一度大氷塊を放つ。
リッチは鬱陶しそうに氷を避けて更に距離を取る。
そしてオレはカナンの方を見たが……マジかよ? 正気?
「カナちゃん!?」
多分、治癒魔法をかけてくれようと近づいてきたんだろう。コルダータちゃんがカナンの様子を見てびっくりしていた。
「これくらい……慣れっこよ!」
それもそのはず、カナンは手を入れていたのだ、自らの腹の中に。そして――
ブチブチ……ジュボッ!
あだだだっ!!?
カナンは取り出した黒い鼠の骨を握り潰す。
それを見ていたコルダータちゃんが顔を青くして口をパクパクさせていた。オレも幼女フォームだったら同じ反応してるよ。
「あわわわわわ……」
「コルちゃん、治癒魔法お願い」
「え、はい!? 高位治癒魔法!!」
コルダータちゃんの手の上から光の雫がカナンのお腹に滴り落ちると、傷がみるみる内に塞がってゆく。同時に、鼠に喰われた組織も元通りに再生していった。
「ふう、ありがと。助かったわコルちゃん」
傷跡も残らない程にまで回復させるなんて、コルダータちゃんの治癒魔法ってなかなか凄いと思うな。傷口に手を突っ込むカナンもかなりイカれてるけど。
さて、リッチはというと――
『あれを自ら引き抜くなど正気の沙汰ではない……しかも、高位の治癒魔法だとっ……?』
ん? リッチが遠目で見てるけど、今って攻撃のチャンスだったんじゃないのか?
「……そうだ思い出したわコルちゃん!」
「主様?」
なぜか距離を縮めたがらないリッチを前に、カナンはふと思い出した事をオレ達へ手短に話す。
それはどうも、コルダータちゃんが不死身者の天敵であるという話だった。
―――
『貴様らの命もあと10秒だ。ククク、それまでせいぜい足掻くがいい!』
ん? リッチの足が地面から離れて……飛んでる!
あいつ浮遊もできたのかよ。どうやらもう時間まで遠距離からの攻撃に徹するつもりらしい。
だが、こちらも同じく空中で戦闘ができる能力を持っているのだ。
「〝オウカ〟!」
『おうよ!』
【部分召喚】によりカナンの背中からオレの黒い翼がばさりと伸びた。
そしてその翼を広げ、リッチに迫る。
『〝黒骸〟!』
リッチが距離を放しながら、魔法で生成した黒い黒い骨をいくつも飛ばしてくる。それは頭蓋骨だけのものもあれば、全身の骨格が揃っているものもある。さっきカナンの腹を食い破ったアレを見るに、どれも触れれば『腐る』らしい。
ならどうするか。
オレの魔法で進路を切り開く!
『〝凍闇徹甲弾〟!』
あと5秒。
翼から射出されたいくつもの弾丸が黒いガイコツどもに刺さって爆発し、周囲の奴らも巻き込んでゆく。
『くっ……ならば……〝大黒骸〟!』
家一件肋骨に入りそうなほど巨大な黒いガイコツ――さしずめがしゃどくろ……が、リッチとオレ達の間に出現した。
もうあと3秒しかない。ここはオレが全力で押し通る。
『うおおおおおおお!!!!』
【部分召喚】で両腕を顕現させ、今出せる最大限の魔法を放つ!
〝凍闇徹甲砲〟!!
こいつは凍闇徹甲弾の威力と規模を大きくしたバージョンだ。
それはがしゃどくろの胸部に穴を空け、向こう側にいるリッチにも炸裂した。
バシュウウウン!!!
暗黒の大爆発。
村どころか、街ひとつ消し飛ばせる大爆発がリッチを襲う。下が海上だから放てたのだ。
だが、リッチはこれを食らっても未だ健在。ダメージは受けているが、まだ動けるようだ。
だが
しかし
「これでも食らいなさい!!」
この隙を見逃さず、ついにカナンはリッチの懐に潜り込む。
そして片手で剣を振りかぶり、パリンという音を掻き消すようにリッチの頭へ叩きつけた。
だがそれは、黒曜の剣であっさりと防がれた。
『ククク、危ない危ない。今の一撃に賭けていたようだが、甘いわ!』
「……いや、私たちの勝利よ!」
『?……ぐぁああああああ!?』
カナンの狙いとは、剣による一撃ではない。もう片方の手に隠していた小ビンである。
この中身をリッチに浴びせる事が、本当の目的だったのだ。そしてその中身とは――
『まさか……高位治癒魔法のっ……!?』
「正解よ」
――負の力で動く不死者にとって、治癒魔法の類は猛毒となる。
カナンが昔読んだ本にそう書かれていたのだとか。
現に、目の前でリッチの体が既に半分ほどぼろぼろ崩壊している事からやはり事実だったようだ。
『この我をよくぞ……だが時間切れだ!! 貴様らも呪詛によって道連れにしてくれるわ!!』
――しまった!!
カナンの想定ではもっと早く倒せるかと思ってたらしいが、さすがリッチ、存外粘る。
あれからもはや10秒などとうに……
あれ?
「……なんか平気みたいだわ?」
『ば、馬鹿な!? まさか貴様が我より多く魔力を有している訳が……何をした!?』
「いや私が聞きたいくらいよ?」
カナンの体に浮かぶドクロの痣は消えていない。つまり、呪いはまだ解けていないって事だ。
『――そうだコルダータちゃんは?! カナンが平気でもコルダータちゃんは……』
「その心配は無いみたいよ」
カナンが眼下の海岸を指さすと、そこにはこちらへ手を振るコルダータちゃんの姿があった。
『魔霊とあの娘はまだわかる……我に匹敵しうる魔力を秘めるようだったからな。しかし貴様は解らぬ……なぜだ……まさか貴様も我と同じ――』
それだけ言いかけて、リッチの体は完全に崩れさらさらと海へ消えていった。
「ふうぁぁ……疲れたわぁ……」
「本当にお疲れです」
カナンは砂浜にへたりこむ。
1分前には内臓を腐らせられたりしていたのだ。回復したとはいえ、その疲労はとてつもない。
「……おーちゃんがぎゅーってしてくれたら元気出そう」
「上位魔霊をそんな目的で召喚するのはきっと主様だけだろうな」
ともあれ、今回カナンはすごくがんばったよな。うん。
オレが抱き締めるだけでご褒美になるならいくらでもやってやるよ。主様って本当にかわいいなぁ。
「……あれ?」
「どしたの?」
「いや、まだドクロの痣が消えてないなって……」
何か妙だ。呪詛魔法は使用者が死んでも残るものなのだろうか?
だとすれば辻褄が合うけど、もうひとつの可能性も否定できない。それは――
『――まだだ』
「嘘でしょ……?」
――どこからか、リッチの声が響く。
『心 象 顕 現 ! 〝死屍累累〟!!』
その瞬間、世界は漆黒の闇に包まれた。そこでは赤い光が星空のように無数に浮かんでいるような……
違う、あれは……リッチの魔法で生み出された、およそ幾千万の骸骨の眼窩に灯る赤い光だ。
そして、その視線が一斉にオレ達へ向けられている事に気がついた。
あんな量……いくらなんでも捌ききれないぞ!?
「二人ともこっちに――」
オレが二人を守ろうと抱き寄せたその時だった。
ピシッと漆黒の空間に一瞬だけ赤い切れ目が走り、彼女がこちらに入ってきたのは。
「君たち……こんな所でなにしてるの?」
そこには、緋色の髪を靡かせた小柄な少女が佇んでいた。
約束された勝利のルミちゃん。
補足しておきますと、呪詛魔法は使用者より魔力の多い対象にかけても発動しづらいという特性があります。コルダータちゃんと人化おーちゃんがこれですね。
また、ゴーレムのような非生物やアンデッドにはそもそも通用しません。
では、なぜカナンちゃんには効かなかったのでしょうか?