第29話 不死の呪い
両手に買い物袋を持って赤ちゃん抱っこしたグレートマザーを見たことがあるだろうか?
オレは今、まさに抱っこされた赤ちゃんのポジションにいる。マザーポジはもちろんカナンだ。
「急ぐわよー!!」
背中にコルダータちゃん、前にはオレ。
舗装されていない粗い道を目的地の〝インス村〟へ向けて全力でひた走る。
オレ達が拠点にしていた〝ウスアムの街〟から北東に進むと、海沿いのインスという村にたどり着いた。小さな村で、街のものより素朴で質素な木造の家が建ち並ぶ。
「ここは人魚伝説のある村なんですよ。今は〝大海の女神〟に恵みを感謝するお祭りの時期だったと思いますけど……」
カナンの背中から降りたコルダータちゃんが村を見渡してそう言った。
「大海の女神? 明星の女神さま以外にも女神さまがいるんだな」
「そういえばおーちゃんはまだ知らなかったわね。ついでだし教えてあげるわ。
この世界にはたくさんの神様がいて、その中で最も強い力を持つのが七女神よ。世界を管理してると言われてるわ」
「セブン……七柱いるって事か?」
「その通り。大海の女神や明星の女神はその内の一柱ね」
主神が七柱に、その他にも色々な神がいると……
そういやこっちの宗教事情とかあまり考えた事無かったな。他にどんな女神がいるのか聞けるだけ聞いておくか。
「海に星に、他にはどんな女神さまがいるんだ?」
「そうねー、〝混沌の女神〟に深淵の女神でしょ、それから――」
「ちょちょ二人とも、悠長に喋ってる場合じゃないですよ!!」
咄嗟にコルダータちゃんが割り込んできて、海の方向を指差した。人間のシルエットが数人、こちらに近づいてきている。
あれは……うわマジか、ガイコツじゃん。剣と鎧を身につけたガイコツがカタカタ鳴らしながら歩み寄ってくる。
「わたし、不死者を見るの初めてです……気持ち悪い……」
「予想はしてたけど怖えーなー。筋肉無しでどうやって動いてんのやら」
オレとコルダータちゃんが身構えるのが先か後か――一瞬でガイコツ剣士との距離を詰めたカナンは、その骨身を剣で細切れにしていた。
「ま、これくらいなら瞬殺よね」
「待ってカナちゃん! 強い不死者は魔法でとどめを刺さないと起きあがるらしいです!!」
「それほんと?」
見ると、カナンの足元に散らばった骨が1ヶ所に集まって元の形に戻りつつある。カナンが踏み潰してもすぐにまた集まってゆく。
粉々にしても起き上がるなら、カナンとは存外相性が悪いかもしれないな。
「オレがやる」
オレは、ガイコツどもが完全に再生する前に闇魔法で包み込む。
骨片は黒い塵に崩れ落ち、もう動く事は無くなった。
さて、村の中に入ってゆくと、ガイコツ剣士の他にちらほら人が倒れてるいるのが見受けられる。
死んでは……いないな。しかし今にも死にそうな怪我はしている。
「いたいのいたいの、飛んでけ……高位治癒魔法!」
そこで、コルダータちゃんが倒れている人間に次から次へと治癒魔法をかけてゆく。
「怪我は治りましたけど……何でしょうこの黒い刺青みたいなの?」
「この村の風習……とかじゃなさそうだな」
倒れている人間全員の体中に黒いドクロのような紋様が刻まれている。
なんかちょっと趣味悪いなぁ。
「意識も戻らないみたいだし、安全な所に運んでから敵の親玉をとっちめてやりましょ?」
「それがいいな」
オレ達は……といってもほとんどカナンが、意識の無い村人達を扉の壊された小屋の中に運び入れる。入り口をコルダータちゃんの魔法で作り出した岩の板で塞げば、とりあえずは完了だ。
さてさて、一通り村を見渡してみたけど、ガイコツ剣士くらいしか見当たらない。ぶっちゃけBランクも無さそうだし、依頼の魔物は別に複数いるって事だろうか?
『――オヤ、生残リガイタカ』
「あら? 少しは手応えありそうね」
ふとしゃがれた声が聞こえ、上空を見上げる。すると、ローブを纏ったガイコツが3体こちらを見下ろしているのが見てとれた。
『ワレラハイズレ魔王ニナラレル主様の下僕ナリ。貴様ラ冒険者ダナ?』
「そうよ。不死王を倒しに来たわ。さっさと会わせてくれるかしら?」
「安心シロ、貴様ラガ不死者ニナレバスグ会ワセテヤロウ」
ガイコツ魔導士がそう言う後ろで、他の2体がぶつぶつ何か唱えてるような……魔法の、詠唱――?
『……上位氷結魔弾!!』
「っ!!」
いきなり上からオレもよく知る氷の弾が放たれた。そこでカナンは咄嗟にオレとコルダータちゃんを抱えて回避、広がる氷の枝の射程外へ逃れる。
「反撃よおーちゃん。あいつら撃ち落としておしまい!」
「了解だ我が主様!」
依然として空中からこちらを狙うガイコツ魔導士どもへ、オレは右の拳を突き出して、一本だけ伸ばした人差し指に魔力を込める。その形は言うなれば、拳銃である。
『魔法カ? 並ミノ魔法デワレラノ結界を打チ破レルハズガ―』
「凍闇徹甲弾!」
小さな小さな黒い弾が指先から放たれ、ガイコツどもが同時に放った氷結魔法を貫き一体の眉間に命中する。
そして次の瞬間――
バシュウゥン!!
黒い爆発が起こり、頭蓋骨どころか周囲のガイコツどもを一瞬で飲み込んだ。
粉々になった骨すら、じわじわと闇魔法に侵食され塵へと帰る。
――今のやつ、たった今思い付いた術式を応用した技なんだけど、思ったより使えそうだ。
限界まで魔力を圧縮し、その圧力の一部を動力に指先から弾き飛ばす。
そして目標を貫き内部に侵入したら、魔力の圧縮をオレの意思で解除する。
そうする事で闇魔法を爆発させたのだ。爆発したのが空中でなかったら、この村の半分くらいは簡単に消し飛ばせそうな気がする。
「さっすがおーちゃん。わたしも負けていられないわ」
「わたしもです!」
二人ともやる気に満ち溢れてるな。
それにしても、親玉のリッチとやらは一体どこにいるのだろうか。するとカナンは大きく息を胸いっぱいに吸い込み
「おーーーい! 出てきなさいよ不死王とやらよ!! 私達がもう一度殺してあげるわー!!」
こ、鼓膜が破れる!?
凄まじく大きな声で叫んだ。
すると――
『何かと思って来てみれば、貴様ら骸魔導士どもを倒したな?』
「隠れてないで姿を見せなさいよ! 私と一戦させてもらうわ!」
『ククク、お前達を殺せば良いアンデッドになりそうだ』
――ズドン!!
一瞬何が起こったのか、理解が追い付くのに少しかかった。
これは……オレ達三人の影からそれぞれ黒い手の骨のようなものが伸び、腹に突き刺さって――
あれ、痛く……ない?
「何ですかこれ……?」
「うぅ、変な感じ……気持ち悪いな」
ふとコルダータちゃんを見ると、全身に、黒いドクロのような痣が浮き出てきていた。
そして、オレとカナンにも同じようなものが。
「気持ち悪い……何よこれ?」
『ククククク……貴様らの心臓を1分後に停止させる〝呪詛魔法〟をかけた!』
じわじわと影の中から何かが浮かび上がってくる。
それが、まるで黒曜石でできたように黒く艶めくガイコツだと気づくには、そうかからなかった。
『それまでの1分間、我が直々に遊んでやろう』
「あなたが不死王ね? 倒すのに1分もかからないわ」
『面白い、やってみろ』
影の中から全身を現した、黒いマントを纏った不死王。
初めて目の当たりにするSランクを前に、カナンはずいぶん嬉しそうに笑うのであった。
世界観の根底の設定をちょい出しなのだ。